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明け方の若者たち

2020.06.20 更新 ツイート

【書評】処女でも童貞でもない「大人になってからの初恋」が一番困る大木亜希子

報われない沼のような恋に落ちた主人公の5年間を2010年代の空気とともに描いた『明け方の若者たち』。カツセマサヒコさんのデビュー作です。

作家の大木亜希子さんに書評をお寄せいただきました。

*   *   *

「初恋」が成就するケースは少ない。

片思いの場合、大抵は相手に気持ちを伝えることさえ出来ず、その恋は終わりを迎える。

両思いの場合も、LINEでは「好き」とか「会いたい」とか大胆な気持ちを伝えられるのに、いざ会ってしまえば緊張して、手を握るタイミングさえ掴めない。

初めてのデートでカフェに入れば、「どのように会計をスムーズに終えるべきか」という考えに取り憑かれ、財布を握りしめながら立ち往生してしまう。

「今夜は進展がある」と確信した日には、事前に風呂場で体毛を処理しなければいけないし、鏡に写る自分の姿を見ては、その滑稽極まりない姿勢に涙が出てくる。

それが初恋というものであり、困ったことに「大人になってからの初恋」というものが最も厄介である。

ある程度は知恵がつき、分別のある人間になってきたと思っていたのに、突如として自分の気持ちがコントロールできない甘い地獄を味わうことになるからだ。

明け方の若者たち』の主人公は、これまで数人の女性と交際経験があるものの、大学四年生で「初めての恋」に巡り合ってしまった不運な男の物語である。

彼が陥った恋愛は、難儀であった。

明大前の居酒屋で開かれた、退屈な飲み会から物語はスタートする。

企業から内定を貰った大学生や大学院生だけが参加できる、「勝ち組飲み」と称したスノッブな場で、彼はひとりの女性に目がいく。

虚しい会話ばかり繰り広げられるその席で退屈な様子を隠さないその人の佇まいは、彼のなかで一際目立っていた。

そして、さっさと帰ってしまったその女性とひょんなことから再合流することに成功した彼は、その日から人生が一変する。

絵に描いたような幸福が、彼のことを待っていたのだ。

初デートでは本多劇場に芝居を観に行って、初めての旅行では「写ルンです」で互いの写真を撮りあって。

渋谷や新宿西口、八重洲地下街など、あらゆるところを彼らはただ一緒に歩いた。

東京中の景色が彼らのことを祝福し、互いの存在を確かめ合うということは、自分の存在が証明できるということと同義語になっていった。

もちろん、愛に満たされたセックスだってセットである。

一方で、その幸せは“ある条件付き”だった。

読者は、二人の繊細な恋愛に、自分自身の経験を重ね合わせることが出来るだろう。

 

 

本著のなかで、私が好きなシーンがある。

主人公と女性が初めてラブホテルに行き、肉体的に結ばれた後に交わされるセリフだ。

 

「お恥ずかしい話なのですが」向こうを向いていた彼女が、こちらに振り向くなり、僕の顎の下に顔をうずめて言った。
「なに?」
「ほんとに、気持ち良かった」
「本当に?」
「うん、なんか、初めての、感じだった」
「女の“初めて”は信用するなって、小学校の道徳の授業で習ったよ」
「そんなことないから」
「じゃあ、信じていいの?」
「うん、信じておいて?」

 

こうしたやり取りが続くのだが、この二人はもう立派な大人である。

それなのに、この恋が「初めてだ」と思える感覚を女性は確信し、照れながら男に共有してしまう。

自分のなかに芽生えた戸惑いを、飾らない言葉で口にする彼女の告白は、なんだか妙に色っぽかった。

「豊かな恋愛経験」というものは、セックスの回数だけでは測れない。

過去に何度経験を積んでいたとしても、どれだけ年齢を重ねても、人はある日突然「初めての恋」に出会い、それに戸惑う生き物なのだ。

たとえ一度離れてしまったらもう二度とは会えないことを、心の奥底では魂が知っていたとしても。

それでも、その痛みを味わうことでしか人は成長出来ないのだと、本著は教えてくれる。

 

 

主人公は、面白みのない企業に就職する。

「はたして自分はこの道を選んで良かったのか」

「自分はもっと大きなことを成し遂げられる人間ではないのか」

そう逡巡する彼の日常は、綺麗事だけでは済まない不条理さに溢れてくる。

そして気がつけば、熱に浮かされるような恋心はとっくに上手くいかなくなっていく。

私はこの本を閉じた瞬間、カツセマサヒコのことをそっと抱きしめたくなった。

この物語は彼自身の追憶の破片かもしれないし、そうではないのかもしれない。

いずれにしても、彼が切り取った世界の住人達は、物語のなかで少しも成長しない。

人生に迷い続ける。

そこにあるのは小さな絶望だけで、全然明快ではない。でも、それで良い。

現実とはいつも、ドラマのようなシナリオ通りにはうまく進まないのだから。

傷つくことを前提にした恋愛の沼に落ちていくことは、果たして罪なことなのだろうか。

安定した生活に折り合いをつけていくことは、単純に「平凡な人生」と呼べるのだろうか。

本著を読んだ今でも、私は答えが出せないままでいる。

 

 

今日も日本中の若者たちは、明け方の街で恋に堕ちる。

そして、その恋の数々は、概ね失敗するだろう。

しかし、失敗することだけが人生なのである。

今まさにハードな恋愛を経験している若者、もしくは辛すぎて誰にも言えない恋愛経験がある全ての大人達のために、本著は存在している。

もちろん私自身も、「こっぴどく酷い恋愛経験がある大人のひとり」である。

もうあんなクソ恋愛は二度としたくないが、それでもたしかに自分の人生にとって大切な出来事だったのだと、今なら信じることができる。

本著によって再び傷がえぐられてしまい、いま最悪な気分である。

一方でどこか心地良いのは、カツセが本著の最後に、少しだけ“希望”を残しておいてくれたおかげだ。

恋が終わりを迎えた後に思い出すのは、「こんなにダサい自分のことも『あの人』は愛してくれた」という気が狂いそうなノスタルジア以外、なにものでもない。

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関連書籍

カツセマサヒコ『明け方の若者たち』

明大前で開かれた退屈な飲み会。そこで出会った彼女に、一瞬で恋をした。本多劇場で観た舞台。「写ルンです」で撮った江の島。IKEAで買ったセミダブルベッド。フジロックに対抗するために旅をした7月の終わり。世界が彼女で満たされる一方で、社会人になった僕は、"こんなハズじゃなかった人生"に打ちのめされていく。息の詰まる満員電車。夢見た未来とは異なる現在。深夜の高円寺の公園と親友だけが、救いだったあの頃。

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明け方の若者たち

6月11日発売、人気ウェブライター・カツセマサヒコさんのデビュー小説、『明け方の若者たち』をご紹介します。

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大木亜希子

東京都在住。2005年、ドラマ『野ブタ。をプロデュース』で女優デビュー。数々のドラマ・映画に出演後、2010年、秋元康氏プロデュースSDN48として活動開始。その後、タレント活動と並行しライター業を開始。Webの取材記事をメインに活動し、2015年、NEWSY(しらべぇ編集部)に入社。PR記事作成(企画~編集)を担当する。2018年、フリーライターとして独立。著書に『アイドル、やめました。AKB48のセカンドキャリア』(宝島社)。2019年11月30日、自身初の私小説『人生に詰んだ元アイドルは、赤の他人のおっさんと住む選択をした』(祥伝社)が発売され話題となる。

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