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カラス屋、カラスを食べる

2018.12.26 公開 ツイート

誰もいないのに灯りが…午前3時の博物館で起った妙なこと 松原始

カラスを研究して25年。東京大学総合博物館員の松原先生が、その知られざる研究風景を綴った新書『カラス屋、カラスを食べる』の一部をご紹介します。愛らしい動物たちとのクレイジーなお付き合いをご賞味あれ。※前回までのお話はこちらから

(写真:iStock / lolostock ​​​)

日本に未だ標本がなかった時代の産物

博物館の標本はそれぞれに由来もあり歴史もあるのだが、それが全て伝わっているとは限らない。本当ならきちんとラベリングされ情報がデータベース化され誰でもいつでも参照できる──のが建前なのだが、全てがそんなにうまくいくわけではない。

大学にある古い標本は、「昔、誰かが手に入れたのだがその時代の人はもう誰もいないし、ラベルも読めない」という場合も多いのだ。残念だが、こういった標本は生物学的な研究には適さない場合がある。例えば生物の地理的変異を知りたい場合、どこで採集した標本かわからなければ使いようがない。

といって、由来のはっきりしないもの、今は価値のなさそうなものを全て「ゴミ」として断捨離してはダメだ。捨てたものは帰って来ない。そのために博物館というものがあり、標本だろうがガラクタだろうが、ひたすら収集して収蔵しているのである。

一例を挙げれば、現在、ドードー(モーリシャス諸島にいた鳥で、17世紀に絶滅)の完全な標本は一体たりとも残っていない。

1683年に1羽がロンドンに渡り、この個体は死後、オックスフォードの博物館に剥製として収蔵された。ところが管理が悪かったのか虫に食われてしまい、1755年には焼却処分になってしまった。その標本で残ったのは頭と脚だけである。それすらも、キュレーターがハタと気づいて焼却炉から引っ張り出した燃え残りだという逸話まである(切り取って保管してあったという話もある)。

我々が「ドードー」として知っている姿は、あくまで想像図なのだ。

 

 *

 

さて、東京大学理学部から博物館に移管された一連の標本の中に、爬虫類・両生類の剥製標本がある。正直言って、状態はそれほど良くない。破損もある。ラベルも破れていたり、もう読めなくなっていたりで、由来がわからない。

ただ、他の標本と比べても格段に古く、縫合線や破断面からは木屑のようなものがパラパラとこぼれている。劣化した木綿(もくめん・ウッドパッキンとか木毛とも言われるもの)か。全体の形はあまり良くない。なんというか、製作技術が未熟なように見える。

だが、この一連の標本をよく見ると、どうも標本の種類が奇妙なことに気付く。

サンショウウオの剥製はオオサンショウウオのような姿をしているが、ずっと小さい。体つきも違う。オオサンショウウオはもっと幅広く、ぶよっとしている。単純に標本製作が下手クソでオオサンショウウオに見えないだけかもしれないが、どうも、皮膚の質感や雰囲気が違うのだ。こんなサンショウウオは、日本にはいない。

(岐阜県のオオサンショウウオ 写真:iStock/Martin Voeller)

そして、ヘビ。これも奇妙な姿である。胴体と頭の太さが同じで、尾のあたりが妙に太い。この寸胴な感じはジムグリのようでもあるが、鱗が全然違う。尾の形も違う。これも日本産のヘビではない。見覚えはあるのだが……そうだ、サンドボアかジムグリボアに似ている。どちらにせよ、アフリカ方面に分布するヘビだ。

カメもそうだ。うっすらと残る模様を見る限り、キバラガメのようだ。キバラガメはアカミミガメに似た種類で、北米産である。

真ん中にデンと鎮座するカエルは、ウシガエルだ。だが、この標本は、似た作りの標本群と比較してみても、多分もっと古い。おそらく1800年代だ。これは要注意である。

同じ教室から来た、これも同じくらい古いカエルの交連骨格標本が何体もあるが、全てヒキガエルである。血管系のスケッチにも「Bufo japonicus」と書かれている。ヒキガエルの学名だ。現在なら解剖実習によく使われるのはウシガエルだが、なぜ?

