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カラス屋、カラスを食べる

2019.03.09 更新

あの日、俺は池袋で刑事に間違われた松原始

なにかを一途に愛するのは、そう簡単なことじゃない――カラスを研究しつづけて25年。東京大学総合博物館の松原先生が、その知られざる研究風景をつづった『カラス屋、カラスを食べる 動物学者の愛と大ぼうけん 』から一部をご紹介します。愛らしい動物たちとの、ちょっぴりクレイジーなお付き合いをご賞味ください。
代々木公園でカラス観察を終えた若き日の松原先生。うろうろと東京散策を始めます。

▲カラスを見に来ただけなのに……?(写真:iStock.com/welcomia)

時は20年前。「トルコのNo.1ファストフード」上陸!

代々木公園でカラスを見た後は、渋谷まで歩く。PARCOパート2から駅に向かって下りて行く途中に、ドネル・タイムという小さな店があった。

間口一間ほど、たこ焼き屋か、たい焼き屋くらいの店構えだ。何やら香ばしくスパイシーな、そこだけ日本じゃない感じの匂いがすると思ったら、不気味なモノがヒーターに炙られながらゆっくり回っていた

なんじゃこりゃ? ああ、薄切りの肉を重ねたもの。周りを削ぎ落としているから平面ができているわけね。ケバブというのか。ケバブ……トルコの方の串焼き料理をカバブと言ったはずだが、同じ意味なのだろうか。看板を見ると「トルコの№1ファストフード、日本に初上陸!」と書いてある。おお、それはすごい。すごいが、わりと控えめな初上陸やな

と思っていたら、カウンターの向こうにいたトルコ人らしき兄ちゃんが達者な日本語で「いらしゃいませーどぞー」とにっこり笑って勧めて来た。

よし、国際交流とドネル・タイムの未来のため、協力しようではないか。当店自慢というオリジナルソースのケバブと、このザクロジュースもつけよう。ザクロは中近東でもよく食べるというし。

そう思って「ザクロ下さい」と言ったら、濃い眉毛でニコーッと笑いながら、「ザクロフローズンで、よろしかたですね?」と確認された。

いやジュースで、と思った時には兄ちゃんは既にザクロフローズンを入れ始めていた。あ、はい。いいっす。50円高いけど。

この開けっぴろげな愛想の良さと抜け目のなさが同居しているのが中東の楽しみだと思うことにしよう。

出て来たモノは要するにケバブ。ピタパンの中に削った牛肉と野菜を詰め込み、ちょっとスパイシーなオレンジ色のソースをかけたアレであった。

(写真:iStock.com/Jangnhut)

今でこそどこにでもあるが、当時はまだ珍しかったと思う。店の脇のベンチに座って一口食べてみて、ちょっと感動した。ありきたりなハンバーガーを食べるくらいなら、こっちの方がよっぽどうまい。これはきっと流行る。

と、太鼓判を押したのが20年前。今や、あっちもこっちもケバブだらけだ。どうやら予測は当たったようである。

ただし、残念ながらドネル・タイムは消えてしまったらしい。最近のお気に入りは、上野アメ横の「モーゼスさんのケバブ」である。

カラス屋、警察に間違われる

この夜は池袋のカプセルホテルに泊まることにした。前に学会で来た時に使ったことがあり、覚えていたのだ。

特に安いわけではないが、シャワールームがあるのがありがたい。私はサウナがあまり好きでないし、慣れない大都市で、見知らぬ人間が密集している密室にもあまり行きたくない。

池袋の東口に来たのはいいが、ホテルの場所がわからなくなった。

ええっと、どこだっけ?

歩いているうちにサンシャインやハンズが見えて来た。違う、行きすぎている上に多分方向も間違っている。戻らなければ。

ネオンのギラギラした大通りに疲れたせいもあり、私は横丁に入った。

途端に周辺がスッと暗くなる。あ、これ、ちょっとヤバい暗さ。しかもどの看板も危険な香り。普通の居酒屋ではないし、水商売系の看板が並んでいるわけでもない。薄暗い、横文字の小さな看板がポツ、ポツと灯っている。フリの客や観光客が入り込むところではない。ということは、人目もない。

