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人形怪談

2021.03.24 更新 ツイート

伯母のお土産 田辺青蛙

(写真:iStock.com/Ally Lee)

高円寺に住んでいるフリーターの山田さんから聞いた話。今年四十歳になる山田さんが子供の頃のことだそうだ。

 

細いうりざね顔の日本人形を伯母から貰った。

どこかの地方の民芸品だったと聞いたはずなのだけれど思い出せない。

伯母は独身で、一人旅が好きな人だった。

いつも来るときは急に電話が来て「これからお土産持っていくから」とだけ伝えて一方的に切る。

そして、電話があってから30~40分程して家の前に来て、「〇〇へ行ってきた話をしに来たの」と言って上がり込んだ。

伯母はいつも来る時には旅のお土産を持って来てくれた。

お菓子や雑貨、玩具とはいつも予想の付かない伯母から手渡される物に、母は戸惑っているようだった。

大きなザボンの砂糖漬けやゼリーを持って来て、食事前に皆で食べましょうと言ったり、絵葉書やペナントを食卓で広げ始めたりするような人だったからだ。

そんな伯母が持ってきた人形は大きく、埃の臭いがした。

「これ、旅先の民芸品店で見てピンと来たの! すごいでしょう。アンティークなの今じゃこんな人形作れる人もいないんですって」

母は目で要らないと言っていたが、伯母はこんないい物を貰えた人はラッキーだ、わたしは同じものが十体欲しいくらいというようなことを言って勝手に電話を寿司屋にかけて出前を取って、飲み食いして帰って行った。

山田さんにとって、それが伯母の元気な時の最後の記憶だという。

その翌年、伯母は病気で倒れみるみる痩せ、好きな旅行も行けなくなってしまい、とても静かな人になってしまった。

伯母から貰った人形は、山田さんの部屋の隅の柱にもたれかけるように置かれていた。

不気味な白い顔を夜トイレに行くときに見るのが嫌だったのと、考えごとや勉強中に部屋の中で視線を泳がしている時に人形の顔が目に入るのが不快で、着なくなった古着を人形に被せていた。

でもある日、部屋で掃除機をかけていると、体が当たってかけていた古着が人形から滑り落ちた。

その時、山田さんは驚いた、人形の顔が依然と違っていたからだ。

伯母に似ている。

そう感じて、驚いた山田さんは母を呼んだ。

「ねえ、これ伯母さんに似てない……」

指さして伝えると、そう言われるとそうかも。でもあの子、もともとちょっと古い日本人の美人タイプというか、こういう人形に似た顔だったし、しばらく会ってないからそう思うだけじゃないの。

最近ずっと会ってないから、貰った人の顔に見えてきたのよ。

母はそう言い、部屋を出て行った。

山田さんは再び人形に服をかけて隠そうとした。その時、人形の細い目がチロッと自分の方を向いたような気がした。

そうなると部屋に人形があること自体が嫌になったので、お願いだから人形を捨てたいと母と父に伝えた。

すると、せっかく貰った物を粗末にするのは良くないと言われてしまった。なら、自分の部屋以外に飾って欲しいというとそれもダメだと言う。

どうしてと理由を聞くと、どうしてもだと言われ、山田さんがそんなの納得できるわけがないと言うと部屋に行ってなさい! と怒鳴り口調で父に言われた。

部屋に戻って扉を閉めると、立てかけていた人形が横に倒れて顔が見えた。

ますます、あの伯母にしか見えない。

もうこの人形がここにあるのさえ無理だと思った山田さんは翌週、近所に住む祖母の家に行った。

そして、伯母の人形の話をした。

「まあ、この子は怖がりねえ」と笑って人形を引き取ることを祖母は了承してくれた。

母も祖母の家ならと納得してくれて、人形は父が運んでくれた。

祖母は床の間に置きましょうかねと言って、人形を父に頼んでそこで梱包を解いた。

壊れないように巻き付けていた古新聞や襤褸切(ぼろぎ)れを取ると、その場にいた父はぎょっとした表情を見せた。

気になったので山田さんも近くによって人形を見て驚いた。

人形の顔がぬるぬる溶けたみたいになっている。

水に濡らして撫でつけた紙粘土のようだった。ほんの三十分程まえに叔母に似た顔を見たばかりだったのに。

うりざね顔の中のやや茶色見がかった細い目も、赤く薄い唇もそこにはない。

溶けたのっぺらぼうの顔が乗った人形を見て、どうしてこうなったんだと父は言った。

祖母も山田さんも理由が分からずお互いの顔を見合わすしかなかった。

中から薬剤が溶け出たのかも知れないから触らずこのまま捨てようという父の提案に、祖母は反対をした。

娘になにかあったのかも知れないと言い、入院中の病院に電話をかけた。

すると、看護師さんが出て今穏やかな顔で眠っていますよ。起こしましょうか? と、祖母に伝えたらしい。

祖母は寝ているのなら、そのままにしてくださいと言って受話器を置いた。

山田さんが父と家に戻ると、扉に鍵がかかっていた。

母は買い物にでも出かけているようで、家の中は暗かった。

「ただいまあ」と玄関に山田さんが上がり、居間に入ると、そこらじゅうに叔母から貰ったお土産物がぶちまけたように広がっていた。

何故だろうと驚きと不安でいっぱいになっていた山田さんに、その時電話が掛かってきた。

父親が受話器を取り、数分間話し続けてから、ほらお前も出ろ、伯母さんからだと電話を替わるように言われた。

「お母さんから電話が来たみたいで折り返し掛けたら、あんたの家にも電話するようにって言われたの。人形の顔が溶けたとか変わったとか言ってたけど、壊して治そうとして変にしちゃった?

別にあたし気にしてないから。それでね、さっき起きるまで楽しい夢を見てた。

旅に行って、お土産を選んで、あんたたち家族にお土産を渡す夢。今はベッドから動くのもやっとで、病院の窓と廊下だけの世界で、トイレに行くのも大変でしょ。あの時が一番楽しかった」

十円玉がもう無くなるからと言って、電話は切れた。

しばらくすると夕食の準備の買い物を終えた母が帰って来た。

散らかった叔母からの土産物は家族全員で片づけた。

何か感じるところがあったのか、誰も何故そんな風に散らかったのかという疑問は口にしなかったそうだ。

祖母は人形を届けた日から八年後に布団で眠ったまま亡くなった。

大往生だったのか、穏やかな死に顔で、布団の中であのぬるんとしたのっぺらぼう顔の日本人形と一緒に寝ていた。

伯母は祖母の葬儀には来なかったが、亡くなる前日に子供になって母親の布団に潜り込んで楽しい話をしてもらったり子守歌をうたってもらった夢を見た。懐かしかったなあ、と山田さんの家族に伝え、その翌年に叔母も亡くなった。

あの人形は山田さんが言うには、伯母のアバターみたいな存在だったのではないかなということだった。

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田辺青蛙

1982年大阪府生まれ。オークランド工科大学卒業。
2006年、第4回ビーケーワン怪談大賞で佳作となり、『てのひら怪談』に短編が収録される。2008年、『生き屏風』で、第15回日本ホラー小説大賞短編賞を受賞。
現在大阪に作家の夫と在住。そんな夫とのアメリカ旅行記&エッセイ集の『モルテンおいしいです^q^』(廣済堂出版)『読書で離婚を考えた。』(幻冬舎)発売中。
怪談と妖怪ネタを常時募集中。

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