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移住サバイバル

2019.03.11 更新

9年目の3月11日。何が本物か、何が大切かが分かる日山本圭一

最大被災地の一つである石巻市で、僕は当初は炊き出しほか、物質的な支援を行っていた。だが、教育家の藤原和博先生の助言もあり、仙台在住で、僕がこちらに来るきっかけになった立花貴さんをリーダーに、地域の子供たちへの学習支援など、ソフト面の活動を行うことにした。

まずはゴールデンウィークに、子供たちを公民館や学校などで預かり、休校のために遅れている勉強を取り戻してもらおうという企画を練った。心身共に疲れている大人たちを、日中の間だけでも子供から解放するという意図もあった。がれき撤去や会社の再建などに奔走する大人にも、自分たちの時間が必要だろうと考えたのだ。

学校関係には何のツテもないので、飛び込みで小中学校に声をかけた。気仙沼から石巻までかなり広範囲にわたって、この支援企画を説明して回った。

しかしどこでも反応はイマイチ。主に学校長や教育委員会関係者に説明をしたのだが、どこの馬の骨とも分からない僕たちの話を、まともに聞いてくれる人は少なかった。

 

 

一度でも営業をしたことがある人なら分かると思うが、どんなに良い企画でも、人間関係ができていない相手の話を、普通は聞き入れたりしない。肩書というものは、その初めての壁を突破するためにあるのだが、我々にはそれもなかった。

僕は営業には自信があったのだが、こんな初歩的なことも忘れていた。そして、学校関係者は昔から嫌いだなどと、毒づいていた。そこには、震災の支援に来ているというおごりや正義感、そこから生まれた全能感があったと思う。今でも反省している。

そうこうしているうちに、ゴールデンウィークは過ぎ去り、藤原先生から助け船が出て、雄勝中学校の佐藤校長を紹介された。

佐藤校長は、これまでの学校関係者とは違い、僕たちの実績だの肩書だのを気にしなかった。「ぜひ力を貸して欲しい。子どもたちのためにやれることは全てやりたい。父兄や教職員には私から説明します。何かあっても私がすべて責任を持ちますから!」と、真剣なまなざしで語った。僕たちの企画内容をそれほど詳しく問いただすこともなく、すぐ、いつから来てもらえますかという具体的な話になった。

肩書や実績ではなく、目の前の人を信用する。これは非常に難しいことだ。特に校長のような社会的立場のある人ならなおさらだ。いや、社会的な立場なんてない、浮き草みたいな僕だって同じだ。しかし、すべては、目の前の人を信用することから始まる。

震災直後、藤原先生はミーティングのときに、こんなことをおっしゃった。

未曾有の危機に直面した今だからこそ、誰が本物で、誰が偽物か分かる。そして自分が何をすべきで、自分にとって誰が一番大切なのかが見える。

このメッセージは今でも忘れない。

僕もいろいろなピンチを味わってきたが、そのような状況を経験してこそ、自分の本性が分かったし、誰が本当の仲間なのか、誰が一番大切なのかを知ることができたと思う。

苦境を経験しなければ、本当の自分に出会うことはできない。逆に言えば、波風立たないような安穏とした人生は、本当の人生だと言えるのだろうか?

移住に向いている人・向かない人

僕は地方の、それも激甚被災地に移住し、今もそこで暮らしている。この場所は偶然の出会いから選んだだけなのだが、今に至るまでには、決して穏やかなことばかりではなかった。厳しい経験ができたからこそ、都会では見つけられなかった自分を発見することができた。それが移住の醍醐味であり、人としての成長のチャンスだと思う。

そして、この自分の経験からわかったことがある。それは、自分という存在がすでに完成していて(完成していると思っていて)、自分に合う場所を探している人は、移住に向かないということだ。こういうタイプの人はうまくいかない。というか、移住しても辛い。そして辛いことは続かない。

移住したら、自分をその地域に合わせて再構築する必要がある。都会での看板もしがらみも捨て、ゼロの自分でスタートする。楽しいこともピンチも経験して、新しい自分を発見、再構築する。その方が自分も周りも楽だ。

