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移住サバイバル

2019.04.19 更新

能力の高い人は移住に向かないのか?山本圭一

2011年の9月頃にはいったん支援活動を休止することにした。多くの被災者が仮設住宅に入居し、支援する側の自己満足的な活動はもう必要ないと考えたからだ。とはいえ、被災地を離れるという選択肢はとらなかった。

被災地に初期から関わった人の中には、支援とは別に、何か新しいことをやりたいという欲求を持っていた人が少なくなかった。
 
僕もそうだった。支援活動には、これまでに経験したことのない充実感があり、もっと何かに関わりたいという気持ちも大きかった。東京を離れ田舎に移住しようとしていた矢先の震災だったので、時間の都合もつく。何より今の自分を変えたいという欲求と好奇心を抑えることはできなかった。

そう、白状しよう。僕は被災地の支援を隠れ蓑に、自分探しをしていたのだ。

 

 

そんな時期に、支援していた中学校の父兄から、漁業を手伝って欲しいと頼まれた。彼は漁師で、震災を契機に、新しい形にシフトしなければ漁業に先はないと語った。一次産業(生産)からいわゆる六次産業(食品加工=二次産業、流通・販売=三次産業もとりこんだ産業)に転換しないと、いつまでも不安定で搾取される側から脱することはできない。過疎高齢化により、漁師の担い手も今以上に減っていく。これまでの非効率な経営(生産)形態を改め、合理的で安定的な経営を目指そう――まさに時流に乗った、ベンチャー的な発想だった。
 
地元の漁師たちからは反発もあったが、都会から来た僕たちには、その考えは非常にしっくりきた。このプロジェクトにこそ、自分たちの活躍の場があると確信した。

幾人かの漁師も賛同し、2011年9月、漁師が出資し合って「O社」を立ち上げた。設立時には、メディアでもかなり取り上げられた。全てが失われた被災地から新しいものが生まれる! 被災地の希望! 日本の希望! そんな雰囲気がつくられた。
 
だが……結果から話そう。O社は内輪揉めによって消滅した。

理由は「お金の使い道」と「人間関係」

細かい話をすると差し障りがあるので控えるが、うまくいかなかった大きな理由は、「お金の使い道」と「人間関係」だった。

まず、集めたお金をどのように使うかで意見が分かれた。会社のお金なんだから、会社を運営するために使えばいいと僕は思ってはいたが、そう思わない漁師もいた。震災でどれぐらい被害を受けたかは、漁師一人一人事情が異なっていたので、仕方ない面もあったと思う。
 
起業にあたって、自分たちの出資金は微々たるものだった。それでは大型の冷蔵庫やプレハブ倉庫などは買えない。そこで、「被災地から新しい漁業の形をつくる」というビジョンを掲げて、一般の方からお金を募った。これは寄付ではなく、数年後に養殖が完了するカキやホタテを前金で買うというものだった。通常なら数千円で買えるものを、あえて1万円で買ってもらい、その余剰分を施設購入費などに充てる。

プロジェクトを立ち上げたところ、ありがたいことに、数千万円が集まった。そのほとんどは、海産物が欲しいからというより、被災地を応援したいからという気持ちによるものだった。
 
一見、理想的にも思える、その流れが実は問題だった。漁師からしたら、漁師のために集められたお金なのだから、漁業そのもの(船やロープなど)に使うべきだという思いがある。しかし、会社の代表者は、会社の設備(冷蔵庫や輸送用のトラックなど)に使うべきだと主張。そこで対立軸ができてしまった。

代表者は将来を見据えた投資をしたい。漁師たちは目の前の漁業を復活させたい。どちらも必要なことだと思うが、集まったお金は、その両方を満たすには足りなかった。中には、漁師のために集めたお金なんだから、その金を一人一人に分配しろと要求する人もいた。結果、漁師たちは離れていった。
 
O社の消滅には、人間関係の問題も大きく影響した。登記上は1人だったが、実質的には代表者が2名いた。1名は地元の漁師、もう1名は都会から来た人。この二人の人間関係が組織消滅の一番の原因だったのではないかと、今となっては思う。
 
漁師の代表者をAさん、都会から来た人をBさんとしよう。当初、AさんとBさんは意気投合し、協力して事業にあたった。だが、ある時期からBさんがマスコミなどでフォーカスされ、Bさんが被災地を変えるヒーロー、みたいな雰囲気が醸成されていった。Bさんは積極的にマスコミを利用していたので、まるでBさんの会社、Bさんが代表者のようになってしまったのだ。
 
僕は何度もBさんに忠告した。あまり表に出過ぎるとAさんの嫉妬を買う。自重した方がいいと。

しかしBさんは聞き入れず、ひたすらに宣伝マンとして活動を続けた。BさんにはBさんの考え方があったのだろうが、周囲の人間関係に配慮しないその手法は、都会から来た僕にさえ、やりすぎに思えた。

「新しいものが生まれない集団」の共通点

ここで移住サバイバルについて述べておこう。
 
人間という生き物は嫉妬深い。能力の高い新参者には特に風当たりが強いのが、世の常だ。その自覚なしにガムシャラに進んだら、どこかで必ず足元をすくわれる。そういう経験をした人は、案外多いのではないだろうか。
 
このような嫉妬や風当たりは都会にもあるが、田舎は特に強いと思う。誤解を恐れずにいえば、田舎は慣れ合い社会だ。責任を負いたくないので誰も意思決定をせず、行政の指導や何となくの雰囲気で成り立ってきた面が大きい。つまりリーダーがいない。

このような傾向は、特に平成に入ってから拍車がかかったと、僕は分析している。敗戦から昭和の終わりまでは、独立心の強い人間でないと生き残れない時代だった。だが、平成に入ると、先人が築いた土台の上に胡坐(あぐら)をかいているだけの人が多くなった。

