1. Home
  2. 社会・教養
  3. トランプ時代の地政学
  4. テロ対応で世界から称賛されたNZ首相、犯...

トランプ時代の地政学

2019.04.08 更新

テロ対応で世界から称賛されたNZ首相、犯人に称賛された米大統領杉本宏

事件の翌日(3月16日)、黒いスカーフ姿でムスリムの指導者と遺族のもとを訪れたアーダーン首相(クライストチャーチ市議会のTwitterより)

50人が死亡したニュージーランドの銃乱射テロからもうすぐ1カ月。日本での報道は、もっぱら事件の残虐さに集中したが、海外メディアではそれだけでなく、38歳の若き女性首相ジャシンダ・アーダーン氏のリーダーシップが称賛された。右翼テロ、ヘイトクライムに屈してはならないと、敢然と「多様性」の旗を掲げるアーダーン首相に対し、トランプ大統領、そして日本は……。

*   *   *

Let’s get the party started!(さあ、パーティーが始まるぜ)――。こうつぶやいて男は車のギアを入れ、近くのイスラム礼拝所(モスク)に向かった。約5分後、車を駐車場に止め、徒歩でモスクに向かい、礼拝者を銃撃し始めた。しかも、男は犯行の模様をフェイスブック(FB)でライブ配信していた。それがツイッターなど他のSNSで繰り返し共有され、FBや当局が削除しても、惨劇があっという間に世界中に拡散することは織り込み済みだったのだろう。

白人右翼VS.イスラム過激派、激化する対立

ニュージーランド南部クライストチャーチのモスク2カ所で計50人が犠牲になった銃乱射事件は、デジタル空間を悪用した「劇場型テロ」の典型だ。捕まった豪州出身の男(28)の詳しい動機は今後の捜査を待つしかない。しかし、男が犯行前にネットに投稿した74頁に及ぶ犯行声明「大いなる交代(The Great Replacement)」を一瞥する限り、男が反移民の白人至上主義者で、大勢の「観客」に衝撃を与え、怒りと反発の感情を掻き立てることを企図したことは明らかだ。

白人右翼の過激派とイスラム過激派との紛争を拡大・エスカレートさせることが狙いだ。テロの主な目的は、「政敵を行動に駆り立てて介入させ、やがて反動を体験させること」、「暴力と報復を煽り、ヨーロッパ人と欧州の土地を占領している侵略者との更なる分断を図ること」などにある。ニュージーランドを惨劇の「上演」場所に選んだのは、「世界のどこでも、移民を多く受け入れる場所に安全はないと示せる」と考えたからだ。自爆テロではなく、逮捕されることを望んだのも、生き残れば裁判などで自分の主張を滔々とアピールできると踏んだからだ。

では、これまでのところ、ことは自分の思惑通りに進んでいる、と犯人は見ているのだろうか。

 

まず注目すべきは、事件から3日後、オランダのユトレヒトで、イスラム過激主義に感化されたトルコ出身の男による路面列車テロが発生し、3人の犠牲者が出たことだ。まだ詳しい動機は分からないが、ニュージーランドでの右翼テロに対する報復テロの可能性は捨てきれない。さらに、早速、過激派のイスラム国(IS)が「十字軍」に対する報復テロを呼びかけた。この先、世界が人種と宗教をめぐって憎悪の悪循環に陥れば、まさに犯人の思う壺だ。

移民に寛容な国や都市は、右翼テロの格好の餌食になるという犯人の恐怖のメッセージもそれなりに説得力がある。表1と2が示すように、2013年以降、反イスラムの白人至上主義者による右翼テロは欧米、特に米国で増えているのに対し、ニュージーランドでは、これまで右翼テロもイスラム過激派によるテロも表面化していなかったからだ。換言すれば、今回の事件は象徴的で、白人右翼テロが欧米以外に拡散したと強く印象づけた効果は看過すべきでない。

テロで真のリーダーになったアーダーンNZ首相

おそらく、犯人の最大の誤算は、ニュージーランドのアーダーン首相のリーダーシップだったのではないか。

アーダーン氏と言えば、首相在任中に産休をとった世界初の女性政治家として知られる。2017年8月、中道左派の労働党の党首に抜擢され、10月に連立政権を発足させ、37歳で首相に就任。昨年6月に女児を出産し、ニューヨークで開かれた国連会合に生後3カ月の娘を連れて出席し話題を呼んだ。しかし、これまで政治家としての力量を疑問視する声はあった。

それを吹き飛ばしたのが、今回の痛ましい事件だったと思う。首相が犯人の筋書きに対抗するナラティブを内外に力強く語り始めたからだ。首相の「テロの解毒装置」としてのパフォーマンスは称賛に価する。

