1. Home
  2. 読書
  3. 人形怪談
  4. 母から貰った人形

人形怪談

2021.12.22 更新 ツイート

母から貰った人形 田辺青蛙

(写真:iStock.com/wacomka)

先日こんな話を漫画家のXさんから聞いた。

特定されないよう記事にするときは注意して欲しいと言われたので、ところどころ個人情報に触れる部分の描写はあえて変えることにした。

 


「高校生の時に漫画の投稿を二度ほどしたけど、何の賞にも引っかからなかったんで、その時はプロになるのを諦めていました。

でも、他に将来なりたいものも思いつかなくって、進路指導の紙を目の前にしてひとまず会社員とかデザイナーとか書いて出したんだけど、何か違ったんですよね。そんな風にもやもやした気持ちのまま高校を卒業したんです。

高校を出て、数か月間は地元でフリーターしてたんだけど、このままじゃ無名のまんまで時間が過ぎていくだけだって感じが苦しくって。何もしないでいると駄目だからとりあえず上京してみようって思っていくつか会社に応募してみたんですよ。
新卒っていっても出遅れた就職活動だったから、貰った不採用通知の数は凄いですよ。今でも夢に見るくらいです。郵便物の確認するたびに思い出して、変な汗が出ますね。

長い就職活動の果てに、やっと内定通知をくれた会社の住所がたまたま集英社の近くだったんです。
そしたらちょっとだけやる気が出てきてね、もしかしたら上京して漫画を描いて持ち込み出来るんじゃないか? とか思っちゃったんです。

そこから、特に自分に向いてる仕事なのか、給与や条件とかろくに調べずにその会社に入社を決めました。
東京にさえ行けば何とかなると当時は思い込んでたんですよ。

期待に胸を膨らませて、いよいよ東京に引っ越すって日のに、引っ越しトラックを待っていたら玄関先で母に呼び止められました。

『これだけは絶対大事にしなさい』って言って手をね、ぎゅーっと握っていきなり人形を渡されたんです。

人形は手作りだったみたいで縫い目が歪にところどころ引き攣っていて、飛騨高山のさるぼぼみたいに、顔に目鼻はついてませんでした。

服は浴衣みたいなのを着てて、色は白で水色か青でシャープみたいな柄だったかな? 

やっと就職活動も終わって、親元を離れての一人暮らしで、東京では自分の部屋に好きなものだけ置いて生活する予定だったのにちょっとダサ目な母の手作り人形を手渡されて、はっきり言って嬉しくなかったです。

それから、東京に移って新居で引っ越しの荷ほどきをしている最中に母から電話があって、心配性だななんて思って出たんです。
母が最初に言ったのが『あんた、あの人形を置くなら玄関にしなさい』なんですよ。

私としては目立たない場所にひっそりと置くか、クローゼットに仕舞っておきたかったんですけどね。上手く言えないんですが、人形がね暗いんです。顔が黒かったせいかもですが、その場にあると明るい空気を暗くするみたいなオーラがあったんですよ。

だけど、引っ越し費用は親に出して貰ったんで、従わないのも悪い気がしたんで、言われるままに玄関に人形を飾ったんです。

それだけじゃなくって、母からなるべく家を出る時と、帰って来た時に人形に挨拶しろとも言われました。

私が家から出て寂しいから、人形を通じた交流を感じたいとかそういう理由があるのかなって思って、誰かが確かめているわけでもないのに、毎日ちゃんと仕事に行く時は『いってきます』、帰ってきたら『ただいま』と人形に言っていたんです。

新しい職場は、慣れないことも多かったし、周りにいる人が仕事を一から教えてくれるタイプじゃなかったから大変でした。

ミスをしたら怒鳴られるし、質問しても一度早口でバーって言われてお終い。

説明も専門用語が多いし、えっこれってどういう意味ですか? とか聞きなおしたら無視されるし、入社した初日から仕事中はいつ辞めようかなってことばかり考えていました。

漫画も持ち込みどころか、描く用具の入った段ボールの荷ほどきも出来なくって、家に帰ってもただひたすら寝るだけでした。

このままじゃ駄目だよなあって頭ではわかっていたんですけどね、体が動かないんです。

特に肉体労働系の職場じゃなかったんですけど、怒鳴られたり叱られると体力ゲージって削られるんですよ。

そういう先輩からの圧力というか、今でいうとパワハラですかね? そういうのに色々すり減らされて、私は毎日ただ生きてるだけの人みたいになっちゃったんです。

そんなある日、自分のミスじゃないのにお前のミスだろって複数の同僚から注意されて、つるし上げみたいになったんですよ。

私が反論しようとすると、言い訳すんな! って罵声が飛ぶ。もうやだなって思いが顔に出ていたのか、真面目に聞け! ちゃんとしろ! とも何度も何度も大声で言われました。