それは、ウシガエルが1920年代に食用として北米から輸入された外来種だからである。それまで、簡単に手に入って、解剖しやすい大きなカエルと言えば、ヒキガエルだったのだ。となると、むしろ、1体だけウシガエルの剥製標本があるのがおかしい。これはアメリカから輸入されたものなのでは? だとすると、サンショウウオも、小型ではあるがアメリカオオサンショウウオ(ヘルベンダー)という可能性が出て来た。

そうか、これは御雇外国人が教鞭を取っていた時代に、外国の標本商から購入したものなのでは? 日本にはまだ適当な標本や教材がなかった時代。そういったものの作り方から覚えなくてはいけなかった時代。その頃の産物が、今も残っているということではないか。

まだ確証はない。だが、ブツがそこにある以上、何か確かめられることもあるだろう。標本の製作方法、台座やラベルの作りなどなど、「製作物」としての切り口もある。もし、ラベルもないボロい標本だからと焼却炉に叩き込んでいたら、全てはそこで終わっていたはずなのだ。

夜明け前の博物館では妙なことが起こる

さて。

『ナイトミュージアム』という映画がある。夜になると博物館に展示されている恐竜の骨やら剥製やらジオラマのフィギュアやらが動き出して大騒動を繰り広げる、という愉快な映画だ。もちろん、これはフィクションである。今のところ、夜中に博物館の展示品が勝手に歩き回っていたことはない。ない、と思う。

だが、夜の博物館というのは、時に妙なことが起こる。

(写真:iStock /Viktor_Gladkov)

その日、展示設営が終わったのは午前3時だった。モバイルミュージアム、つまり博物館ではない場所に、突如としてミュージアム空間が出現するというプロジェクトの一環で、都内の別の場所で仕事をしていた。

この時の展示場所は高級ブティック。閉店後に作業を開始して、翌朝までに全て作り終えなければならない。事前に図面と写真上でデザインや配置を詰められるだけ詰めてあったとはいえ、やはり、現場で現物合わせという部分は残る。最後の最後で「やっぱりこうしようか」という部分だって出て来る。

何人かのチームで取りかかったが、展示にはだいぶ時間がかかってしまった。

やっと作業を終えて現場を片付け、残った資材や道具や空きコンテナを車に詰め込み直し、大学に引き上げて来たら午前4時だった。車から下ろした物資を片付けるのに、さらに数十分。コンテナケースを抱えてエレベーターのボタンを押そうとしたら、目の前で突如として、1階で止まっていたエレベーターが動き出した。階数表示のランプが2階を通り過ぎ、3階まで行って止まる。

はて、我々もこれから3階に行くのだが、誰か先に行ったっけ?

ボタンを押すと、エレベーターはすぐに下りて来た。これに乗って3階へ。ドアが開くと、真っ暗な廊下だった。足を踏み出すとセンサーが反応して灯りが点ついた。ブツを入れようとしていた資料室はエレベーターの前だが、真っ暗で鍵がかかっている。誰か先に来たわけではないらしい。ふむ、誰かこのへんの部屋の学生がエレベーターを呼んだのか。それにしてはどの研究室も人がいないようだが。

資料室の鍵を開け、物品を片付けていたら、フッと廊下の灯りが消えるのが見えた。そりゃそうだ、廊下を歩いている間に灯りが消えるのは困るが、一人通るたびにいつまでも点灯してたんじゃ人感センサーをつけてまで節電する意味がないもんな。5分くらい点灯していたようだけど、もっと短くてもいいんじゃないかな。

……ちょっと待て。

エレベーターは3階に行った。つまり、誰かがボタンを押したのだ。そして、すぐ下りて来た。これに我々が乗って、上がって、ドアが開くまで1分かかったかどうかだ。だが、エレベーターにも、3階の廊下にも誰もいなかったし、灯りの点いている部屋もなかった。

何より、その時の廊下は、真っ暗だった。

センサーを反応させずにエレベーターの前に立つことはできない。つまり、我々が到着する前5分にわたって、廊下は無人だったのだ。誰もエレベーターを呼んだりはしなかった、ということにならないか?

