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カラス屋、カラスを食べる

2019.02.16 更新

掲示板に「XYZ」よりも今はカラスだ松原始

なにかを一途に愛するのは、そう簡単なことじゃない――カラスを研究しつづけて25年。東京大学総合博物館の松原先生が、その知られざる研究風景をつづった『カラス屋、カラスを食べる 動物学者の愛と大ぼうけん 』から一部をご紹介します。愛らしい動物たちとの、ちょっぴりクレイジーなお付き合いをご賞味ください。
今回からは「新宿クロウズ」編をお届けします。はじめて京都から新宿に降りたった若き日の松原先生を待ち構えていたものとは……。

▲なぜカラス博士がわざわざ歌舞伎町に?(写真:iStock.com/ke)

はじめての新宿

1997年、11月。22時過ぎ、私は近鉄奈良駅前から新宿行き夜行バスに乗り込んだ。荷物は? と目顔で聞かれるのを、首を振って断る。デイパックには双眼鏡とカメラと東京の地図、あとは着替え程度だ。トランクに入れなくても、座席に持ち込めば済む。

バスは深夜の天理街道を走り、天理インターから高速に乗る。あとはカーテンを引いて、車内灯も消され、寝ながら東へと向かうだけだ。

時折、バスが大きく揺れながら減速する気配に目を覚ます。ギア鳴りと排気ブレーキの音がして、バスが停車。カーテンに隙間を作って覗くと、青白い水銀灯に照らされたパーキングエリアの駐車場が見える。だが、これは時間調整とドライバーの休憩用だ。乗客は降りないように言われている。

ここはどこだろう。手がかりになるものを探していると、目の前に別のバスが滑り込んで来て、視野を塞がれる。私はまた、眠りに落ちる。

こんなことを繰り返して、何度目かに目覚めた。バスはビルに囲まれた高速道路をひた走っていた。どこだろう、と思っていると、一般道に下りた。おや、ではもう東京が近いのか?

ここが東京だとわかる景色は見えない。いや、東京タワーでも見えない限り、どうせわかんないけど。薄青い霞かすみをまとったような、夜明け前の灰色の街並が続くばかりだ。やがてバスは高層ビルの間に入り込み、ゴタゴタした妙に狭いバスターミナルに停車した。

それが終点だった。

CITYHUNTERよりも今はカラスだ

夜行バスを降りると、夜明けの新宿西口だ。これが高速バスで来た理由の一つだ。新幹線より安く、奈良から直通で、おまけに降りたらそこがカラスだらけの繁華街、しかも到着時刻はまさに、カラスが採餌を始める頃である。

目の前にでっかい電器店がある。京王ビルがあっちとか、都庁がこっちとか書いてある。

うん……駅はどっち? 賑やかな方が駅とか、そーゆーのじゃないの? なんでどっち向いても賑やかなの?

よくわからないまま、コンパスを頼りにふらふら歩いたら、駅前ロータリー的なものが見えたような気がした。あれか? 近づいてみると歩道橋というかデッキっぽいものがあり、その向こうに巨大な構造物が見える。駅、なのか? なんかデパートとかファッションビルとか私鉄の看板しか見えないが、これJR新宿駅じゃないの? 地図によるとJRの駅も一緒になっているはずだが、なぜJRと書いていない? ここからは入れないのか? ていうか俺は向こう側へ行きたいんだ。

とりあえず歩道橋に上がってみる。空はもう明るいが、ビルの谷間はまだ暗い。だが、カラスは集まって来ている。電線や街灯に止まって、地面を見下ろしている。写真を撮りたいが、望遠レンズを通すと暗すぎる。F4・5のレンズにテレコンバーターをつけているので、もう2絞りほど暗いはず。シャッタースピードは1/8秒……撮っておいたが、ブレているだろう。

▲食事中ですがなにか?(写真:iStock.com/Madhourse)

酔っぱらってぶっ倒れている(のだと思うが、東京は怖いらしいから、ひょっとしたら死んでいるのかもしれない)兄ちゃんを避けて階段を下り、駅側の歩道に立つ。さて、これからどうすればいいのだ。駅の周りを回って行けばいいのか。

うろうろしていたら、東口への近道はこっち、と書いてあるのを見つけた。よしよし。そちらへ向かうと、怪しげな路地に入り込む。なんだこれ。スーツ店、ペットショップ、左手の怪しい路地には小さな飲み屋さんが並ぶ。前方にはさらに怪しげなトンネルが。大丈夫か。魔界都市に続いていたりしないだろうな。朝帰りなのか、仕事明けなのか、トンネルの中で何人かの人とすれ違う。テレビドラマならいきなり絡まれて殴られるのにぴったりな場所だ。カラスを怒らせた時と同じく、スキを作らず、周囲に目を配り、背後に神経を尖らせる。

