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明け方の若者たち

2020.06.24 更新 ツイート

【書評】夜の感覚に潜むミステリーとしての佇まいを推す吉田大助

カツセマサヒコさんのデビュー小説『明け方の若者たち』。2012年の明大前から始まる、青春小説です。

書評家・ライターの吉田大助さんに書評をお寄せいただきました。

*   *   *

去年から今年にかけてネット音楽シーンで注目を集めているアーティスト、YOASOBI、ヨルシカ、yama、ずっと真夜中でいいのに。――年若き彼らの音楽に共通するイメージは、夜だ。若さは、夜を遊び場にできる。夜に出会い夜に別れて、夜を慈しみ夜を怖がる。その全ての感覚が、カツセマサヒコの小説デビュー作『明け方の若者たち』には入っている。

2012年5月、渋谷と吉祥寺のほぼ真ん中に位置する井の頭線・明大前駅付近から始まる物語だ。大学4年生の「僕」は、駅前の沖縄料理屋で開かれた退屈な飲み会に参加し、全身から退屈さを発していた「彼女」と出会う。「ごめん、携帯なくしちゃったみたいで。番号言うから、かけてくれない?」。一足先に店を出たその人の番号から、ショートメールが届く。「私と飲んだ方が、楽しいかもよ?笑」。あざとさにアラートが鳴っているのを自覚しながら、夜へと駆け出していき、あっという間に、物の見事に恋に落ちる。

 

作中でも記述されているが、明大前は絵にならない街だ。筆者も6年住んだことがあるから、断言できる。沖縄料理屋もよく知っているが、まさかあの店が、あの公園が恋物語の開幕の舞台になれるとは……と感動し、一発で書き手を信頼してしまった。出会った夜、主人公は運命の彼女との何気ないおしゃべりに「阿吽の呼吸」を感じるが、それを読み手にも納得させる会話力が、2人のこの先の関係を追いかけていきたいという原動力になっている。主人公が大学4年で、彼女は少なくとも2歳年上の大学院生、という年齢差もちょうどいい。自分が昔見た夢じゃないか、とすら思う。

だからもう、どんどん行け、と思っていた。その願い通り、2人は深い言葉や安い言葉を交わし合い、夜の時間も全部費やして一緒にいることを選び続ける。うん、恋愛小説だ。ところが、主人公が大手印刷会社に就職し、朝井リョウ以来の総務部小説というサブストーリーが立ち上がったところから、少しずつ雰囲気が変わる。その先で、ミステリー(推理小説)としての顔が現れる。

 

ミステリーの基本は、冒頭で何らかの謎が提示され、それが論理的に解かれる経緯を楽しむことにある。しかし、トリックないしサプライズが発動した瞬間、“そうか、あれは謎だったんだ!”と驚かされるタイプのものもある。そして、読み進めてきた物語の記憶の断片が蘇り、それまで見えてきた風景とは全く異なるものへと塗り替えられる。

例えばこういうことだ。一目惚れは、一瞬ではできない。たとえ一瞬の判断に思えても、その裏には過去の恋愛経験やそれまでの人生で培ってきた価値観が総動員されている。少なくとも沖縄料理屋で彼女を初めて目に留めたときの、主人公の心の動きはそうだった。ならば彼女の側はどうだったのか? あるいは、深夜の下北沢のラブホテルに突入し初めてセックスをした後で、彼女は主人公に「ほんとに、気持ち良かった」と言う。「なんか、初めての、感じだった」。その言葉は、見積もりよりもずっと多くの意味が潜んでいたのではないか?

 

おしまいまで読み終えてすぐ、頭からもう一度読んだ。若者たちの、夜の感覚で描かれた恋愛模様や将来に対する葛藤の記述はリアルだった。素晴らしかった。でも、やっぱり、ミステリーとしての佇まいを一番に推す。

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カツセマサヒコ『明け方の若者たち』

明大前で開かれた退屈な飲み会。そこで出会った彼女に、一瞬で恋をした。本多劇場で観た舞台。「写ルンです」で撮った江の島。IKEAで買ったセミダブルベッド。フジロックに対抗するために旅をした7月の終わり。世界が彼女で満たされる一方で、社会人になった僕は、"こんなハズじゃなかった人生"に打ちのめされていく。息の詰まる満員電車。夢見た未来とは異なる現在。深夜の高円寺の公園と親友だけが、救いだったあの頃。

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