1. Home
  2. 暮らし術
  3. 私と本棚
  4. 「100分de名著」プロデューサーは本棚...

私と本棚

2021.08.19 更新 ツイート

#13

「100分de名著」プロデューサーは本棚を使って脳内をシャッフルする 秋満吉彦

NHK Eテレの「100分de名著」は、気になりつつも手が出づらい古典の魅力をあらためて教えてくれる人気教養番組。長く続く番組を支えるプロデューサーの方はどんな本棚を持ってらっしゃるのでしょうか? どうやら本棚と仕事の関係は相当深いようです。

「本棚の編集」でパターン化する自分を壊していく

 

本棚が番組企画の源」だといったら驚かれるだろうか? アイデアに詰まったらいつも、30分ほど本棚に置かれた本の並びをじっと見つめることにしている。そして、おもむろに並び替えを始める。本棚の編集だ。この作業を小一時間ほど続けていると、あるラインが見えてくる。なるほど、この本とこの本は深いところでつながっているじゃないか。そうか、この本とこの事実をつなげれば、いい企画になるかもしれない……。こうした作業から幾多の番組企画が生まれた。そう、私にとって本棚はアイデアを発酵させる坩堝(るつぼ)なのである。

NHKのEテレで毎週月曜22時25分から放送中の教養番組「100分de名著」のプロデューサーを担当して今年で7年目。誰もが一度は読んでみたいと思っているものの、なかなか手に取ることが出来ない名著を25分×4回=100分で解説する番組なのだが、さすがにこれだけ長く担当しているとスランプに陥ることもある。上記の方法を見つけたのは、最初にぶちあたったマンネリ状況の只中だった。

最近、定番すぎる名著を教科書的に解説してしまうようなシリーズが少しずつ増え始めていないか。今から4年ほど前、過去の番組のDVDを集中的に見直す機会があって、そのことに気づき愕然とした。企画書がパターン化し始めている。このままではいけないと、しばらくの間あがいた。あがいたところで答えは簡単に見つかるわけがない。これまでにない刺激を求めて、資料とにらめっこをするのをやめ街歩きを始めた。……その瞬間は唐突に訪れた。

大手家電量販店の店頭でたまたま液晶テレビに映ったニュース速報。「防衛大臣が南スーダンPKO日報隠蔽の責任をとって辞任」。廃棄されたと発表されていた陸上自衛隊の日報が実は存在していた! 突発的なインスピレーションに打たれた。都合の悪い情報が権力によって隠蔽される構図って何かで読んだことがある……その本って何だっけ?

出会いがしらの情報が連想を呼び、私はそのまま書店へ駆け込んだ。探すこと1時間半。……あった! 見つかったのは社会問題の棚でもジャーナリズムの棚でもない。見つかったのはイタリア文学の棚! その本の名前は「薔薇の名前」だ。

舞台は、キリスト教圏を脅かすかもしれない禁じられた本を隠蔽するために作られた修道院の図書館。物語の中で展開するテーマは、人間に対して光をもたらすはずの「知」が、支配者にとって都合の悪い情報を巧妙に覆い隠すという皮肉。エーコが現代イタリアで実際に直面した言論弾圧事件がモチーフにあることも取材でわかった。結果、番組でこの本を取り上げたシリーズは、まさに現代社会を映し出すようなヴィヴィッドな内容となった。

『薔薇の名前』と「本」についての棚

異質なものがぶつかり合う「出会いがしら」にこそ斬新な発想を生み出すカギがあることに気づいた。もちろん、こうした幸運はそうそう転がってはいない。そこで編み出したのが「本棚の編集」だ。常識にとらわれない自由な連想で、本棚にある本をランダムに並べ替えてみる。何度も並べ替えていくと、本同士の偶発的な出会いが起こる。思ってもいないようなつながりが生まれ、想像を超えた発想が胚胎する

