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カラス屋、カラスを食べる

2019.01.26 更新 ツイート

一日中鳥を探してメロンパン150個分松原始

なにかを一途に愛するのは、そう簡単なことじゃない――カラスを研究しつづけて25年。東京大学総合博物館の松原先生が、その知られざる研究風景をつづった『カラス屋、カラスを食べる 動物学者の愛と大ぼうけん 』から一部をご紹介します。愛らしい動物たちとの、ちょっぴりクレイジーなお付き合いをご賞味ください。今回からは「調査職人」編をお届けします。舞台はなんと海の上。どんな鳥たちに出会えるのでしょうか?

▲荒波にもまれて(写真:iStock.com/Takosan)

カラス屋、なぜか海の上に

1997年、初夏。

「そのリゴーシャ取って!」

「はい!」

「あとズープラの準備!」

「これでしたっけ?」

「それショクプラ! もう一つある方!」

「はい! すんません!」

慌てて甲板を見回す。ああ、これか。取ろうとした途端、うねりをくらった漁船がドン! と突き上げられ、よろけそうになる。なんとかネットを持ち上げ、社員さんに渡す。社員さんは手早くロープをたぐり、もやい結びで輪っかを作ると、ネットについたシャックルをロープに繋いだ。

続いてSTD。何に似ているかと言えば、まあ、銀色の銅鐸だろうか? 長さは60センチ以上あって、むやみに重い。

「船長、このへん、水深どれくらいです?」

社員さんが聞いた。船長は操舵室に顔を突っ込み、魚探を覗いてからまた顔を出した。どうでもいいが、漁船の操舵室の横の窓って、普通のアルミサッシなんだ。

「80かな」

「じゃあ大丈夫だな」

社員さんはそう呟いて、本体に長いロープを繋ぎ、よっこいせと持ち上げて船端から海に落とす。シュルシュルと音を立ててほどけながら滑って行くロープを踏まないように、脇に寄る。ロープの長さは100メートル。だが海流で流されて斜めに引っ張る形になるので、海底に当たる心配はないらしい。

それはそうと、STDって何? オレ、海の上で何してんの?

一日中鳥を探すアルバイト

事の起こりは半年ほど前だった。

院生部屋でパソコンに向かっていると、助教授の先生がやって来た。

「松原君、きみ、オオタカってわかるか?」

「オオタカ、ですか? ええ、知ってますが」

「見たらわかる?」

「そうですね、一応わかります」

「じゃあさ、バイトする気あるか?」

なんだそりゃ、と思ったら、環境アセスメントのアルバイトだった。

環境アセスメントというのは、開発に先だって、開発計画が自然環境に重大な影響を与えないかを検証する、あるいはその後のモニタリングを行って重大な問題になっていないかを監視する、というものだ。

ただし、アセスメントを行う義務は開発側にあるので、事業者が環境コンサルタントに依頼し、その下請けで環境アセスメント会社が実地調査して報告する、という形が一般的だ。事業者は最終的に報告書を取りまとめて、「ちゃんと調べましたが、問題ないと判断できるのでこのように計画します」などと届け出る。

この研究室の修了生の方がアセスメント会社に勤めているそうで、バイトに来られそうな学生はいませんか、と連絡があったらしい。

オオタカを見てオオタカとわかることが条件ということは、現場にオオタカが出る可能性があるのだろう。オオタカは希少種、しかも自然保護の旗印になりがちな鳥だから「そんなの関係ねえ」で開発するわけにはいかない。建設予定地に住み着いているかどうかは、きちんと確かめる必要がある。

「時給750円って言ってきたんだけどね、学生とはいえ、その分野の専門の人間を雇うのにそんなバカな話があるか、安すぎるって言ったんだ。多分、日給で1万何千円かにはなると思うよ」

な、なんだってー! 何をするのかよくわからないが、一日、鳥を探して、1万数千円。メロンパン150個。昼飯5ヶ月ぶん。

「やります。ぜひ」

▲オオタカ(写真:iStock.com/UrosPoteko)

ズープラ? 何語ですかそれは

その時の現場は普通に鳥の調査で、普通にやって普通に終わったのだが、その後、突如として同じ会社から電話がかかって来た。ただし、前とは違う部署だ。バイト登録されている学生に片っ端から当たっているらしい。

