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カラス屋、カラスを食べる

2019.02.13 公開 ツイート

鳥好きどうしの話はとまらない 松原始

なにかを一途に愛するのは、そう簡単なことじゃない――カラスを研究しつづけて25年。東京大学総合博物館の松原先生が、その知られざる研究風景をつづった『カラス屋、カラスを食べる 動物学者の愛と大ぼうけん 』から一部をご紹介します。愛らしい動物たちとの、ちょっぴりクレイジーなお付き合いをご賞味ください。
さて前回、貴重なクマタカに遭遇した松原先生。アセスメントバイトも板につき、社員さん達とも話が弾みます。

▲共存の道を探して(写真:iStock.com/imtmphoto)

鳥好きどうしの話は止まらない

海洋調査の時は全く畑違いで本当に「ただいるだけ」だったが、鳥類の調査バイトだと、いろんな話が聞けてとても楽しい。また、社員さんたちは下手をすると研究者よりも長時間を野外観察に当てているので、色々なものを見ている。腕に覚えのある「調査バイトの達人」みたいな人もやって来る。本業は詩人という人もいたし、骨マニアで絵描きで、しかも軍オタのKさんともここで知り合った。

今も忘れられないが、Kさんに最初に気付いたのはアセスメント会社のオフィスであった。会社から渡されたカメラで撮影した写真を繰りながら「こんなん連写速度が全然足らんわ、もっとバルカン砲みたいにレンズ6本束ねて1分間6000枚撮れるとか、ないの?」という恐ろしい発言をしたのがKさんだった。

「こないだ現場行ったらこんなんおったんやけど、これなんやろ?」

宿の部屋で、社員さんに写真を見せられた。なんだこりゃ。セキレイには違いないが。何人もが集まって来る。

「ハクセキレイ……に見えますが……。なんか妙な」

「せやろ? 普通、こんな顔白くないよなあ。どっかの亜種?」

「ホオジロハクセキレイでしたっけ、なんかそんな亜種いません?」

「お、すごいやん。それいつの写真?」

「先月ですけど」

「まだいるかな。ボクも見たいなあ」

ああ、身に覚えのある雰囲気。鳥好きが集まると、やはりこういう感じなんだ。

松原君、金、なさそうやもんな……

調査していると雨が降ることも、もちろんある。だが、調査は「月1回」などと予定が組んであり、それを守らないと報告書に空欄ができてしまう。当然、調査としての信頼度も下がるし、契約にも関わる。

だから「雨降ったから休みにしよっかー」などと甘いことは絶対にない。何もできないほどの大雨なら「様子見」ということはあるが、日程が延びれば費用は嵩かさむし、バイトの手配もやり直しだ。しかも、他の現場の工程を圧迫する。

アセスメント会社の社員さんはとにかく忙しくて薄給で、日給だけで計算すればバイトの方が高いこともある。ある若い社員さんが「オレ、今度休暇取ってバイトに来ていいっスか」と言っていたくらいである。ちなみにこの発言は一瞬で却下された。

ただ、雨が降るとわかりきっている時は、装備が追加される。ブルーシートとロープ、時にはポップアップテントだ。ポップアップテントというのは、収納袋から出した途端にビヨン! と広がって立ち上がるテントである。あまり大きなものではないが、中に座っていることくらいはできる。

テントがなければ、ブルーシートで荷物を包んで防水し、自分はカッパを着て、傘をさして座っている。うまい具合に立ち木があったりすればブルーシートで屋根が張れるが、田んぼの真ん中だったりしたらどうにもならない。だが、フードからポタポタ垂れる雨粒を眺めながら、雨に叩かれて座っているというのも、悪くはない。寒いと辛いが。

やっかいなのはテントに引っ込むほどではない小雨の時だ。調査を中断したくはないが、望遠鏡が雨に打たれっぱなしでは浸水する。そういう時は、ピントリングから接眼レンズの基部にかけて、浸水しやすそうな箇所にコンビニのレジ袋を被せて結びつけ、即席の望遠鏡用雨ガッパにしていた

夕方、だいたい5時に撤収して、飯を食って、風呂に入って、部屋に引き上げる。だいたいは大広間で雑魚寝である。社員さんは報告書を書いたりしなくてはいけないが、我々バイトは好きにしていい。そのうち社員さんが酒盛りを始めると、お相伴にあずかれる。なかなか、悪くないバイトである。

車座で飲んでいた社員さんたちが、「とにかく金がない」「家族ができてから自分の遊ぶ金なんてとんでもない」「オシャレな服を買うなんてどこの世界の話だ、もう何年もユニクロしか知らん」といった話を始めた。そのうち、課長さんがこっちを振り向いた。

「松原君、服とか買う?」

「いやあ、全然。せいぜいユニクロっすよ」

本当はユニクロですらないのだが、話を合わせておいた。今着ている作業ベストはホームセンター、カーゴパンツはミリタリーショップの安売り品で、年柄年中こんな恰好だが、そこまで細かく説明する必要はあるまい。すると、課長さんはふうっとため息をついて、言った。