で、叱られている間は仕事が中断するでしょ。その日は遅くまで残業になっちゃって……合間合間に、お前がミスしたせいだとか皮肉を言われるしで散々でした。
やっと仕事が終わって心身共にへとへとになって家に帰って、もう靴を脱ぐのもしんどいような状態で玄関を開けて『ただいまあ』って人形に声かけたら、小さくね、『……おかえり……』って人形から聞こえたんです。

そん時は声も出ないほどビックリしちゃって、もう気持ち悪いというか、怖くて人形の方を見れないんです。

疲れてたし、今日は色んなことがあったから精神が高ぶってんだなって納得しようとしてもね、生々しい声というか耳に音が残ってて、疲れているけど眠れないんです。

トイレに行く時に、玄関の電気が自動でパッと点くようになってて、夜中にかなり我慢していたんだけど、生理現象でしょ……もう漏れるっていうくらい限界が来たから小走りで玄関の前を通る時は目を瞑ってトイレに駆けこんだんです。

そしてまあ……いたしていると……玄関の方からポン! って何かが弾ける音が聞こえて来たんです。

ビクっと体が音に反応して、汚い話ですが……足にちょっとかかってしまったんです。

で、まあ洗うために風呂場に行こうかなってふらふらと歩いていたら、後ろからしたしたと足音が聞こえたんです。

稲川淳二じゃないけど、もう本当に嫌だなあ~嫌だなあ~って思ってね……でも、なんででしょうかね、その時振り向いてしまったんですよ。
するとそこに……床の上に、ぱりぱりに乾いたバナナの皮みたいなものと、その傍に母から貰った人形が顔の脇から縫い目が解けて、裂けたような状態で落ちていたんです。

バナナなんて引っ越してから一度も家で食べたことないし、人形も玄関に置いてあったはずだからおかしいし。もうこれは確実に怪奇現象だと思って、朝を待たずに近くに住んでる知り合いをその場に座り込んだまま携帯電話で呼び出したんです。

腰が抜けた状態っていうか、もう怖くて意味が分からなくって廊下でその場から動けなかったんですよ。

夜中にも関わらず知り合いは来てくれて、私の顔を見るなりお前疲れてるんだよって言って、立ち上がるのに手を貸してくれました。
それから、二人で床の上のバナナの皮っぽいものを床から引っぺがして、母から貰った人形と一緒にゴミ箱に捨てました。

『これ、確かに気持ち悪いな』って知り合いも言ってて、帰る前に念入りに洗面台で手を洗ってたのを覚えています。

『今夜、この部屋で今から寝るの怖いからお前の家に泊めてくれないか?』って知り合いに言ってみたんだけど、『ビジホかネカフェに行けよ、俺の家狭いし』って断られちゃって、仕方ないから夜明けまでファミレスにずっと居ようかななんて考えてたら携帯電話の着信が鳴って、見たら家の番号だったんです。

『もしもし』って出たら母親が出て、『あんたは大変なことをした!!! この馬鹿息子があ!!!』喚くみたいでぎゃーぎゃー急に怒鳴られたんですよ。

大声だったから、耳からちょっと携帯電話を離したんです。で、ほとんど聞き取れなくってなんか異様な感じがしたから一旦電話を切りました。

それから、玄関の辺りでぼけーっとしていて時計を見たら昼前で、出社時間過ぎてるし、遅刻なのに職場に連絡するの忘れてたって気が付いて……電話したら、クビだって言われたんです。

もともと辞める時期を考えていたから、よかったんですけどね。

その会社、電話では給与をすぐに振り込むって言っていたんですけど、その後、何度連絡しても給与が振り込まれてなくって。今なら労働基準監督署に行って督促してもらえよとか、ハロワ行けとか思うんですが、当時は世間知らずだし、頭も回らなくって……。

