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人形怪談

2021.04.28 更新 ツイート

若胡子屋跡(わかえびすやあと)のお歯黒事件 田辺青蛙

大阪在住の方の旅先の体験談。

(写真:iStock.com/pamadeba)
 

自転車が好きなんで、一人で瀬戸内海を回ったんです。

旅の途中で、御手洗という港町に立ち寄ってそこで若胡子屋跡(わかえびすやあと)っていう資料館みたいな立派な建物があったから立ち寄ったんです。

若胡子屋跡は、元はお茶屋さんだったみたいで、今は梁や天井は耐震の影響で鉄筋で補強されていたんですけど、部屋や家具は当時のお茶屋さん時代のままで、建物を見て回っていたら、ガイドっぽい人に「お歯黒手形は見ましたか?」って聞かれたんです。それ、何ですか?って質問したら、こんな話をしてくれました。

昔、一人の花魁がお座敷に上がる前の身支度を整えていた。

花魁はお付きの禿(かむろ)にお歯黒の鉄漿(かね)を用意するようにと伝えたのだが、その日に限って上手く歯にお歯黒をつけることが出来ない。お座敷に上がるのにお歯黒は必要不可欠だった。なぜなら、仮初の夜だけとはいえ、家婚姻や妻であることを意味するお歯黒は、得意客には必ず見せなければならないのが、当時のお茶屋での決まり事だったからだ。

何度やっても歯は白いままで、ぼたりとお歯黒は落ちてしまう。そのうち座敷からは呼び出しが掛かってしまった。そんな日に限って来たのが得意客の大旦那。花魁が焦れば焦るほど、お歯黒は上手くいかず、花魁の苛立ちはついに頂点に達してしまった。

ああっ! もう!!

花魁は、お歯黒が上手くつかないのはお前のせいだと言いながら、いきなりグツグツと熱く煮立った鉄漿を、傍に控えていた禿の口を掴んで無理やりこじ開け、そのまま注ぎ込んでしまった。

禿の口からは舌や喉が焼けたせいか、むわっと煮え立つ鉄漿と焼ける肉の臭いが漂いはじめ、黒い血と煙を吐きながら禿はのた打ち回った。

焼けただれた喉を抑えながら、獣のような呻き声を絞り出し、鉄漿と血塗れの手を壁に押し当て、畳を引っ掻き、爪が剥げてものた打ち回り、苦しみぬいて禿は死んだ。

そこには禿が苦しんだ証として、白壁には小さなお歯黒色の手形と、畳には爪痕が残されていた。

そんな様子を見ても花魁は、お歯黒のつきが悪いことだけを気にして口元を着物で隠しながら、何食わぬ顔で座敷に上がり、禿の死骸は夜更けに店の外に運び出され、海にそっと流されたそうだ。

ところ次の日に、花魁が化粧を施そうと鏡台の前に座ると、死んだ禿の姿が映り「お歯黒つけなんしたか、花魁」と言って、にたぁっと笑って真っ黒な口の中を見せるようになった。

それ以来、鏡でなくても、水溜りや簪の珊瑚玉の表面等、花魁の姿が映り込む物全てに、禿が現れて、「お歯黒つけなんしたか?」と聞く。

これには流石に参った花魁、着の身着のまま裸足でそのまま店を出て、巡礼となって、禿の霊を慰めたという。

この“お歯黒事件”の舞台が、若胡子屋の二階で今も死んだ禿の霊が映ったという鏡と、手形のついた白壁が飾られていますと聞いて見に行こうと古い階段を一段一段上がって行ったら、服の裾が何かに引っかかったんです。

「ん?」って思って振り返ったら、私の服の裾を白い顔のおかっぱ頭のお人形が掴んでいて、目があった時に二ッと嗤ったんです。

その時の歯が真っ黒で……不思議な変な臭いがして、階段で足を滑らせて数段だけども落ちちゃったんです。

ガイドの人にどうしましたか? って聞かれて、咄嗟に「大丈夫です」と答えてしまって。

驚いたけど、折角だしさっき怖い話を聞いたから見てしまった幻覚だと思って、二階に上がって禿がのた打ち回って手形を付けた壁を見に行ったんですが、古い壁だったからか、お歯黒が薄れてしまったのか、見たけどどれが手の跡かは分かりませんでした。

でも、鏡台を見たらさっきの人形が座敷にちょんっと座っているのが映ってて。

ただ、一瞬だったしその時に若胡子屋跡にいたのは私だけだったから幻覚だったかも知れないけど……。

後で知ったことなんですが、禿をお歯黒を飲ませて殺した花魁は、巡礼の旅を終えた後に若胡子屋に戻って来たらしいんです。そして玄関に上がろうとしたところ、何かを見て驚いて息絶えたって話があるらしいんです。

だから、花魁のお墓が若胡子屋跡に今もあるそうなんです。

今も小さな禿の掌の跡はぺったりと白壁に残っているそうだ。

その後、若胡子屋では遊女の数が100人になると1人死に、また100人になると1人死ぬことが続き、禿の祟りではないかと噂されたこともあったという。

海辺にあるかつてあった遊郭の町。

禿の霊は今どんな気持ちで過ごしているのだろうか。

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田辺青蛙

1982年大阪府生まれ。オークランド工科大学卒業。
2006年、第4回ビーケーワン怪談大賞で佳作となり、『てのひら怪談』に短編が収録される。2008年、『生き屏風』で、第15回日本ホラー小説大賞短編賞を受賞。
現在大阪に作家の夫と在住。そんな夫とのアメリカ旅行記&エッセイ集の『モルテンおいしいです^q^』(廣済堂出版)『読書で離婚を考えた。』(幻冬舎)発売中。
怪談と妖怪ネタを常時募集中。

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