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人形怪談

2021.06.23 更新 ツイート

美しい解剖人形 田辺青蛙

知り合いにXという医師がいる。

何故か理由は不明だけれど、必ずといっていいほど出版社のパーティーにいて、隅の方で一人でウーロン茶を飲んでいる。

無口な人で「あっ! Xさん」と声をかけても無言で会釈くらいしかせず、パーティーの終了まで一人ぽつんと佇んでいることが多い。

二次会や三次会になると、少しだけ病院や医師にまつわるエピソードを話してくれることがある。そしていつの間にか誰にも何も言わず帰ってしまう。

とある売れっ子漫画家だか小説家の主治医だという噂もあるが分からない。

 

編集者の知り合いで、10年くらい前に出会い、最初は偽医者なのではないかと思い貰った名刺の病院のホームページを調べたら、ちゃんと同姓同名の医師の経歴が載っており、写真の顔も本人だったので、多分本物の医師なのだろう。

Xさんから四年ほど前に某パーティーの二次会でこんな話を聞いた。

「僕が医学生だった頃、U山公園内に解剖墓地と慰霊碑があったんです。

それは、明治時代にK大学医学部の学生が解剖した献体を供養するために建てられた場所で、解剖された体の一部を探している解剖された霊が出るとの噂がありました。

解剖の授業は、体の中の各臓器を三次元的にですね、様々な方向に切断して、切断面を分析するんです。

解剖実習期間の時間割なんですが、朝実習室に集まって黙とうした後に解剖を開始。休憩は昼休みに1時間。それから夕方17時過ぎまで解剖を続ける解剖漬けの日々を送ります。

重労働の上に立ちっぱなしで、目も体も意識も全身を使う作業なので、解剖実習中はみんなげっそりと痩せますね。

いつだったか、解剖墓地を休みの日に散歩していたらぐうっと後ろに引っ張られて尻もちをついてしまいましてね。

目の前に牛乳を景色に注いだみたいな白いぼやーっとした塊が浮いてて、向こう側が見えないんですよ。

金縛りみたいに、体も尻もちついた状態で少しの間でしたが動けなくってね。その白いぼんやりした物は、よくみたら人の体の表面みたいで、ぽつっと小さな乳首とその横にほくろがあったんです。

多分、体つきの一部から見た想像だけど若い男性だったんじゃないかな。

そして、無駄にしないでくださいと声が聞こえてまわりの景色に溶けるように消えたんで、あれは過去に検体されたご遺体だったのだろうかと思いましたね。

本当は漫画家か小説家になりたくってね、時々、こういったパーティーに知り合いの伝手で入って、自分の体験や考えたお話をしてるのが唯一の趣味なんですよ。

医者にね向いてないし、何度辞めたいと思ったかわからないけれど、自分の伝えた話が本に載ってると嬉しい。

それに医者を辞めたらね、検体いただいた方々にも申し訳ないからね」

医師と兼業の小説家の方もいることを伝えたところ、Xさんは、僕がそんなに器用じゃないから二足の草鞋は厳しいということだった。

そんなXさんとイタリアのフィレンツェで偶然に出会ったことがある。


イタリア・フィレンツェで開催された荒木飛呂彦先生の原画展「HIROHIKO ARAKI AN EXCLUSIVE MANGA EXHIBITION」IN FLORENCEに行った時のことだった。

イベントが終わった後に、荒木先生のおすすめスポットと聞いた、博物館に夫と二人で向かった。

フィレンツェの石畳に覆われた細い道を抜け辿りついた場所は、剥製だらけの奇妙な博物館で、あまり知られていないのか観光客らしい人はほとんどいなかった。

無数のガラスケースの中に展示される剥製たちを見ることに疲れを感じはじめたころ、迷路のような建物の果てのある展示品の前で恍惚とした表情を浮かべるXさんを見つけた。

「わ、こんなところで奇遇ですね。荒木先生の原画展目当てでXさんもこちらに?」

声をかけるとXさんは違いますよと言った。頬が上気し何かに興奮しているのか喋りが珍しく早口だった。

「ボクはね、イタリアにこの娘目当てに定期的に来てるんですよ」

Xさんが指さすガラスケースの中を覗き込むと、銀糸のような髪の毛を指先で弄りながら何か考え事をしているような表情の少女が、横たわっていた。

少女の喉から下は開かれており、そこから内臓が外にはみ出していた。博物館の入り口で貰ったパンフレットを見ると、これは18世紀のフィレンツェで解剖学の教材として作られた蝋人形だということだった。

