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カラス屋、カラスを食べる

2018.11.21 更新 ツイート

カラス研究で気づいた「いちばん面倒なのは人間」松原始

京都大学在学時からカラスに魅せられ25年。カラスを愛しカラスに愛されたマツバラ先生が、その知られざる研究風景を綴った新書カラス屋、カラスを食べる』を一部無料公開! 愛らしい動物たちとのクレイジーなお付き合いをご賞味あれ。毎週水曜・土曜更新!前回までのお話はこちらから。

カラス博士も時には怒る(iStock / HomoCosmicos)

いちばん面倒なのは人間なのかもしれない

 だが、面倒さで言えば、人間の社会も負けてはいない。

 平日の昼間からベンチに座っている人間は、あまりいない。だから実験に適しているのだが、いささかありがたくない人たちがやって来る場合もある。

 ある日、私一人でパンを取り出し、いい感じにカラスを集めて、カラスを観察しようとしていた時のことである。

 事もあろうに、集まったカラスの群れのド真ん中を通り、カラスを蹴散しながらこちらに歩いて来た男性がいた。普通、カラスの集団がいれば、人は避けて通る。よほど動じないか、カラスが目に入らないのか。どちらにしても実験としてはまずい。せっかく集めて数えて記録したのが全部無駄になった。

 その男性は仮面のようなニコヤカな笑顔を貼り付けて私の傍らまで来ると、「◯◯様の教え」について、ニコヤカに説き始めた。私は双眼鏡を目に当てて「観察中につき近寄らないでください」オーラを全開にしたのだが、神様だか仏様だかに全てを委ねたご仁には、そういった俗世の雑事は目に入らないらしかった。

 観察中の私はあまり目つきが良くない。第一、双眼鏡を覗いている鳥屋には、声をかけにくいと言われたこともある。まして私は相手の言葉に一切反応せず、チラリと横目で一瞥(いちべつ)しただけなのだ。そんな相手に一切動じず、滔々(とうとう)と教えのありがたさを説けるというのは大したものである。

 大したものなので、早くどこかに行ってほしい。

 要するに、相手の要求は「一緒にちょっと手を合わせて拝んでほしい」ということだった。それくらいなら10秒で終わる。

 だが、その男性は余計な一言を付け加えた。

「私の修行にもなることやしね」

 ちょっと待て。なんで観察を邪魔された上に他人の修行を手伝わねばならん。

 そもそも、腹を空かせたカラスを蹴散らしてもなんとも思わないどころか、どうやら最初から目に入ってもいないような宗教は感心しない。

 私は相手を一睨みすると黙って荷物を担ぎ上げ、観察ポイントを変えた。

 しばらく後で、どうやら同じ宗教らしい別の人が、また来た。そして、またカラスを蹴散らした上に観察を邪魔された。

 この時は早めに「すいません、調査中なんで」と何度も言ったが、相手は一切、聞く気がなかった。カラスに対しても、私の邪魔をしていることに対しても、一切の言及がなかった。おそらく、俗人の言葉などという雑音は耳に入らないのであろう。だが、即物的な現世の理を追究する理系の学生にとっては、大いに問題であった。

 私は「邪魔だからあっちへ行ってくれと言ってるだろう」と、ハードボイルドな声音で告げた。すると、何事にも感謝という教えなのであろう、その老婦人は「邪魔だからあっちへ行け、◯◯様、ありがとうございます」と唱えると去って行った。

 だが、その前に一瞬、ニコヤカな笑顔がピキッと引きつったのを見逃すほど、動物学系の大学生の目は節穴ではなかった。

 彼らはアプローチをまるっきり間違ったのである。あそこで「へえ、カラスも面白いですねえ」とでも話を合わせ、カラスにパン屑を投げてやり、実験に協力してくれれば、私はどこの神様だろうと仏様だろうと、大喜びで手を合わせて拝んでいたことであろう。

実験の結果は良いとは言えなかったけど

 さて、こうして実験をやり、まとめた結果は概ね予想した通りになった。

 カラスは一般に、背の低い相手によく接近する。一番近づいたのは、私の知り合いの中で一番身長の低い人だった。名前は知らないのだが、学園祭の時、隣のテントで餅を売っていた理学部の人だ。データには「餅屋のおねえさん」と書いてある。

 身長の高い方は180センチを超えるあたりで飽和するらしく、それ以上の身長ではあまり遠くならなかった。友人の中で一番背の高い、身長190センチ級の一人にも手伝ってもらったのだが、185センチの友人と大差なかった。

 もっとも、単純な身長ではなく、体の横幅の問題もあるかもしれなかった。背の高い一人は痩せているが、185センチの友人は大変、恰幅が良かったからである。

 一番興味深かったのは、身長160センチから170センチ、同じ身長帯で、男性も女性もいる、という領域である。この範囲に限れば、「同じ身長でも男女差があるかどうか」を確かめることができる、はずだ。

 と・こ・ろ・が。

 ここで私の人脈の限界が訪れた。この範囲、女性としては背が高い方で、男性としては低い方になる。もともと母集団が少ないのだ。私の知り合いで、かつ口説き落とすことができた中で、この範囲に入るのは合わせて5人だけだった。非常に残念なことだが、統計検定を行うにはサンプル数が少なすぎる。男女5人ずついれば、なんとかなったのだが。

 かくして、実験としては、いろいろとデザインもサンプル数も問題があって、良い結果とは言えなかった。

 この研究の一番の成果は、カラスというものの行動を間近に見られたこと、それに尽きる。

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松原始『カラス屋、カラスを食べる 動物行動学者の愛と大ぼうけん』

カラス屋の朝は早い。日が昇る前に動き出し、カラスの朝飯(=新宿歌舞伎町の生ゴミ)を観察する。気づけば半径10mに19羽ものカラス。餌を投げれば一斉に頭をこちらに向ける。俺はまるでカラス使いだ。学会でハンガリーに行っても頭の中はカラス一色。地方のカフェに「ワタリガラス(世界一大きく稀少)がいる」と聞けば道も店の名も聞かずに飛び出していく。餓死したカラスの冷凍肉を研究室で食らい、もっと旨く食うにはと調理法を考える。生物学者のクレイジーな日常から、動物の愛らしい生き方が見えてくる!

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カラス屋、カラスを食べる

カラスを愛しカラスに愛された松原始先生が、フィールドワークという名の「大ぼうけん」を綴ります。「カラスの肉は生ゴミ味!?」「カラスは女子供をバカにする!?」クレイジーな日常を覗けば、カラスの、そして動物たちの愛らしい生き様が見えてきます。

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松原始 動物行動学者。東京大学総合研究博物館勤務。

1969年、奈良県生まれ。京都大学理学部卒業。同大学院理学研究科博士課程修了。京都大学理学博士。専門は動物行動学。東京大学総合研究博物館勤務。研究テーマはカラスの生態、および行動と進化。著書に『カラスの教科書』(講談社文庫)、『カラスの補習授業』(雷鳥社)、『カラス屋の双眼鏡』(ハルキ文庫)、『カラスと京都』(旅するミシン店)、監修書に『カラスのひみつ(楽しい調べ学習シリーズ)』(PHP研究所)、『にっぽんのカラス』(カンゼン)等がある。

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