ただし、こうした並べ替えの作業すらパターン化する。このパターン化を攪拌し、壊し続けなければならない。そのための武器として、編集され成長し続ける本棚にあって、不動の位置を占め続けている棚がある。通称「シャッフル棚」と呼んでいるこの棚に並んでいるのは、臨床心理学者・河合隼雄さんの著作と、精神科医・中井久夫さんの著作。期せずして「心のお医者さんたち」の本である。

河合隼雄さんは「関連付け」の天才だ。河合さんは、異質なものの間に類似性を見出す術が凄い。だから私は河合さんの本を異質なテーマ同士の接着剤に使う。対する中井久夫さんは「徴候読み」の天才。河合さんとは逆に、中井さんは、ふつうは気づくことができない微細な差異を震えるような感性で感知する。類似した本の中から異なるテーマを見つけ出すのにうってつけだ。
 

河合隼雄と中井久夫の棚

そのときどきの行き詰まり方の状況に応じて、お二人の本のどちらかを選び、儀式のようにランダムに選んだページを読み始める。不思議なことに、一章くらいを読み終える頃には、脳内がシャッフルされ、打開するためのヒントが得られている。そして、パターン破りの本棚の編集が始まるのだ。何度お二人の本に助けられたことか。

まだまだ私の本棚には秘密がある。それを全て書いていると、私の発想の秘密がばれてしまい、商売あがったりになってしまうので、これくらいで勘弁してほしい。ただ言えることは、私にとっての本棚は、常に成長し続ける大樹のようなものだということだ。枝それぞれが思わぬ方向に伸び続け、互いに絡み合い、驚くべき樹形を形成していく。出会うはずのないものが出会い、自分の脳内だけからでは決して引っ張り出せないアイデアが生み出されていく。きっと考えているのは、私ではなく、本棚なのだ

一年半ほど前、ご縁があって尊敬する故・吉本隆明さんの書斎にある本棚を見せていただく機会に恵まれた。恍惚の瞬間だった。そして、それは見事な大樹だった。枝ぶりをみていくだけでも連想が連想を呼び興奮した。きっと、吉本さんも、そのときどきの興味に応じて本棚を編集し続けたに違いない。本棚はかくありたい。

本棚全体

*   *   *

幻冬舎plusの本棚=幻冬舎plusストアでは電子書籍をはじめ、著者サイン本やオリジナルグッズなども販売中。購入時に1ポイント=1円で使える「幻冬舎ポイント」は全商品で5%還元!買えば買うほどおトクな幻冬舎plusストアをぜひご利用ください。

{ この記事をシェアする }

私と本棚

コロナ禍で明けた2021年。生活が変わり続けるなかで頼りにしたい私と本と本棚の話。

バックナンバー

秋満吉彦

1965年生まれ。大分県中津市出身。熊本大学大学院文学研究科修了後、1990年にNHK入局。ディレクター時代に「BSマンガ夜話」「日曜美術館」等を制作。その後、ドラマ「菜の花ラインに乗りかえて」、「100分 de 平和論」(放送文化基金賞優秀賞)、「100分 de メディア論」(ギャラクシー賞優秀賞)等をプロデュースした。現在、NHKエデュケーショナルで教養番組「100分 de 名著」のプロデューサーを担当。著書に『行く先はいつも名著が教えてくれる』(日本実業出版社)等がある。

 

この記事を読んだ人へのおすすめ

幻冬舎plusでできること

  • 日々更新する多彩な連載が読める!

    日々更新する
    多彩な連載が読める!

  • 専用アプリなしで電子書籍が読める!

    専用アプリなしで
    電子書籍が読める!

  • おトクなポイントが貯まる・使える!

    おトクなポイントが
    貯まる・使える!

  • 会員限定イベントに参加できる!

    会員限定イベントに
    参加できる!

  • プレゼント抽選に応募できる!

    プレゼント抽選に
    応募できる!

無料!
会員登録はこちらから
無料会員特典について詳しくはこちら
PAGETOP