じゃあ、我々の直前に誰かがエレベーターに乗っていて、3階で降りたのか?

これも違う。3階の廊下に出たら、やっぱり灯りは点いてしまう。エレベーターから降りずに、また1階に戻るのもナシだ。それだと、ドアが開いた途端に我々と鉢合わせする。

では他の階で降りた?

それも違う。2階に止まった様子はなかった。

エレベーターを動かしたのは、誰だ?

夜明け前の博物館の気温が、さらにスッと下がった気がした。私は恐る恐る、一緒に片付けをしていた同僚に、今気付いたことを話した。

「……どういうことだろうな?」

「あー、まあ色々あるんじゃないスか?」

「まあ、器物も100年経てば付喪神(つくもがみ)になるっていうしなあ。何かいるかもなあ」

「あるある。夜中になんか歩いてることあるし」

「え、マジで」

「うん、怖いから見ないけど、廊下で足音聞こえる」

いやそれは誰かがほんとに歩いているだけじゃないのか。大学とか博物館とかいうところは、深夜まで作業や研究をしている奴がいるものだ。しかし、何万点という物品が集まれば、曰く付きのものだってそりゃあ交じっているだろう。だいたい、「かつては生きていたもの」が山のようにあるのだ。中には、ヒョイと目を覚まして散歩したくなる奴だって、いるかもしれない。

「気のせいっちゃ気のせいなんだろうけどねえ」

「そうそう、気のせい気のせい」

「じゃ、気のせいってことで」

私と同僚は、全てを気のせいということにして、その日の仕事を終えた。エレベーターの自動的な作動ということもあるだろうし、深く考えても仕方ないのである。博物館とは、そういうところ。そう思うことにした。

しかし、研究室で朝まで仮眠しているのがちょっと怖かったのは事実である。

 

  *

 

今、この文章を深夜のオフィスで書いているが、さっきからどこかでパタパタ、トタトタと音がするのは、なんだろう? 空調の風で窓のシェードが揺れているだけか? あるいは上のフロアのコンベンションホールで深夜の設営作業でもしているのか?

まさかとは思いますが、本棚の上のワオキツネザルの骨格標本がお散歩していたりは、しませんよね?

関連書籍

松原始『カラス屋、カラスを食べる 動物行動学者の愛と大ぼうけん』

カラス屋の朝は早い。日が昇る前に動き出し、カラスの朝飯(=新宿歌舞伎町の生ゴミ)を観察する。気づけば半径10mに19羽ものカラス。餌を投げれば一斉に頭をこちらに向ける。俺はまるでカラス使いだ。学会でハンガリーに行っても頭の中はカラス一色。地方のカフェに「ワタリガラス(世界一大きく稀少)がいる」と聞けば道も店の名も聞かずに飛び出していく。餓死したカラスの冷凍肉を研究室で食らい、もっと旨く食うにはと調理法を考える。生物学者のクレイジーな日常から、動物の愛らしい生き方が見えてくる!

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カラス屋、カラスを食べる

カラスを愛しカラスに愛された松原始先生が、フィールドワークという名の「大ぼうけん」を綴ります。「カラスの肉は生ゴミ味!?」「カラスは女子供をバカにする!?」クレイジーな日常を覗けば、カラスの、そして動物たちの愛らしい生き様が見えてきます。

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松原始 動物行動学者。東京大学総合研究博物館勤務。

1969年、奈良県生まれ。京都大学理学部卒業。同大学院理学研究科博士課程修了。京都大学理学博士。専門は動物行動学。東京大学総合研究博物館勤務。研究テーマはカラスの生態、および行動と進化。著書に『カラスの教科書』(講談社文庫)、『カラスの補習授業』(雷鳥社)、『カラス屋の双眼鏡』(ハルキ文庫)、『カラスと京都』(旅するミシン店)、監修書に『カラスのひみつ(楽しい調べ学習シリーズ)』(PHP研究所)、『にっぽんのカラス』(カンゼン)等がある。

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