「この娘、解剖のヴィーナスとも呼ばれてるんです。エロチックでしょう。解剖学的にはおかしいところも色々とある解剖人形なんですが……この色香が凄いでしょう。もう何時間でも眺めていられますよ」

「この解剖人形の女性が、お好きなんですか?」

「見ているとね、魔力があるんです。髪の毛とまつ毛は実際の少女から一本一本植え替えて作ったそうですよ。もともと神保町の古書店にあった本でこの娘の存在を知りましてね、その晩の夢で、逢いたいと呼ばれて来たのが最初なんです」

「お医者さんで忙しいんじゃないですか?」

「さすがに、忙しい時じゃない時を選んできてますよ。でも、呼ばれるとねえ、直ぐに行きたいって思ってしまいますね。

イタリア語も勉強したんですよ。夢の中ではほら、イタリア語で話しかけられてて最初は何を言ってるか分からなかったものですから。

日本語でここでお喋りしてると、彼女に騒がしく思われてしまいそうですからね。これくらいでいいですか?」

Xさんに、そうですねと言ってその場で別れた。

そしてちょうどお昼時だったので、近くにあった食堂に入った。

フィレンツェの名物だというビステッカを頼み、焼き上がるのを待っていると私たちの持っているパンフレットを見て、店員が話しかけてきた。

「あの博物館で解剖人形を見たのかい?」

私たちがそうだというと、店員がこんな話を聞かせてくれた。ただ、私の英語力は低いので聞き間違いの可能性もあるので、内容は大まかこんな感じという程度で受け止めて欲しい。

「解剖人形は全て女性で美女揃いでね、昔は今よりも多く博物館にあったらしいんだけれど、あの人形に懸想して持ち去った人がいて減ったとか、若い医師の卵を誘惑したなんて噂があるんだよ。

内臓を開いて見せていても美しいと感じる人形だし、むしろその姿が猟奇的な魅力があるだろ。生きている人間を開いてもあんな風にはならないし、しかも美しいままで劣化しないし腐らない。

永遠の作られた美女を盗み出した人はどんな日々を送ったのだろうとたまに思うよ。今残っている人形もイタリアの芸術の粋を集めたもので目玉のべネチアン硝子も今はあれだけ綺麗なのは焼けないらしい。

若い医師があの博物館に行くとね、彼女の唇から歌が聞こえただの抱擁の幻を見たり感じたって話があるんだ」

私は先ほど見たXさんの姿を思い起こしながら、目の前に置かれた焼きたてのビステッカを食べた。

 

翌年、Xさんと出版社のパーティーで会った時に別人のように痩せて風貌が変わっていた。

体調を崩されたりしたんですかとやつれた理由を聞くと、イタリアであの後色々とあったりしましてということで、何があったのかを聞いてもそれ以上は教えてくれなかった。

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田辺青蛙

1982年大阪府生まれ。オークランド工科大学卒業。
2006年、第4回ビーケーワン怪談大賞で佳作となり、『てのひら怪談』に短編が収録される。2008年、『生き屏風』で、第15回日本ホラー小説大賞短編賞を受賞。
現在大阪に作家の夫と在住。そんな夫とのアメリカ旅行記&エッセイ集の『モルテンおいしいです^q^』(廣済堂出版)『読書で離婚を考えた。』(幻冬舎)発売中。
怪談と妖怪ネタを常時募集中。

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