今回は海での手伝いと荷物運び。専門外の単純作業だから、時給750円、プラス遠距離手当1000円。交通費支給。

まあいいや。

指定された集合場所は巨大な倉庫だった。ここに調査道具や計測機器を置いているので、まずそれを出して、並べて、チェックして、2トントラックに積み込み。とはいえ、ド素人の私にできるのは、言われたモノをせっせと運ぶことだけだ。

この段階で、社員さんの言葉が全く理解できないことに気付いた。

ズープラ? ショクプラ? リゴーシャ? そもそも何語ですかそれは。

尋ねるヒマもなく「これ運んで!」と命じられつつ、作業をこなしているうちに、周囲の会話が耳に入って来て、やっと理解できた。

ズープラは「ズー・プランクトン」の略で、つまりは動物プランクトン用のプランクトンネットなのだ。プランクトンネットは大学の実習で使ったことがあるが、丸い金属の枠に、目の細かい長いネットがくっつけてあって、一番後ろには採集容器がある。これを投げ込んで水中で引っぱり、プランクトンを採集する。引き上げてからコックを開いてサンプル瓶に受ければ、プランクトンだけを漉しとれるという仕組みだ。プランクトンには動物プランクトンと植物プランクトンがあるが、目の細かさなんかが違うわけか。

なら「ショクプラ」は「植物プランクトン用ネット」のことだろう。英語ならフィト(もしくはファイト)プランクトンだが、こっちはフィトプラとかファイプラって言わないのね。

リゴーシャは運んでいる最中にわかった。渡された箱に「離合社」と書いてあったからである。それが機材の名前なのか、メーカーなのかはわからなかったが、まあ、「社」とついているくらいだから会社名なのだろう。

しかし、社名で呼ばれる機材って、この会社はこれしか作っていないのか? そもそも中身はなんなんだ? 空港で「中身を知らない方がいいモノ」を渡される運び屋みたいな気分である。

最後に、STDなる重たい箱を渡された。運んで行って倉庫の前に並べると、社員さんがクリップボードを手にチェックしている。同じ道具がいくつもあるところを見ると、何ヶ所かで一斉に調査するのか。

できる仕事はあるか、と周りの様子を見ていると、中身をチェックして固定を確認するようだ。STDの蓋を開けたら銀色の円筒形の装置が入っていた。ぴったり収まるような木枠に支えられ、3本のベルトで締め上げてある。

ベルトをクイクイと引っ張って直すと、社員さんがやって来た。

「バッチリか?」

「はい」

社員さんはしゃがんでベルトのテンションを確かめ、「全然あかん」と言うと、力いっぱい締め込んだ。

 

 

独特の用語がたくさんでてきて悪戦苦闘の松原先生。次回、いよいよ海に出ます。そこで待ち受けていたものとは…

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松原始『カラス屋、カラスを食べる 動物行動学者の愛と大ぼうけん』

カラス屋の朝は早い。日が昇る前に動き出し、カラスの朝飯(=新宿歌舞伎町の生ゴミ)を観察する。気づけば半径10mに19羽ものカラス。餌を投げれば一斉に頭をこちらに向ける。俺はまるでカラス使いだ。学会でハンガリーに行っても頭の中はカラス一色。地方のカフェに「ワタリガラス(世界一大きく稀少)がいる」と聞けば道も店の名も聞かずに飛び出していく。餓死したカラスの冷凍肉を研究室で食らい、もっと旨く食うにはと調理法を考える。生物学者のクレイジーな日常から、動物の愛らしい生き方が見えてくる!

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カラス屋、カラスを食べる

カラスを愛しカラスに愛された松原始先生が、フィールドワークという名の「大ぼうけん」を綴ります。「カラスの肉は生ゴミ味!?」「カラスは女子供をバカにする!?」クレイジーな日常を覗けば、カラスの、そして動物たちの愛らしい生き様が見えてきます。

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松原始 動物行動学者。東京大学総合研究博物館勤務。

1969年、奈良県生まれ。京都大学理学部卒業。同大学院理学研究科博士課程修了。京都大学理学博士。専門は動物行動学。東京大学総合研究博物館勤務。研究テーマはカラスの生態、および行動と進化。著書に『カラスの教科書』(講談社文庫)、『カラスの補習授業』(雷鳥社)、『カラス屋の双眼鏡』(ハルキ文庫)、『カラスと京都』(旅するミシン店)、監修書に『カラスのひみつ(楽しい調べ学習シリーズ)』(PHP研究所)、『にっぽんのカラス』(カンゼン)等がある。

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