頭は寝不足のせいか、ぼんやりしていたんですが家にいるのが嫌で、電話でクビを宣言されてから直ぐにノートと鉛筆持ってファミレスに行って、ずっと漫画のネームを描いてました。

母親からの電話のこととか、家の怖かったこととか、漫画を考えている間は全部忘れることが出来たんです。
今思えば迷惑極まりない客なんですけどね、ずっとずっとぶっ通しで描き続けていました。
でも、あんまり流行ってる店じゃなかったからですかね。夜の間はドリンクバーでずっと粘ってたけれど、店員さんから叱られたりはしませんでした。
だけど不思議なことがあって、何か店員から私の姿だけが透明で見えていないんじゃないかってファミレスで感じる時が何度かあったんです。
お腹空いた時にメニュー持って来て貰おうとボタンを押して店員さんを呼んで席に来たらきょろきょろ周りを見て、何も置かないで去ったり……そういうことがあったんですよ。

ファミレスから家に戻って、徹夜だったんですけど気力が満ちていて全然眠くもないし疲れてなかったんです。

だから、シャワーを浴びて、その日の内に家の中にある物の殆どを近所にあったリサイクルショップで売って、そこで貰ったお金を握りしめて画材店まで歩いて行って漫画を描く道具を揃えたんです。

再就職しないと金がないって状態だったんですけどね。

もう漫画にかけるしかない! って思ってしばらくの間、持ち込み原稿のネームをひたすら描いてました。食費も限界まで削ってましたね。
でも気分がハイだったからなのか、あまり食欲は湧かなかったです。

で、あの頃の思い出なんですが布団がやたらずっしりと重かったんですよ。

干しても、湿気て感じるほどで。それと、夜になると部屋の中にもう一人誰かがいるような気配がするんです。扉が開いたり閉じたりは毎日だったし、トイレが誰も入っていないのに水が流れたり、シンクの水がジャーっと出てるなと思ったらキュっと音がして、水がこんどは止まってる。

でも、夢中になっていると怖さを感じないんですよ。

あの時はもう漫画以外のことは何も頭に入らなかったんです。全てが漫画。

漫画と自分が世界の全てで、紙の上に自分が描いていることの方が現実的っていうか、そっちの世界しかなかったんです。あれは言葉で説明が難しいな……でも、何かに集中して夢中になったことがある人なら分かって貰えると思います。

そんな風にどっぷりと漫画を描き続けていたら、ある日父が家にやって来たんです。

いきなりだったんで驚いたら、電話を何度しても出ないし心配したから来たって言うんです。見てみたら携帯電話の充電をし忘れてて。だから、電話が繋がらなかったみたいなんです。

父の訪問理由なんですが、私のことを心配していたっていうよりも、母の様子がおかしいってことの報告がメインだったんですよ。

『おい聞いてくれ、母さんがあまり寝ないで、朝も夜も家の中をずっと歩き回っている。様子がおかしいから、病院に行ってくれといっても聞かないし、小さな物音にいつもビクビクしているし、家の中でいきなり奇声をあげる。もう、病院に行ってくれって説得に父さんは疲れた。お前も一度帰って来て母さんの様子を見て欲しい。職場に連絡したら、お前クビになったって聞いたぞ。だから今ヒマなはずだろ』と、そんな風なことを父親に言われて、漫画を描くペースが乱されるのが嫌だったんだけど別に誰かからの依頼で描いているわけでも当時は無かったわけだし、書き上げてもお金が入るわけじゃないから、別にいっかって思って一度実家に戻ったんです。

そして家に帰って、久々に見た母の姿に驚きました。

顔は吹き出物だらけで髪の毛もボサボサ。

風呂に入っていないのか体臭がきついし、手足の爪も伸びていて、まるで絵本に出て来る魔女のような姿だったんです。

そんな状態の母にどんな言葉をかければいいか分からず、立ちすくんでいたら、母が急に目の前にやって来て凄い力で私の肩を掴んだんです。

そして、『あんたが! あんたが!! 守ってくれる一番強い力のお守りを作ったのに、あんたが! あんたが!!」って何度も大声で繰り返すんです。

いきなりでビビったんですけどね、興奮状態っぽかったからとりあえず私は「母さんどうしたの、落ち着いて話を聞かせて?」って言ったんですよ。

そうしたら、手をパッと離して「もう、駄目だ」とぽつりと母は呟いてから、裸足で家を飛び出して、私と父さんが追いかけてったら、二人の目の前で自転車と激突したんです。

母はその場で尻もちをついて、自転車は逃げて行きました。

「母さん大丈夫?」って駆け寄って起こしたら、さっきみたいな異様な目の光が消えて、すがすがしい表情になっているんですよ。私と父の顔を交互に見て、母が立ち上がってこういったんです。