時々、移住についての相談を受けると、僕はそうアドバイスしている。もちろんその人のこれまでの経験や人間力を否定するものではない。ただ、それらにしがみつかず、フラットな気持ちでそこに住む度量が必要なのだ。

「3月11日」にだけ祈るのでなく

9年目の3月11日が来た。毎年、この日は各地で慰霊イベントみたいなものが行われる。被災者自らやっているものもあれば、支援者が行うものもある。

中には、フェス化したチープなものや、政治的なプロパガンダとして利用されているものもある。それらを見ていると、原爆の慰霊行事が、最近ではただの政治的なショーになっていると聞いたことを思い出す。

慰霊行事を、インスタ映えを狙ってSNSに投稿する愚か者もいる。また、わざわざ3月11日だけ被災地にきて、悲しみを共有しようとする共感系、スピリチュアル系の人も少なくない。そんな人たちには、この日だけ被災地に来るより、普段合わない遠方の親や家族とゆっくり過ごす方が、よっぽど有意義だと進言したい。

さらに言えば、震災の日に被災者に飛び込みで会いに来て、ゆっくり過ごすための時間を奪う自称支援者たちのデリカシーのなさには、ただ驚く。迷惑でしかない。

もちろんいろいろな見方があっていいのだが、行政が年間スケジュールに組み込んで実施するような行事には何の価値もないと、僕は思っている。悲惨な災害をネタにして、自分たちの存在感をアピールする自称支援団体なども目障りでしかない。

犠牲者の冥福を祈るなら、場やタイミングは関係ない。常にその思いを持ち続け、それに恥じない行動を日々取ればいい。祈る暇があれば一歩でも前に進めばいい。

マスクで顔を隠さずにはいられなかった子供たち

佐藤校長の思いに動かされた僕たちは、雄勝中学校の支援に入った。7月の夏休み期間中、希望する生徒に学校へ登校してもらった。1~2年生は午前中は運動、午後は勉強というスケジュール、3年生は午前も午後も勉強をした。講師は仙台の予備校から派遣してもらい、大学生ボランティアも精力的に活動してくれた。彼らの熱意を思い出すと、今でも目頭が熱くなる。

昼ご飯もすべて提供した。立花さんの妹さんが調理の仕事をしていて、毎日60食以上の昼食を一人であっという間に作ってくれたからできたことだ。具体的に動ける人はすごい。そしてありがたい。机上で考えているだけでは何も動かない。実践者が必要なのである。

これらの活動の背後には、経済人や文化人などによるサポートもあった。後になって「あそこばかりずるい」という声も聞こえてきた。そう思ってしまうのは人の性だろうが、前向きな人々にプラスのエネルギーが集中するのは、これも人の性なのだ。

じつは、この頃、地元の子供たちを見ていて、ひとつ気になったことがある。何人かの子は、マスクをとらないのである。風邪をひきやすい季節でもなんでもないのに、マスクをとらない。先生に聞くと、写真を撮るときも、誰かに挨拶するときも、家でもとらないという。食事をするときすら、マスクを外さないで器用に食べるらしい。

おそらく、自分の感情を悟られたくない故に、マスクで顔を隠すことが定着してしまったのだろう。無理もない。津波に遭い、原形をとどめないご遺体を目の当たりにするという、究極の体験をしてしまったのだから。自分自身に湧き起こる感情を隠さないと、生きていくのが辛かったのかもしれない。親や友達に気持ちを表現することも苦痛だっただろう。マスクをすることで、それが少しは和らいだのだと思う。

大人になるにしたがい、自分の内面と外面を切り離す精神力も徐々に身に着くだろうから、マスクマンは減っていくものと思われる。

人はそもそも二面性があり、それを受けいれて生きていくものだと僕は思っている。だが、例えばSNSなどでは、それが悪い形で解放されていないだろうか。普段言えないことを匿名でつぶやいたり、誰かを攻撃対象としてそこにぶつけたりすることは、己の負の部分、ダークパワーの発散のように思える。

