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明け方の若者たち

2020.07.04 更新 ツイート

【書評】変わっていく時間の中に描かれる永遠に失われないもの藤田香織

何者かになりたいともがく20代の様子を描いた青春小説『明け方の若者たち』。カツセマサヒコさんのデビュー作にして、話題沸騰の一冊です。

書評家の藤田香織さんに書評をお寄せいただきました。

(小説幻冬7月号より)

*   *   *

「こんなハズじゃなかった」と、何度も呟きながら生きてきた。

「あの頃」。思い描いていた未来になんて全然立てなくて、「夜空ノムコウ」が嫌いだった。テレビやラジオから聴こえてくると、なにしみじみしちゃってんの? と、いつもイライラしていた。

今はもう、そんなふうには思わない。時間が過ぎたんだな、と思う。

きっと私だけじゃなくて多くの人が、諦めたとか、現実を受け入れたとか、夢から覚めたなんて言葉ではまとめられない、括られたくない気持ちを持て余しながら、歳を取っていくのだ。

それでも時々、「あの頃」のことを思い出す。本書『明け方の若者たち』には、その過ぎてしまった時間が、封印されていた。

 

物語の幕開けは二〇一二年の五月。参加資格は、その前月までに第一志望の企業から内定をもらった者だけ、という「勝ち組飲み」で、主人公の「僕」は後に唯一無二の恋人となる彼女と出会う。

「私と飲んだ方が、楽しいかもよ笑?」。わずか十六文字から始まった恋。初デートで待ち合わせたヴィレッジヴァンガード、初めての本多劇場、なだれ込んだサイゼ飲み。別れがたくて、言い出せなくて、ニヤニヤでクスクスなあの空気。手を繋いで向かった赤レンガ倉庫。ボロくて怪しいラブホテル。デートのたびに、あえての「写ルンです」で撮った写真、写真、写真。

僕は大学を卒業し、「勝ち組」として大手印刷会社で働き始める。実家を出てひとり暮らしも始めた。レンタカーを借りて、ふたりでIKEAで選んだ家具。同期入社の尚人と三人で飲み明かした高円寺の聖地・「大将」。それは決して順風満帆な人生ではなかったけれど、だからこそ、彼女と過ごす時間が尊かった。

クリエイティブな仕事がしたいと意気込んで入社したのに、縁の下の力持ち的総務部に配属されたこと。そこで早々に貼られた「使えない人間」というレッテル。「こんなハズじゃなかった人生」が本格的に始まり、日々加速していく。その一方で、彼女との日々にも、タイムリミットが迫ってきていた。

 

物語は、僕が彼女と出会った場所で、今に至るまでの五年間を回想する形で描かれていく。五年前、隣にいた彼女とはもう連絡を取ることもない。僕もまた、何者にもなれない自分に足掻きながら動き出す。その流れていった五年という時間の、惨酷で切実な変化を描きながら、けれど本書の根底にあるのは、普遍と不変だ。

名前のない「僕」と「彼女」に、あの頃の自分を重ね、読みながら何度も、この気持ちを知っている、と思った。何度も何度も、わかるわかる、と頷いた。泣きたくなるほど人を好きになるなんて、自分の人生にはもう二度とないだろう。でも、その気持ちは今も心に「ある」のだと、気付かされた。

「こんなハズじゃなかった」あの頃の未来の、さらにその先に、今、私は立っている。案外捨てたもんじゃない。終わっても、消えたわけじゃない。私の、私たちの永遠が、ここにある。

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カツセマサヒコ『明け方の若者たち』

明大前で開かれた退屈な飲み会。そこで出会った彼女に、一瞬で恋をした。本多劇場で観た舞台。「写ルンです」で撮った江の島。IKEAで買ったセミダブルベッド。フジロックに対抗するために旅をした7月の終わり。世界が彼女で満たされる一方で、社会人になった僕は、"こんなハズじゃなかった人生"に打ちのめされていく。息の詰まる満員電車。夢見た未来とは異なる現在。深夜の高円寺の公園と親友だけが、救いだったあの頃。

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