『もうあれは、さっき轢かれたから大丈夫。あのね、家に戻ったら全部オハナシするね』

母は、私と父に支えられて、よろけながら家に戻りました。

本当は自転車にぶつかったんだから、すぐに病院に連れて行ったり警察に行ったりしないといけないんでしょうが、私も父も全部母の言う通りに何故か行動してしまったんです。

母は家に上がると、座椅子に座って父に水を一杯持ってくるように伝えてから、こんな話をしてくれました。

『あんたが家を出る時にね、渡した人形。あれは凄く強力なお守りなの。困った時に助けてくれる神様のようなお守りでね、あたしも昔、強盗に乱暴されかけた時に守ってくれたの。だから、あんたのお婆さんがあたしに渡したのと同じ作をり方したお守りを渡したの。作り方はね、家族の体の一部を布の中に縫い付け封印しておくの。でもね、布から出てしまうと暴れて悪いものになるからね、扱いが難しいものなの。さっき母さんごと、あれも轢かれて出てったから、もう大丈夫。あの中に入っていたのは、昔母さんが流産してしまった、あなたの兄さんの一部だからね』そう言って、私のことぎゅーって抱きしめて、おいおい泣いたんです。

それから母は自分で風呂に入って爪も切って、髪も梳かして、身だしなみを整えて、以前と近い姿に戻ったんです。
父もそんな母の様子を見て大丈夫と思ったのか、ほっとしたような表情を浮かべてました。

でも、あの時から少し経って、母が時々ね、ふらっと2日くらいいなくなる時があるんです。

最初は警察に連絡したりして探したけど、今は父も私も慣れてしまってあ、またかって感じです。いなくなっている間のことは聞いても、母は絶対に一言も教えてくれないし、聞くと機嫌が悪くなるんですよ。

でも、一度だけ教えてくれたことがあるんです。『あなたたちの為に、家族の為にしていることだから』って。

『それってどういうこと?』って聞いたら、『うるさい!』って怒鳴られしまって、それ以上掘り下げられなかったんです。

その後、すんなりとでは無かったけれど、念願の漫画家になれて毎日忙しくなってしまいましたし。もうなんかいろいろと考えるのが面倒なんですよ。

不審なことがたとえ家や仕事場であったとしても、気が付ける余裕が今ないくらい大変ですよ。漫画家はねそれくらいエネルギーを費やして描かないといけないし、本当に厳しい業界ですから」

{ この記事をシェアする }

人形怪談

バックナンバー

田辺青蛙

1982年大阪府生まれ。オークランド工科大学卒業。
2006年、第4回ビーケーワン怪談大賞で佳作となり、『てのひら怪談』に短編が収録される。2008年、『生き屏風』で、第15回日本ホラー小説大賞短編賞を受賞。
現在大阪に作家の夫と在住。そんな夫とのアメリカ旅行記&エッセイ集の『モルテンおいしいです^q^』(廣済堂出版)『読書で離婚を考えた。』(幻冬舎)発売中。
怪談と妖怪ネタを常時募集中。

この記事を読んだ人へのおすすめ

幻冬舎plusでできること

  • 日々更新する多彩な連載が読める!

    日々更新する
    多彩な連載が読める!

  • 専用アプリなしで電子書籍が読める!

    専用アプリなしで
    電子書籍が読める!

  • おトクなポイントが貯まる・使える!

    おトクなポイントが
    貯まる・使える!

  • 会員限定イベントに参加できる!

    会員限定イベントに
    参加できる!

  • プレゼント抽選に応募できる!

    プレゼント抽選に
    応募できる!

無料!
会員登録はこちらから
無料会員特典について詳しくはこちら
PAGETOP