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明け方の若者たち

2020.07.15 公開 ツイート

【書評】終わりない「マジックアワー」の中で 日野淳

こんなハズじゃなかった、何者かになりたかった。そんな若者の姿を描いた青春小説『明け方の若者たち』。先日4回目の重版も決まった、話題の一冊です。

宮城県石巻市で出版社・口笛書店を営み、ライターとしても活動される日野淳さんに、書評をお寄せいただきました。

*   *   *

 

「絶対に好きだと思うよ」

そう薦められて手渡された本のカバーと帯を見て、「ああきっとそうですね」とか言いながら、内心では「そうとも限らないでしょう」とか思ってしまうくらいは性格が悪い。実際に読んでみて、「やっぱりそうでもなかったな」となることも少なくないわけだけど、この本においてはやられた。いや好きかどうかというと、好きだとは言い切れない。なぜなら私は自分のことが完全には好きではないから。何が言いたいかというと、「ああ、これは俺のことだ」という百冊に一冊くらいの確率で訪れるあの感覚を、見事なまでに味合わされたのである。ちょっと気持ち悪いくらいに。

大学卒業の目前、もうすぐ社会人としての新しい生活が始まるというタイミングで、主人公は「彼女」と出会う。有名企業に内定が決まった連中だけが参加を許された「勝ち組飲み会」という恥ずかしい名前の集まり。片隅で居心地の悪い思いをしていた二人は、居酒屋から抜け出して近くの小さな公園で飲みなおすことに。話す前から分かっていたことだけど、「彼女」は完全に自分のために誂えられたかのような女の子だった。当然のごとくたやすく恋に落ちてしまい、「彼女」の方もまたその準備がすでにできていたかのように想いに応えてくれる。そこから主人公曰く「人生のマジックアワー」のような日々が始まる。

会社で働くということに関しては、散々だった。「クリエイティブな仕事がしたい」という夢は総務部に配属になった時点で早々に打ち砕かれ、やるべき業務だけが絶え間なく降ってくるような時間に、心を殺してひたすら耐え忍ぶ。でもだからこそ、「彼女」と過ごす時間はいっそう輝きを増し、その存在だけが、恋をしている実感だけが、自らを特別な人間だと思わせてくれる浮遊感のような高揚感をもたらしてくれるのだった。

物語の各章は現在の地点から「マジックアワー」を回想するような独白から始まる。輝かしい時間はすでに過去の出来事であることが、気の利いた台詞まわしで繰り返し語られる。そこから匂い立ってくるのは強烈な感傷。主人公は恥ずかしげもなく感傷の気分をブンブンに振り回し、あの時間をもう一度生き直すように「彼女」が放った言葉、仕草や表情を一つ一つ思い出していくのだ。しかし感傷は現実的な意味合いにおいては何も生み出すことはない。仕事はうまくいかないし、新しい恋人ができる気配もない。クリエイティブからはどんどん離れていくし、なりたい自分は見失ってしまうし、そもそも自分は「勝ち組」なんかではなかったという事実に打ちのめされる。

そうなのだけれどーー。

主人公は決して「マジックアワー」を手放さない。「マジックアワー」から出ていかない。いつまでも「マジックアワー」の中に生きることを選択している。物語の筋立てをなぞるのであれば、彼は職場での事件や同僚の退職などを契機に、現実社会というものと対峙する勇気を得る、という風に捉えられるのかも知れない。「マジックアワー」と決別して、新たな道を進んでいくのだ、という成長物語と読まれることもあるだろう。だけど私には全然そうは思えない。そんな話だったらそこら中に転がっている。小説として何も新しくない。個人的にまったく興味が持てないし、ましてや「これは俺のことだ」なんて思えるはずもない。

逆なのだ、まったく、完全に、逆なのだ。

「マジックアワー」の中にいつまでも浸っていること、感傷に飲み込まれながらひたすら過去を生きること。主人公(と私)は、そんな人生を完全に肯定する。現実の中に過去が含まれているのではなくて、過去の中に現実が取り込まれていくとまでは言い過ぎかもしれないけれど、この小説はそんな話だ。

たとえば好きな仕事をして誰もが羨むような暮らしをおくることと、好きだった人のことを思い出しながら部屋で独り缶ビールをあおるような生活は、完全に等価だ。それを本人が望んでいるのならば、どちらも豊かでどちらも美しい。

「マジックアワー」はいつまでも続く。それこそがマジックなのであると気付けば。

関連書籍

カツセマサヒコ『明け方の若者たち』

2021年12月、北村匠海主演で映画化決定!! 9万部突破の話題作、早くも文庫化。 明大前で開かれた退屈な飲み会。そこで出会った彼女に、一瞬で恋をした。本多劇場で観た舞台。「写ルンです」で撮った江の島。IKEAで買ったセミダブルベッド。フジロックに対抗するために旅をした7月の終わり。 世界が彼女で満たされる一方で、社会人になった僕は、“こんなハズじゃなかった人生"に打ちのめされていく。息の詰まる満員電車。夢見た未来とは異なる現在。深夜の高円寺の公園と親友だけが、救いだったあの頃。 それでも、振り返れば全てが、美しい。 人生のマジックアワーを描いた、20代の青春譚。

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明け方の若者たち

6月11日発売、人気ウェブライター・カツセマサヒコさんのデビュー小説、『明け方の若者たち』をご紹介します。

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日野淳 ライター/口笛書店 代表

1976年宮城県石巻市生まれ。大学在学中より幻冬舎で書籍編集を始める。小説を中心とした書籍を担当した後、文芸カルチャー誌を編集長として創刊。2013年の退社後はフリーランスとして本の編集、ライティングに携わる。2019年6月株式会社口笛書店を設立。https://kuchibueshoten.co.jp/

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