自分で意思決定し、リスクを負う度胸を持ったリーダー。そんなリーダーがいない組織が衰退に向かうのは、当たり前だ。今、地方で起きているのはそんなことだ。元号が令和に変わっても、状況は変わらない。これまで意思決定をせずに生きてきた世代が、当分の間は、世間の中核、トップを占めるからだ。
 
そんな中で、目立ったり、能力があるとアピールしたりすることは、その人にとって足かせにしかならない。特に、日頃、外部の人間とのビジネス的な交流が乏しい地方では、新しいことを始めようとすれば、何をするか分からない危険人物と思われる。
 
ここで重要な余談を挟む。

地域社会は人と人との繋がりで成り立っていて、ビジネスライクな関係性が通用しない場合が多い。言い換えれば「あれやっといて」が通用する世界。逆に言えば、書面に落とし込んで約束させることが非常に難しい。今までやってきたこと以外の仕事や作業を提案すると、「それはできない」という回答がすぐに返ってくる。どうしたらできるようになるのかを、考えもしない。これでは新しいものなど生まれるはずがない。

生まれも育ちも同じ地域の人々とだけ仕事をしていたら、このような集団が形成されるのは当たり前なのだろう。これが村社会の一側面である。これはもちろん、村だけの話ではない。大企業などでも同じで、集団のパワーはあるが、創造性や機動性には欠ける。結果、日本企業は衰退の一途をたどっている。

「地方創生」の犠牲者にならないために

話を戻そう。

Bさんは非常に能力の高い人だった。だが、村社会では得体の知れない人物とレッテルを貼られてしまった。では、能力の高い人間は移住には向かないのだろうか? 

そんなことはない。逆に都会的な意味で能力の高い人は、もてはやされる。なぜなら、昨今の移住ブームの背景には「地方創生」というキーワードがあるからだ。ただの引っ越しではなく、新しい地方を創造するための移住。そのためには、都会で培ったビジネスのスキルやセンスが欠かせない……そんな雰囲気があるのだ。
 
だが、私はそこに強い疑問を感じる。近年の日本で、もっとも盛んに移住が行われたのは戦後の集団就職の時代だ。それは、食うためには地方から都市に移り住むしかない、苦渋の選択だった。つまり、一人の人間、一つの家族が生き延びるための移住だった。
 
しかし、最近のトレンドとしての移住に、生き延びるためという切実な動機はない。そこにあるのは、「地方創生」という、具体性のない、空っぽの概念だ。私がこちらに居を移したとき、県の移住推進課みたいなところから問い合わせがあり、担当者がこう言ったのを今でも覚えている。「都会から移住されて、どんな町おこしをしたいですか?」と。
 
私は即座に答えた。自分はただ、生きていきたいだけです。
 
Bさんは、地方創生の犠牲者だったと僕は思う。彼に近づいた官僚や広告代理店たちは、地方創生が盛り上がっているという雰囲気を、彼を通じて演出したかったのだろう。それに乗せられた結果――それもBさん自身の選択だったのだが――、一つの組織の消滅を招いた。未来が一つ消えてしまった。
 
だから僕は移住について常々こう言っている。

地方創生などという空疎な美辞麗句、言葉遊びに惑わされていないか、あなたのリアルな未来を考えているかと。何より優先すべきなのは、そこに安定的な職があり、美しい風景があり、行政の手厚い保護があること。その生活が礎となり、未来が築かれる。
 
大切なのは、あなたというリアルな存在が最後まで生き延び、そして子孫にその魂を引継ぐことなのだ。

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山本ケイイチ『仕事ができる人はなぜ筋トレをするのか』

いま体を鍛えるビジネスマンが急増中。経営者や金融マン、クリエイターなど、常に成果を求められる人ほど、トレーニングに時間とお金を投資している。筋肉を鍛え維持することは、もはや英語やITにも匹敵するビジネススキルなのだ。本書では「直感力・集中力が高まる」「精神がタフになる」など、筋トレがメンタル面に大きな変化をもたらすメカニズムを解説。続けるための工夫、効果を高める食事・睡眠、ジムの活用法など、独自のノウハウも満載した画期的トレーニング論。

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移住サバイバル

東日本大震災を機に宮城県石巻市に移住した山本圭一さん。家なし、知り合いなし、文字通りゼロから始まったサバイバル生活の記録。

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山本圭一

()プロテイン工房代表。中学生時代に独学で筋トレを始め、高校で本格的な筋トレと禅に取り組む。 高校卒業後はトレーニングを極めるべく自衛隊に入隊。初級偵察教育では隊長賞を受賞。 その後フィットネス業界に転身し、パーソナルトレーナーとして独立。独自のトレーニングメソッドがビジネスマンや経営者に支持され、予約のとれないトレーナーになる。2008  5 月に『仕事ができる人はなぜ筋トレをするのか』を出版。13 万部を超えるベストセラーに(その他著書多数)。 また企業フィットネスのアドバイスやジム経営、フィットネス通販事業なども手掛ける。2011 年からは、鍛錬家を名乗り活動を開始。 トレーニングを「心を磨く」行為として捉え、体づくりと社会貢献についてセミナーなども行う(個人活動として勧善道場を主催)。同年、東日本大震災の直後から、宮城県石巻市雄勝町にて炊き出しや学習支援を行ったことをきっかけに移住。漁業をしながら新しい街づくりに奔走する。地域PRのために主催してきた「三陸・雄勝 海の幸トレイルランニング」(20112018)を業界でも有数の大会に成長させた。2018年に小ロット対応のプロテインOEMメーカー「プロテイン工房」を設立し、フィットネス消費よる社会貢献の拡充を目指す。

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