首相は事件直後、自国について「多様性、優しさ、思いやりといった価値を共有する人たちのための家だ。(中略)大丈夫。こうした価値は、今回の攻撃で崩れ去ることはあり得ないから」と強調し、今後も移民や難民を包摂していく方針を堅持する姿勢をはっきりと示した。「多様性、優しさ、思いやり」を武器に指導力を発揮していくと宣言したと言っていいだろう。

実際に、超党派の議員団を連れて現地入りし、黒いスカーフ姿でモスクを訪れ、遺族やイスラム教徒の指導者をハグし、悲しみを共にした。その寄り添う姿に、SNSを通して世界中から称賛の声が寄せられた。同時に、「私の役目は、あなた方の安全と、文化と宗教の自由を守ることだ」などと述べ、過激な白人至上主義を拒絶する姿勢を鮮明にした。さらに、政治的に難しい銃規制の強化、銃撃犯の名前を今後一切口にしない方針などを矢継ぎ早に打ち出した。

白人至上主義を非難しなかったトランプ大統領

こうしたアーダーン流と対照的なのがトランプ流だ。トランプ大統領は、今回のテロに関連して記者に白人至上主義を脅威と思うかと問われ、「そうは思わない。深刻な問題を抱えている集団はごく少数だ」と答え、白人至上主義を非難しなかった。2017年夏にバージニア州で白人至上主義の団体が反対派と衝突し、反対派の女性が死亡した事件でも「責任は双方にある」で押し通した。

振り返ってみれば、トランプ氏は、欧米で興隆するポピュリズムの波に乗り、反移民、反イスラムの言動と政策で政治家としてのキャリアを築いてきた。増える白人右翼テロの撲滅に向け、リーダーシップを発揮するつもりはなさそうだ。再選の障害になると見ているのではないか。犯人が犯行声明の中でトランプ氏を「白人アイデンティティー復元の象徴。我われと目的を共有する」と持ち上げたのもうなずける。

そんなトランプ氏が電話で支援を申し出ると、アーダーン首相は「愛と思いやりをイスラム教徒のコミュニティーに示してほしい」と答えたという。二人の姿勢は異なるが、自他の承認をめぐる「アイデンティティーの政治」(フランシス・フクヤマ)に没入している点では共通している。クライストチャーチの悲劇は、それが世界の潮流であることを浮き彫りにしたとも言えよう。

右翼テロは、オリンピックを控える日本にとっても他人事ではない。組織に属さない個人、「一匹狼」による国内完結型の犯行が多く、国際的な情報共有システムが機能していないといわれる。その活性化に向け、情報収集ネットワークを築く米国、英国、カナダ、オーストラリア、ニュージーランドの5カ国(ファイブ・アイズ)や欧州諸国の情報機関との連携が望まれる。右翼テロ対策に消極的なトランプ氏を説得する役回りが安倍首相に求められるかもしれない。

杉本宏『ターゲテッド・キリング』

「対テロ戦争」という果てしない戦争が世界を覆う中、標的殺害(ターゲテッド・キリング)という非公然攻撃を米国は展開している。一種の「闇討ち」は、効率的ではあるが、米国政府に様々な法的・倫理的なジレンマを突きつける。米首脳たちの内紛と懊悩を通じ、21世紀の正義と戦争の行方を追う。

関連キーワード

{ この記事をシェアする }

トランプ時代の地政学

「世界の警察官を辞める」だけでは収まらず、いまや世界秩序の攪乱要因になりつつあるトランプ大統領のアメリカ。海外取材経験の豊富なジャーナリストであり、国際政治研究も続ける著者がトランプ大統領・アメリカの本音を読み解き、日本とのかかわりを考察する。

バックナンバー

杉本宏

ジャーナリスト。慶應義塾大学大学院修士課程修了。マサチューセッツ工科大(MIT)政治学部博士課程単位取得退学。防衛大学校非常勤講師を経て、朝日新聞社入社。政治部、外報部などを経て、ロサンゼルス、アトランタ、ワシントンに赴任。記者としての取材活動のかたわら、国際政治研究も続ける。著書に『ターゲテッド・キリング――標的殺害とアメリカの苦悩』(現代書館)がある。

この記事を読んだ人へのおすすめ

幻冬舎plusでできること

  • 日々更新する多彩な連載が読める!

    日々更新する
    多彩な連載が読める!

  • 専用アプリなしで電子書籍が読める!

    専用アプリなしで
    電子書籍が読める!

  • おトクなポイントが貯まる・使える!

    おトクなポイントが
    貯まる・使える!

  • 会員限定イベントに参加できる!

    会員限定イベントに
    参加できる!

  • プレゼント抽選に応募できる!

    プレゼント抽選に
    応募できる!

無料!
会員登録はこちらから
無料会員特典について詳しくはこちら
PAGETOP