「そやな……金、なさそうやもんな……」

いえあの、確かに私はリッチじゃないですけど、別に赤貧というわけではなく、単にファッションに全く興味がないだけで、基本的には機能優先でなるべく安くという方針で……と言い訳する間もなく、課長さんは話の輪に戻ってしまった。

さて、翌朝。スーパーで昼飯を物色していた時である。安くて大きなぶどうパンを選んでいると、その課長さんが近づいて来て、私の胸ポケットにスッと手を走らせた。

「少ないけどぉ、昼飯代の足しにして。いや、ええから。ほんまに、気にせんといて」

ポケットには、折り畳んだ5000円札が差し込まれていた。

高速道路建設は地元のためになるか

調査中、道端にぼーっと座っていると地元の人が通りかかる。猛禽調査は広い視界の取れる場所を定点にするから、しばしば、田んぼの横にいたりするせいだ。

▲地元の想いとは?(写真:iStock.com/jaimax)

環境アセスメントの場合、開発計画が完全に公表されるまでは、ここで何をしているかは黙っておかなくてはいけない。だが、地元の人はだいたい察しがついているものである。

「こんにちは!」と挨拶すると、「おう、あの道路の仕事かい、ご苦労さんやなあ」などと声をかけられることもあった(三脚と望遠鏡を出しているので、測量と間違われることもよくある)。バレバレどころか、末端バイト君の私よりよく知っていたりする。ジュースやおやつを頂いたことも、何度もあった。

地元の声は複雑だ。もちろん、開発絶対反対という人はわざわざバイト調査員に話しかけてこないだろうが、世間話をしてみると特に関心がない人もいれば、むしろ歓迎する、という人だっている。かくしゃくとしてはいるが、もう結構な年だろうお婆さんが、「はよ高速道路できてほしいわ、国道をトラックがビュンビュン走るから、おそろしゅうて歩かれん」とこぼして行ったこともあった。皮肉なものだ。クマタカが飛ぶ地元の声や生活者の視点は、しばしば「さっさと高速道路を通してもっと便利に、もっと安全に、商店街にカネを」なのだ。

それを言ったら、何度もこの現場に来て、国道を爆走するトラックもよく知っている社員さんは、「そやなあ……」と言ってから、付け足した。

「せやけど、トラックはこの距離で高速なんか乗らへんで。高速料金たっかいから。高速できても絶対、国道走るで」

アセスメントバイトは確かに金になる。働いている人たちも真剣にやっている。しかし、それが一体なんになるのか。いつか役に立つ、少しでも役に立つ、そう思わなければ、やっていられない仕事でもある。

そう思いながらも、私も一人の貧乏学生として、日銭を稼ぐ。そんな日々だった。

この後、小泉政権下で全国の高速道路建設は一時凍結された。仕事は減ったが、ホッとしたのも事実である。ホッとしながら、私は現場で会ったあのお婆さんを思い出した。

*   *   *

「調査職人編」了。次回からは「新宿クロウズ編」をお届けします。

関連書籍

松原始『カラス屋、カラスを食べる 動物行動学者の愛と大ぼうけん』

カラス屋の朝は早い。日が昇る前に動き出し、カラスの朝飯(=新宿歌舞伎町の生ゴミ)を観察する。気づけば半径10mに19羽ものカラス。餌を投げれば一斉に頭をこちらに向ける。俺はまるでカラス使いだ。学会でハンガリーに行っても頭の中はカラス一色。地方のカフェに「ワタリガラス(世界一大きく稀少)がいる」と聞けば道も店の名も聞かずに飛び出していく。餓死したカラスの冷凍肉を研究室で食らい、もっと旨く食うにはと調理法を考える。生物学者のクレイジーな日常から、動物の愛らしい生き方が見えてくる!

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カラス屋、カラスを食べる

カラスを愛しカラスに愛された松原始先生が、フィールドワークという名の「大ぼうけん」を綴ります。「カラスの肉は生ゴミ味!?」「カラスは女子供をバカにする!?」クレイジーな日常を覗けば、カラスの、そして動物たちの愛らしい生き様が見えてきます。

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松原始 動物行動学者。東京大学総合研究博物館勤務。

1969年、奈良県生まれ。京都大学理学部卒業。同大学院理学研究科博士課程修了。京都大学理学博士。専門は動物行動学。東京大学総合研究博物館勤務。研究テーマはカラスの生態、および行動と進化。著書に『カラスの教科書』(講談社文庫)、『カラスの補習授業』(雷鳥社)、『カラス屋の双眼鏡』(ハルキ文庫)、『カラスと京都』(旅するミシン店)、監修書に『カラスのひみつ(楽しい調べ学習シリーズ)』(PHP研究所)、『にっぽんのカラス』(カンゼン)等がある。

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