急に逃げ出すのもあまり得策ではない。スローダウンしてどこか戻るきっかけを、と思った途端、目の前の闇が動いた

「YO、何、探してるか? いいものあるよ」

道端からスッと出て来て前に立ちふさがったのは、ガタイのいい黒人だった。暗闇に白目と真っ白な歯が浮かんで見える。

ブラザー、俺何もいらないから。その「いいもの」って絶対ヤバそうだから。

私は日本人の正しい作法として、曖昧な笑みを浮かべながら手を振って彼を避け、その先の少し明るい通りに飛び込んで、危険なブロックを抜け出した。

ふぅ。よし。探している場所はあの大きな通りの、どっち側だったろうか? 向こうか? 学生時代に知らない街をぶらぶらすることもあったせいか、コンビニと宿の場所を嗅ぎ付けるのは得意だ。探している場所ではないにしても、この方角は宿があると見た。

またしても人気のなくなってきた通りを進んで、再び間違いに気付いた。確かに宿はある。あるが、ここはいわゆる、ラブホ街だ。カプセルじゃない。

弱ったな。しかも、さっきそのへんを通りながら「あれ、違うな」と思ったところに戻ってしまっているじゃないか。そう思って、足を踏み出して左右を見渡した。んー、これは、脈がありそうなのは右か?

そのとたん、背筋がピリッと痙攣した。右側に延びる薄暗い道路の、電柱の陰や、交差する路地の入り口あたりに、いくつも人影がある。しかも、計ったようにスッと前に出ようとしている。

(写真:iStock.com/kawamura_lucy)

まずい。最近は下火だが、チーマーとかカラーギャングとか、そういう連中だっているのだ。数を頼まれたら勝ち目はない。ダッシュで逃げるか。

いや、違う。あれは男じゃない。一番手前は金髪の女性。その向こうもカーリーヘアの女性。その向こうも……その向かいも……全部女性。露出多め。あ、だいたいわかった。

一番手前にいたラテンアメリカ系らしいおねえさんが、こっちに歩き出そうとした。途端、その後ろにいた年かさの一人が肩をつかんで止め、耳元に口を寄せた。

次の瞬間、その二人が路地に後ずさり、暗がりに消えた。それを見た他の女の子たちも、手品のように一斉にその通りから姿を消した

この時の私は黒っぽいブルゾンを着て、珍しく髪は短くしたばかりで、足早にそのあたりの通りを歩き回っては、交差点で左右に目を配っていた。

つまり、まるで目を光らせながら巡回しているように見えたはずだ。おそらく、年かさの一人は古株の物知りで、若い一人に「警察(ポリシーア)」と囁いたのだろう。それを見た全員が摘発を警戒して姿を消した、そういうことだったと思われた。

おいおい、今度は新宿鮫かよ。俺、職務質問されることはあっても、する方じゃないよ?

 

*   *   *

 

さて、カラスはもはや関係ない! 松原青年の東京珍道中、まだまだ続きます!

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関連書籍

松原始『カラス屋、カラスを食べる 動物行動学者の愛と大ぼうけん』

カラス屋の朝は早い。日が昇る前に動き出し、カラスの朝飯(=新宿歌舞伎町の生ゴミ)を観察する。気づけば半径10mに19羽ものカラス。餌を投げれば一斉に頭をこちらに向ける。俺はまるでカラス使いだ。学会でハンガリーに行っても頭の中はカラス一色。地方のカフェに「ワタリガラス(世界一大きく稀少)がいる」と聞けば道も店の名も聞かずに飛び出していく。餓死したカラスの冷凍肉を研究室で食らい、もっと旨く食うにはと調理法を考える。生物学者のクレイジーな日常から、動物の愛らしい生き方が見えてくる!

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カラス屋、カラスを食べる

カラスを愛しカラスに愛された松原始先生が、フィールドワークという名の「大ぼうけん」を綴ります。「カラスの肉は生ゴミ味!?」「カラスは女子供をバカにする!?」クレイジーな日常を覗けば、カラスの、そして動物たちの愛らしい生き様が見えてきます。

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松原始 動物行動学者。東京大学総合研究博物館勤務。

1969年、奈良県生まれ。京都大学理学部卒業。同大学院理学研究科博士課程修了。京都大学理学博士。専門は動物行動学。東京大学総合研究博物館勤務。研究テーマはカラスの生態、および行動と進化。著書に『カラスの教科書』(講談社文庫)、『カラスの補習授業』(雷鳥社)、『カラス屋の双眼鏡』(ハルキ文庫)、『カラスと京都』(旅するミシン店)、監修書に『カラスのひみつ(楽しい調べ学習シリーズ)』(PHP研究所)、『にっぽんのカラス』(カンゼン)等がある。

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