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カラス屋、カラスを食べる

2019.01.16 更新

ポニーテールのあいつはナイスガイ松原始

なにかを一途に愛するのは、そう簡単なことじゃない――カラスを研究しつづけて25年。東京大学総合博物館の松原先生が、その知られざる研究風景をつづった『カラス屋、カラスを食べる 動物学者の愛と大ぼうけん 』から一部をご紹介します。愛らしい動物たちとの、ちょっぴりクレイジーなお付き合いをご賞味ください。さて前回、ブダペストで開催される国際学会のためにほぼ初めての海外旅行に挑んだ松原先生。ドバイの物価の高さに驚きながらもなんとかウィーンへ到着します。

▲アラビア半島の灌漑(写真:iStock.com/trekandshoot)

エミレーツの機内食はなかなかイケる

朝のアラビア半島の上を飛ぶ飛行機の下は、一面の砂漠だ。だが、そこに幾何学的な緑色の円形がいくつも見える。おそらく、灌漑(かんがい)された緑地だ。散水パイプを回転させて水をまいた結果、緑地が、きっちりした円形になるのだろう。

乗っていると機内食が出る。機内食はまずいとか聞くが、少なくともエミレーツはなかなかイケる。日本便もうまかったが、ドバイからのフライトではパンとチーズがさらにうまかった。メニューはクロワッサン、バター、チーズ、ジャムにカットフルーツにオレンジジュース、とコンチネンタルスタイル。関空発の便の食事はおそらく日本製だが、ドバイ発の便ならば外国製だろう。

そういえば日本─ドバイ便の朝飯にはソーセージがついていたが、パッケージには「このソーセージはハラール認証を受けた牛肉なのでムスリムにも食べられる」と書いてあった。こういう小さなところに、味や気候風土や文化の違いは見えるのだなあと感心する。だが、ヒンズー教徒はどうするのだろう?

それはそうと、時間ごとに食事を出してくれるのは律儀ではあるが、座っているだけなので腹が減らない。個包装されたクラッカーやチーズはデイパックに放り込んで、後ほどおやつにした。

ウィーンでロストバゲージ

ドバイから6時間ほどで、飛行機はウィーン国際空港に着陸した。

オーストリアへの入国は呆れるほど簡単で、にこやかだった。日本を出る時にロボットのような係官にじろじろと見られたのとは大違いだ(私情を挟まず厳格に仕事しておられるのはわかるのだが)。

入国審査の列は2つあったのだが、隣の列が妙に手間取っていると思ったら、東南アジアや西アジアからの入国を慎重に調べているらしかった。この頃から既に移民問題は始まっていたのだろう。

▲ウィーン・シュヴェヒャート国際空港(写真:iStock.com/uskarp)

さて、荷物をピックアップするために並ぶ。なかなか来ないと思っていたら、10分以上経ってからターンテーブルが動き始めた。だが荷物が少ない。少なすぎる。しばらく待っていたらモッチーのスーツケースと、私のザックが来た。だが、重要な荷物が来ない。発表用のポスターを入れたポスターケースが! あの中には先輩に「ついでに入れて行ってくれ」と頼まれたポスターも含め、4人ぶんの発表資料が入っているのだ。

いつまで待っていてもポスターは来ない。周りがざわつき始めているのは、彼らの荷物も来ないからだ。下手するとドバイで積み忘れということもあり得る。

インフォメーションに行って聞いてみると「あっちに受付があるからそこへ行け」と指示された。だだっ広い空港内を足早に歩いて窓口に行ってみると、そこは長蛇の列だった。うわあ、みんな文句を言いに来たんだ。

前の方にはトルコ人らしい家族連れがいて、若い女性が顔を覆って泣いている。お父さんと係員とのやり取りを聞いていると、結婚式のために来たのに花嫁衣装を含めた荷物が行方不明だという。それは大変だ。だがこっちも十分に大変である。一応ポスターのデータは持ってはいるが、大判のポスターなんてどこで印刷するんだ。ハンガリーにもキンコーズってあるんだろうか。