ぴりぴりした背中のまま、別に何事もなく、トンネルを抜けたところがスタジオアルタの目の前であった。おお、やっと見覚えのあるところに。

アルタだけなんとなく知っているのは、もちろん、「CITY HUNTER」にしばしば登場したからである。新宿駅東口には本当に伝言板があると思っていた。

思わずロケ地めぐり(?)をしそうになるのを堪こらえ、カラスを見物だ。

「歌舞伎町一番街」の看板の下を通り、刺激的な(主にアダルトな意味で)看板だらけの街を双眼鏡を下げてきょろきょろ。カラスはあちこちにいる。小綺麗な石畳の歩道(よく見ればゴミと吸い殻とゲロがいっぱいだが)にゴミ袋が山積みにされ、そこにカラスが舞い降りている。

うっかり双眼鏡で人間をジロジロ見てしまって怖い人が来ないよう注意しつつ、カラスの様子を観察。今日は偵察だけでポイントを絞った調査ではないのだが、京都と比べて全然違うのは、ハシブトガラスしかいないこと、とにかく数が多いこと、人に慣れていることだ。とはいえ、観察している素振りを見せるとすぐに逃げてしまうのだが。

カラスと飲み屋は相性がいい。カラスが好む餌は高タンパク・高カロリーなもの、はっきり言えば脂ギトギト系か、糖分ガッツリ系だ。唐揚げ、フライドポテト、マヨネーズなんかは最高のごちそうである。おにぎりも好きだし、パスタもよく食べる。

ついでに、そういったものの半消化物……つまり飲みすぎて道端でリバースしちゃったものも餌だ。この巨大な眠らない街が排出し続ける、膨大な食べ残しがカラスを支えている。

通りをうろうろしているうちに、ちょっと中心から外れた感じの場所に出た(今思えば区役所通りあたりか)。カラスも少ないので移動しようとしたら、店の前にいた男性がスッと寄って来た。うわ、何? と思った途端、

「お兄さんお兄さん、飲み、ないっすか?」

と声をかけられた。なんと、客引きである。飲みって、この時間から? 俺、双眼鏡ぶら下げてノート握りしめて、重たいデイパック担いでますよ? 飲みに行って金使うように見えるの?

「いや、ねえっすよ」

と振り切ろうとしたのだが、男性は名刺を差し出し、「本当はダメなんだが自分は警察に顔が利くから大丈夫だ。そこの店でこの名刺を出せば割引になるから」と押し付けられた。

面白いのでその名刺は取っておいたと思うのだが、さすがにもうなくしてしまったようだ。

 

* * *

 

このエッセイを片手に新宿を歩いてみても面白いかも!? 次回もご期待ください!

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関連書籍

松原始『カラス屋、カラスを食べる 動物行動学者の愛と大ぼうけん』

カラス屋の朝は早い。日が昇る前に動き出し、カラスの朝飯(=新宿歌舞伎町の生ゴミ)を観察する。気づけば半径10mに19羽ものカラス。餌を投げれば一斉に頭をこちらに向ける。俺はまるでカラス使いだ。学会でハンガリーに行っても頭の中はカラス一色。地方のカフェに「ワタリガラス(世界一大きく稀少)がいる」と聞けば道も店の名も聞かずに飛び出していく。餓死したカラスの冷凍肉を研究室で食らい、もっと旨く食うにはと調理法を考える。生物学者のクレイジーな日常から、動物の愛らしい生き方が見えてくる!

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カラス屋、カラスを食べる

カラスを愛しカラスに愛された松原始先生が、フィールドワークという名の「大ぼうけん」を綴ります。「カラスの肉は生ゴミ味!?」「カラスは女子供をバカにする!?」クレイジーな日常を覗けば、カラスの、そして動物たちの愛らしい生き様が見えてきます。

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松原始 動物行動学者。東京大学総合研究博物館勤務。

1969年、奈良県生まれ。京都大学理学部卒業。同大学院理学研究科博士課程修了。京都大学理学博士。専門は動物行動学。東京大学総合研究博物館勤務。研究テーマはカラスの生態、および行動と進化。著書に『カラスの教科書』(講談社文庫)、『カラスの補習授業』(雷鳥社)、『カラス屋の双眼鏡』(ハルキ文庫)、『カラスと京都』(旅するミシン店)、監修書に『カラスのひみつ(楽しい調べ学習シリーズ)』(PHP研究所)、『にっぽんのカラス』(カンゼン)等がある。

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