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明け方の若者たち

2021.11.12 更新 ツイート

#3 パーティをぬけだそう! カツセマサヒコ

「私と飲んだ方が、楽しいかもよ笑?」その16文字から始まった、沼のような5年間ーー。

カツセマサヒコさんのデビュー小説『明け方の若者たち』の文庫が11月17日に発売いたします。北村匠海さん主演で映画化も決定している大注目の作品より1章・2章を、映画の場面写真とともに、8日間連続で特別公開します。(全8回/3回目)

 

*   *   *

その後の「勝ち組飲み」については、わざわざ説明するのも面倒なくらい、最悪以外の感想がない。

トイレから戻ってきた石田は、ショートヘアの彼女がいないことを知ると「持ち帰ろうとおもったのに!」と騒いで、女性陣の反感と男性陣の失笑を買った。その後は「名刺交換のタイミングが難しい」というテーマに会場が今日イチの盛り上がりを見せ、男子数人の名刺交換コントにゲラゲラと笑い合う、くだらない時間が続いた。

愛想笑いにも疲れて、トイレに立つフリをして、半個室を出る。泡盛が並んだカウンター席に大げさに腰掛けると、ゆっくりと息を吐いた。酔い疲れたことを隠そうともせずにうなだれていると、カウンターの向かいから、女将がぬっと顔を出した。

「今日も騒がしいね」

呆れた顔をした女将が、大きな氷が入ったグラスに水を注いで、そのまま手渡ししてくれる。

ここは、入学当初から僕が愛用している、密かな休憩スペースだった。新歓コンパやクラコンで一気飲みをさせられた僕は、ひっそりとこのカウンターまで避難する。ボクシングのセコンドのように水を差し出してくれる女将が、頼もしくおもえる瞬間だった。

「まあ、いつもこんなもんでしょ」と返しながら、僕は冷えた水を一気に飲み干した。

ポケットからスマートフォンを取り出して、脊髄反射のようにSNSを開く。ゼミの同期が居酒屋で笑っている写真が、最初に目に飛び込んできた。今日は、所属するゼミでも飲み会がある日だった。見慣れたメンバーが楽しそうに騒いでいて、なぜか心苦しくなる。ごめ、内定者の集まりがあるからとマウントを取るように欠席連絡をした自分が、急に哀れにおもえてきた。

つい先ほどカウンターテーブルを通過したばかりの、彼女のことを考える。

せめて名前だけでもわかれば、SNSで探せそうな気もするのに。それすら聞かなかった自分の奥手具合が、今になってまどろっこしい。「勝ち組」のLINEグループにも名前がなかった彼女は、どうしてこの場にいて、なぜすぐ帰ったのだろう。どこに内定していて、どんな人間が好きで、どんな人間が嫌いだったのだろう。

いっそ自分も帰ろうかと、カウンター席から立ち上がろうとしたところだった。

日焼けした木製のテーブルの上、僕のスマートフォンが、ブブブと音を立てて震えた。

画面を覗くと、送り主の名前に、さっき押したばかりの十一桁の番号が表示されている。

期待というよりは違和感を持って、通知アイコンをタップする。展開された画面には、たった一行の、シンプルなテキストが表示されていた。

ⓒカツセマサヒコ・幻冬舎/「明け方の若者たち」製作委員会

「私と飲んだ方が、楽しいかもよ笑?」

 

その十六文字は、僕の人生で最も美しい誘い文句だった。ずっと探していた何かが見つかったような、一ピースだけ欠けていたパズルがハマるような、心地良い快楽が電気信号となって、全身を駆け回る。苦しさに似たそれが喉を突き破って暴れ出しそうになって、慌てて画面から目を離した。

つまらないパーティ会場から、出会ったばかりの男女が抜け出す。そんな王道とも陳腐とも言える展開の映画や小説を、何本か見てきた。沖縄料理屋という場面設定は、それらの作品より幾分ショボく感じた。でもこのメッセージは、僕と彼女を“主役”に変える、とっておきの魔法の言葉だとおもった。

わざわざ僕に電話番号をプッシュさせたのは、連絡先を交換するのが恥ずかしかったからか、それともたまたまか。たまたまにしては、あれだけしっかり確認していたポケットからスマホが出てくるのはおかしいし、やっぱり、わざとか。ってことは、最初からこうやって僕を呼び出すために、スマホをなくした、フリをした?

推理と妄想が猛スピードで膨らんで、鼻の下がムズムズと伸びる。カウンター越しでゴーヤーチャンプルーを作っている女将と目が合って、気まずくヘラヘラと誤魔化した。

「どしたの、気持ち悪い顔して」

「うるさいっすよ」

いよいよニヤけ出した口角を、隠すことも諦める。財布を取り出して、五千円札を投げやりに女将に渡した。「なに? お小遣い?」「んなわけない。あそこの飲み会、先に二人抜けるから、これ、引いておいてもらえます?」

「あいよ」と言うと、女将は五千円札をクシャと摑んで、サンリオキャラクターが描かれた空き缶にしまい込んだ。

半個室の飲み会会場では、石田ともう一人の男が、半裸になっていた。石田は入学当初よりもさらにだらしない体つきになった気がする。

一瞥してから、自分の荷物をまとめる。

近くにいた男子に「ごめ、俺ももう帰るわ」と小声で伝えて、店を出た。さっきと違って、今度は誰も、別れを惜しまない。

関連書籍

カツセマサヒコ『明け方の若者たち』

2021年12月、北村匠海主演で映画化決定!! 9万部突破の話題作、早くも文庫化。 明大前で開かれた退屈な飲み会。そこで出会った彼女に、一瞬で恋をした。本多劇場で観た舞台。「写ルンです」で撮った江の島。IKEAで買ったセミダブルベッド。フジロックに対抗するために旅をした7月の終わり。 世界が彼女で満たされる一方で、社会人になった僕は、“こんなハズじゃなかった人生"に打ちのめされていく。息の詰まる満員電車。夢見た未来とは異なる現在。深夜の高円寺の公園と親友だけが、救いだったあの頃。 それでも、振り返れば全てが、美しい。 人生のマジックアワーを描いた、20代の青春譚。

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明け方の若者たち

6月11日発売、人気ウェブライター・カツセマサヒコさんのデビュー小説、『明け方の若者たち』をご紹介します。

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カツセマサヒコ

 

1986年東京生まれ。大学を卒業後、2009年より一般企業にて勤務。趣味で書いていたブログをきっかけに編集プロダクションに転職し、2017年4月に独立。ウェブライター、編集として活動中。はじめての著書『明け方の若者たち』は小説デビュー作となる。

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