我々の番になったので「荷物が出て来ないのだが、どうすればいいか」と尋ねると、係員は時計を気にしながら「どの便? さっきのドバイからの便? 遅れてるだけじゃないの? もうちょっと待ってたら?」と投げやりな答え。「昼休みなのでさっさと休憩して昼飯食いたい」という本音が丸見えである。

こいつとやり合っても話にならない。しかしまあ、待ってみるのも一つの手なので、ゴルゴ13のような無表情を保ったまま「わかった、では待ってみよう。なかったらまた来る」と言って外に出た。わざわざ「また来る(I'll be back)」と言ったのは、ターミネーターのセリフの引用だ。いざとなったらターミネーターみたいに殴り込むぞ、という含みである。

通じたかどうかは知らないが。何か動きがあった場合に備えて私はしばらくバゲージクレームで様子を見ることにし、モッチーはターンテーブルを確かめに行く。

20分ほど待っても動きがないのでモッチーのところに行くと、「全然出て来ない」との答え。「すっごいトラブルなんじゃないですか? さっき僕の横にいたイギリス人、呆然として『俺の人生終わった……』って話しかけてきましたよ」とのこと。

仕方ない、もう一回ネジ込んで、なんとしても見つけさせよう。後で宿泊先に配送するサービスもあるらしいのだが、この空港の対応を見ていると、ここから人づてで配達を頼むのはどうも危険な気がする。ウィーンに一泊してでも、ポスターを取り戻してからブダペストに駆け付ける方がよいんじゃないだろうか。

そういう話をしながらバゲージクレームに行くと、窓口にはさっきとは違う係員のオバちゃんがいた。「ドバイからの便で着いたが荷物が出て来ない、探してくれないか」と告げると、オバちゃんはヒョイとこちらの手元を覗き込んで、「アンタら荷物持ってんじゃないの」と鼻を鳴らした。さすがにこれは頭にきた。

「Ich haste zweier Baggage, nicht eins! Einer habe ich hier aber Einer hass verloren! Wo ist das?!(オレは荷物を2つ持ってたんだ、1個じゃない! 1個はここにあるが1個は行方不明だ、どこにある!?)」

頭にきたせいで脳の働きが良くなったのだろう。いろいろ間違っていたと思うが、10年以上前に習ったきりのドイツ語でタンカが切れた。だが、そのせいか、オバちゃんの態度が少し変わった。

「あー、わかったわかった、2つあったのね。じゃあもう一つあるはずね」

オバちゃんは英語とドイツ語のチャンポンでそう言いながら、手元からラミネート加工された大きなメニュー表みたいなのを取り出した。そこにはスーツケース、スポーツバッグ、ハンドバッグ、ショルダーバッグなど、様々な荷物の絵が描かれている。

「ポスターを入れたシリンダーだ」と説明すると、「じゃあこれね」と指差し、さらに細かい区分──ストラップはついていたか、大きさはどれくらいか──を聞かれた。このチャートに従って区分を確かめると、「ちょっと待ってて、見て来てあげる」と言って、窓口の後ろに消えた。どうやらそこが倉庫になっていたらしい。

ほんの1分ほどで戻って来たオバちゃんは「これでしょ」とポスターケースを差し出した。間違いない、我々のものだ。

この時はポスターが出て来た安心感から2人でオバちゃんの手を取り、「これはすごく大事な荷物だったんだ! ダンケシェーン!」とニコニコ笑って出て来た。冷静に考えれば怒っても許される場面だったんじゃないかと思うのだが、ま、よかろう。

観光なんていい。鳥を見に行こう

さて、ブダペストはドナウ川と共にある街である。街のド真ん中を川が貫いていて、いくつも橋がかかっており、緑の橋、エルジェーベト(エリザベート)橋などと名前がついている。荷物を積んだ艀(はしけ)やフェリーが行き来し、観光船が走る優雅なる大河……なのだが、直前まで上流で降り続いた豪雨のため、ドナウは大増水して真っ茶色に濁り、「青く美しきドナウ」の面影はなかった。まあ雄大ではあったが。

▲ドナウ川とカラス(写真:iStock.com/SylwiaKintop)