美徳、規律、思想、そして孤独であること

そして、このようなことは移住先でも起こる。

田舎の負の文化として、噂話や陰口がある。全然事実とは異なる、あることないことを、妄想力を広げて、本人のいないところで言いふらし、誹謗中傷を楽しむ。誰がそれを言っているのかと問い詰めても、みな「何も知らないエキストラ」を演じて逃げる。

都会では、このような状況はあまり経験したことがなかったので、移住当初は随分と嫌な思いをした。朱に交わって赤くなり、噂話や陰口を言う仲間に入ってしまえば、短期的には楽になったと思う。
しかしそれはいけない。田舎に移住しても、都会にいても、大企業であれ小さい会社であれ、人としての美徳や規律、思想を失ってはいけないのだ。そして孤独に強くなければならない。

そのためには、信頼できるパートナーや、ストレスを発散する運動や趣味などを持つ必要がある。さらには、孤独を味方にするための拠り所が必要だと僕は考えた。そして実践してきたのが、漁業や、自分で山を切り開きトレイルランニングの大会を開催することだった。

都会であれ田舎であれ、生きていくのは自分自身だ。己の在り方は美徳や規律、思想から生まれ出るものである。だからもしあなたが移住を考えているなら、もしくは転職でも結婚でも、何か新しいアクションを起こそうとしているなら、まずは自分に備わっている美徳、規律、思想を問い直してほしい。それがより「善い」結果へと結びつくと僕は思っている。

なんだか説教臭くなってしまった。話を戻そう。

2011年から月日は流れ、支援をしていた中学の当時1年生だった生徒たちは、今年成人式を迎えた。これで当時の1~3年の生徒全員が成人したことになる。彼はあの会社に就職したとか、彼女は東京に進学したなどと風の噂で聞くと、自分のことのように嬉しく思った。自分の役目を終えたようにも感じた。

成人式の翌日、新聞をめくると、マスクで隠していない、若々しく明るい彼らの顔が見られた。

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山本ケイイチ『仕事ができる人はなぜ筋トレをするのか』

いま体を鍛えるビジネスマンが急増中。経営者や金融マン、クリエイターなど、常に成果を求められる人ほど、トレーニングに時間とお金を投資している。筋肉を鍛え維持することは、もはや英語やITにも匹敵するビジネススキルなのだ。本書では「直感力・集中力が高まる」「精神がタフになる」など、筋トレがメンタル面に大きな変化をもたらすメカニズムを解説。続けるための工夫、効果を高める食事・睡眠、ジムの活用法など、独自のノウハウも満載した画期的トレーニング論。

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移住サバイバル

東日本大震災を機に宮城県石巻市に移住した山本圭一さん。家なし、知り合いなし、文字通りゼロから始まったサバイバル生活の記録。

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山本圭一

()プロテイン工房代表。中学生時代に独学で筋トレを始め、高校で本格的な筋トレと禅に取り組む。 高校卒業後はトレーニングを極めるべく自衛隊に入隊。初級偵察教育では隊長賞を受賞。 その後フィットネス業界に転身し、パーソナルトレーナーとして独立。独自のトレーニングメソッドがビジネスマンや経営者に支持され、予約のとれないトレーナーになる。2008  5 月に『仕事ができる人はなぜ筋トレをするのか』を出版。13 万部を超えるベストセラーに(その他著書多数)。 また企業フィットネスのアドバイスやジム経営、フィットネス通販事業なども手掛ける。2011 年からは、鍛錬家を名乗り活動を開始。 トレーニングを「心を磨く」行為として捉え、体づくりと社会貢献についてセミナーなども行う(個人活動として勧善道場を主催)。同年、東日本大震災の直後から、宮城県石巻市雄勝町にて炊き出しや学習支援を行ったことをきっかけに移住。漁業をしながら新しい街づくりに奔走する。地域PRのために主催してきた「三陸・雄勝 海の幸トレイルランニング」(20112018)を業界でも有数の大会に成長させた。2018年に小ロット対応のプロテインOEMメーカー「プロテイン工房」を設立し、フィットネス消費よる社会貢献の拡充を目指す。

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