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私と本棚

2021.06.09 更新 ツイート

#11

刑務所生活はお気に入りの本を並べ替えることが楽しみだった 倉垣弘志

かつて違法薬物の売人であった倉垣弘志さんが薬物売買の内幕と、逮捕から更生まで綴った『薬物売人』。本書には、拘置所・刑務所では「小説が精神安定剤だった」と、雑居房の本棚に並ぶ作家の名前を読み上げるシーンがあります。倉垣さんはどんなふうに本と付き合ってきたのかを知りたくなりました――。

お金を払って買った小説『アウトサイダー』の特別さ

最初に小説を読んだのは中学一年生の頃だったと思う。一つ歳上の不良の先輩の家で観た映画に衝撃を受け、仲間たちと万引き目的で入った本屋で、その映画の小説を見つけ、ちゃんとお金を払って買った『アウトサイダー』という本。

 

映画ではマット・ディロンが主演で、アメリカの不良少年たちの物語。本の表紙を見て衝動的に買ってしまったわけだが、活字がギッシリと詰め込まれた小説を読んだことがなかった私は、マット・ディロンが写った表紙を長いあいだ見つめていた記憶がある。

勇気を出し、表紙を開いて読み始めると、瞬く間にのめりこみ、活字が目を通して頭の中に浸透していく。映画で観たアメリカの不良たちが脳のスクリーンに映し出され、駆け回る。自分の頭の中で、自分だけが描ける自由で壮大な世界。その感覚は今でも忘れられない。『アウトサイダー』は、私にとって本を読む楽しさを教えてくれた大切な一冊だ。

六本木でBARを経営していた頃は、つねに読み進めている文庫本が手元にあった。客が途切れるとグラスを洗い、片付けをすませる。店でポツンと一人っきりになった瞬間に本を開き、物語の中へゆっくりと入りこんでいく。本と私のランデブー。次の客が来るまで邪魔されることはない。

バックカウンターのボトル棚の隅っこには、ミステリーやバードボイルド小説が四、五冊置かれていたが、だいたい誰かが持って帰って行方不明になってしまう。それでよいと思う。本は焼かれて灰にならない限り、手から手へ渡り歩き、世界を旅することができる。そんな本はきっと幸せなんじゃないかと思う。いろんな人たちが読み、それぞれいろんなことを感じ、考え、想像をする。たくさんの人の手に渡り、愛され、読まれ続けた本は、経験豊かで包容力のある銀座のママのようだ。

拘置所や刑務所に収監されている間の楽しみは、本を読むことだった。本は私の精神を安定させてくれる特上のドラッグだ。横浜拘置所では、施設に備えつけの官本といわれる貸し出し本を選ぶため、図書カードがたくさん入った小さな箱が定期的に舎房に入れられる。私はワクワクしながら、手垢で薄汚れたカードを一枚ずつめくり、読みたいものを探す。『オーデュポンの祈り』を読んだのは、真冬の寒さが続く横浜拘置所の独居房だった。本に没頭するにつれ、寒さを忘れ物語の中へもぐりこんでいく。時には私が登場人物の一員となり、物語の進行を見つめている。この本に登場する未来が見えるカカシのように。図書カードは当時の私にとって本棚だった。

栃木の刑務所では月に二回、出版社、タイトル、著者の名前を願箋に書いて提出すれば本を購入することができた。ただし、すべての購入本に刑務官の検閲がなされ、購入しても手元に届かず、出所するまで読めない本もある。有名なのは『破獄』。私も購入したが読むことができたのは出所後だった。

受刑者全員に荷物を保管するために貸与されたキャリーバッグは、本好きの者たちにとっては本棚になる。舎房の壁に備えつけられた本棚は50センチほどしかなく、そこに収まりきれない本は、キャリーバッグの中に大事にしまいこまれる。バッグのチャックを開けると立派な本棚になっていて、何度も開けては眺め、一度読んだ本を手に取る。パラパラとページをめくり、途中から読み始め、気がすんだら閉じる。何度も読み返した本は、ユーズドのデニムのようにくたびれて、よい味が出てくる。そしてさらに愛着がわいてくる。

受刑中、小さな本棚からキャリーバッグへと行ったり来たりする本もあった。きれいに整理して本を並べ替えたりするのは、刑務所生活の中では楽しみの一つだった。

現在は南の島で暮らしている。島には本屋さんが一軒もない。島でフリーマーケットがあると聞くと散策しにいく。絵本や小説が並んでいることがあるからだ。そこに並んでいる本を眺めるのは楽しい。ダンボール箱に入れられたものや、小さなラックに並べられたもの。街の本屋さんとは違い、出店者の個性が溢れでている。知っている作家の本が何冊も並んでいる中に、知らない作家の本が並んでいると、その本がとても気になってくる。気になった本を購入し、それがおもしろかったら、また世界は広がっていく。島のフリーマーケットで本が置かれている場所は、私にとっては立派な本屋さんで、ダンボール箱やラックは本棚だ。

フリーマーケットの戦利品

となりの島に買い出しに行くと、ブックセンターや古本屋さんがある。そこは大宇宙だ。私は一人乗りの宇宙船に乗って、いろんな星を見てまわる。気がつくと、あっという間に時が過ぎ、何万光年も旅をしたような気分になる。

私は今までの人生で本棚を持っていたことはない。それほどたくさんの本を読んできたわけではないし、本だけを並べる棚は、はっきり言って必要なかった。部屋の隅に重ねて置かれていたり、レコード棚の端のほうに並んでいたり、BARのバックカウンターに置かれていたり、刑務所の舎房のキャリーバックの中に並んでいたり、実家のクローゼットの中のダンボール箱に収まっていたり、住む部屋の押入れに並んで置かれていたりしている。それらは私の大切な本で、本棚だ。

今、いつか自分で本棚を作りたいと考えている。世界に一つしかない本棚を。その棚に並ぶ本は、きっと私の個性で溢れているだろう。その時は『アウトサイダー』を探してあらためて買い、必ず本棚に飾りたい。

倉垣弘志『薬物売人』

田代まさし氏への覚醒剤譲渡で2010年に逮捕され、懲役三年の実刑判決を受けた著者は、六本木のバーを拠点にあらゆる違法薬物を売り捌いていた。客は、金のある日本人。会社員もたくさんいた。マリファナの客は、癒しを求めて、コカインの客は、創造性のために、週末だけシャブをキメる客も多かった。しかし、楽しむための薬物は、いつしか生きるために欠かせなくなり、人生を破滅させる。自らも依存症だった元売人が明かす、取引が始まるきっかけ、受け渡し法、人間の壊れ方――。逮捕から更生までを赤裸々に描く。

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私と本棚

コロナ禍で明けた2021年。生活が変わり続けるなかで頼りにしたい私と本と本棚の話。

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倉垣弘志

一九七一年大阪府に生まれる。中学校に入学後から街の不良となり、何度も警察に補導される。工業高校に入学すると、週末はバイクでの集団暴走を繰り返す。卒業後、飲食店に勤め、バブル期の繁華街で金を稼ぐことを覚える。同時期に音楽、ダンスに興味を持ち、没頭していく。主にブラックミュージック、ストリートダンスに心酔し、この頃からマリファナ、シャブ、LSDなどを使用する。二〇一〇年、田代まさし氏に覚醒剤を譲渡したとして、逮捕。懲役三年の実刑判決を受ける。二〇一五年、八重山の離島に単身移住。

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