学会は1週間におよぶプログラムだったが、真ん中に1日、休憩があった。せっかく来たのだから、その日は観光でもしてきなさい、というわけだ。ブダペスト観光やプスタ(大平原)ツアーも学会のオプションにあったのだが、私としては市内観光より鳥を見たかった。では大平原ツアーかというと、ツアーは馬車に乗って伝統的な乗馬ショーを見た後、伝統料理を食べて帰るだけらしい。鳥を見ている時間はなさそうだ。

 

では勝手に行くかと思って調べてみたが、プスタは広すぎて専門のガイドでもつけないと狙った鳥は見られない、とのこと。プスタに住むという世界最大の飛翔性の陸生鳥類、体重15キロもあるというノガンの巨体を見てみたかったのだが。

休憩日前夜。ではどうするかと考えながらホステルで地図を眺めていたら、バイトの兄ちゃんに「どこか行くのか」と声をかけられた。2、3度見かけたポニーテールの兄ちゃんだ。デンマークから来たバックパッカーが「ポニーテールのあいつはナイスガイだ、すごく親切に教えてくれる」と言ってたっけ。

そこで「いや、どこに行こうか考えていたんだ。鳥が見たい。自分は鳥を研究している学生だ」と言うと、彼はニヤッと笑って私のTシャツを指差し、「わかってるよ、それだろ」と言った。あ、そういえばハシブトガラスのTシャツ着てたっけ。彼は続けて「その鳥はハンガリー語ではフェケテホーロー、黒い鋏(はさみ)という意味だ」と言った。

うん、それはハシブトじゃなくてワタリガラスのことだと思うけど、だいたい合ってる。

彼と話をしていると、ラムシャカディークというところを薦めてくれた。子供の頃、よく家族で出かけたところだという。ラムシャカディークとは「月の……川……土手……英語ではなんて言うのかな」とのことだったが、月の谷間とか月の川辺とか、そういう意味だろうか。彼自身は鳥にはあまり興味がなかったそうだが、緑がいっぱいだからきっと鳥もいるよ、行ってごらんと言い、行き先を詳しく──それこそ、どの駅前でどうやってチケットを買って、どうやってバスに乗るかまで教えてくれた。ただ、適当な地図がなかったため、「ここだ」とマップ上で指し示すことだけができなかった。

 

* * *

 

翌日の休憩日、勇んで鳥を見に行こうとした松原先生とモッチーさんですが、そう簡単にラムシャカディークに着けるわけがなく……次回、1月19日公開です。ご期待ください。

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松原始『カラス屋、カラスを食べる 動物行動学者の愛と大ぼうけん』

カラス屋の朝は早い。日が昇る前に動き出し、カラスの朝飯(=新宿歌舞伎町の生ゴミ)を観察する。気づけば半径10mに19羽ものカラス。餌を投げれば一斉に頭をこちらに向ける。俺はまるでカラス使いだ。学会でハンガリーに行っても頭の中はカラス一色。地方のカフェに「ワタリガラス(世界一大きく稀少)がいる」と聞けば道も店の名も聞かずに飛び出していく。餓死したカラスの冷凍肉を研究室で食らい、もっと旨く食うにはと調理法を考える。生物学者のクレイジーな日常から、動物の愛らしい生き方が見えてくる!

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カラス屋、カラスを食べる

カラスを愛しカラスに愛された松原始先生が、フィールドワークという名の「大ぼうけん」を綴ります。「カラスの肉は生ゴミ味!?」「カラスは女子供をバカにする!?」クレイジーな日常を覗けば、カラスの、そして動物たちの愛らしい生き様が見えてきます。

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松原始 動物行動学者。東京大学総合研究博物館勤務。

1969年、奈良県生まれ。京都大学理学部卒業。同大学院理学研究科博士課程修了。京都大学理学博士。専門は動物行動学。東京大学総合研究博物館勤務。研究テーマはカラスの生態、および行動と進化。著書に『カラスの教科書』(講談社文庫)、『カラスの補習授業』(雷鳥社)、『カラス屋の双眼鏡』(ハルキ文庫)、『カラスと京都』(旅するミシン店)、監修書に『カラスのひみつ(楽しい調べ学習シリーズ)』(PHP研究所)、『にっぽんのカラス』(カンゼン)等がある。

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