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トランプ時代の地政学

2020.08.06 更新 ツイート

自由世界vs.共産中国、米中対立は一触即発の域に杉本宏

歴代政権が続けてきた対中「関与政策」との決別を訴えたポンペオ国務長官(7月23日、ポンペオ氏のTwitterより)

11月の米大統領選を控え、トランプ政権の対中姿勢が一段と硬化し、米中対立が激化してきた。互いに相手のイデオロギーや道徳意識の非をあげつらい、政治体制の優劣を競っているかのようだ。観念上(上部構造)の争いは、実利上の損得勘定で決着がつかないだけに厄介だ。妥協や譲歩の余地が狭い状況下で偶発的な軍事衝突が起きれば、一触即発の危機に発展しかねない。

 

エスカレートする米中対立

米中の貿易摩擦が続く中、トランプ大統領は、新型コロナウイルスが武漢から発生したとして中国を非難し続けている。まるで習近平政権の隠蔽体質と無策が15万人以上の米国人の命を奪ったかのような口ぶりだ。トランプ氏は、習主席とは「話したくない」と不快感を露わにする。

さらに、中国が6月末に香港に導入した「国家安全法」に対抗し、香港市民の権利を弾圧する中国当局者に対する資産凍結などの制裁を科す「香港自治法案」に署名。新疆ウイグル自治区のイスラム教徒に対する人権侵害問題でも、当局者と企業に対する制裁を発動した。南シナ海問題では、7月初旬に中国海軍が軍事演習を終えるタイミングを見計らったかのように、6年ぶりに米空母2隻を派遣して演習を実施、さらに中旬にも2隻を派遣して軍事力を誇示した。

ここ数週間で見れば、人民解放軍とのつながりを隠して米国ビザを不正取得した疑いで、4人の中国人研究者が米司法当局によって逮捕、起訴されている。最近では、ハイテクや防衛産業関連の複数の米企業にハッキングを仕掛けて情報を盗んだとして、中国人男性2人が起訴された。米司法省は、単なる金銭目的ではなく、盗んだ情報を中国の情報機関に流したと見ている。

こうした中、米側は7月22日、ヒューストンの中国総領事館の閉鎖を命じた。中国による米国での「スパイ活動と知的財産盗用の拠点」と見なしたからだ。米連邦捜査局によれば、この10年で中国関連の経済スパイ事犯は13倍に増加した。我慢の限界、もうこれ以上、野放しにすることはできないと判断したようだ。さっそく報復措置として、中国側も成都の米総領事館の閉鎖を要求した。職員によるチベット情勢の情報収集を内政干渉と見なしたのだろう。米中ともさらなる在外公館の閉鎖を示唆しており、報復合戦に発展する可能性も捨てきれない。

「人類共通の敵」というレッテル張り

中国側の対決姿勢の大きな特徴は、トランプ政権のモラルをことさら騒ぎ立てていることにある。

その好例が、習近平政権が4月から複数の官製メディアを使って展開したポンペオ米国務長官叩きだ。新型コロナウイルスの流出問題で中国の責任を問い続けるポンペオ氏に対する異例の批判キャンペーンで、国際ルールを無視して米単独主義に邁進し、覇権を追求する、道義的に劣る「政治屋」だなどとこきおろした。トランプ氏の信任が厚い主要閣僚の人格を貶めることによって、習政権の方が道徳的に優位だという印象を国内向けに植え付けることが狙いと思われる。

特に興味深いのが、国営の中国中央テレビが流した一連の論評だ。「人類共通の敵」というレッテルをポンペオ氏に張り、「政治的ウイルスをまき散らしている」などと非難した。キリスト教文明圏では、この言葉には、道徳心のかけらもない「野獣の如き野蛮人」という含意がある。「国際法の父」と称されるオランダの法学者グロティウスによれば、神がつくった自然法を遵守する意思がない野蛮人は、誰でも見つけ次第、人類共同体の代表として制裁(殺害)することが許される。

習政権が西欧思想を逆手にとり、ポンペオ氏に代表される対中強硬派の面々を道徳の尺度で測り、海賊など匪賊と同格だというメッセージを意図したのかは不分明だが、少なくとも、彼らが共産党体制の存続を脅かしかねない潜在的脅威と映っていることは間違いないだろう。

中国共産党に「銃口」を向ける米国務長官

一方、トランプ政権によるイデオロギー対決も強烈さでは中国側のポンペオ叩きに劣らない。

人格を否定されたポンペオ氏は7月23日、「共産中国と自由世界の未来」と題した演説で、共産党の権威がすべてに超越する権威主義体制への不信感を露わにし、米歴代政権が継承してきた対中関与政策との決別を宣言した。相互依存を深め、中国が豊かになれば、自然と民主化し、国際社会の一員として責任ある行動をとるはずだ、という素朴な思い込みは捨てるべきだと言うのだ。

関与政策の見直しという点では、ペンス副大統領が2018年に行った対中批判演説も見直しを提唱した。ただ、あのときは、世界標準とは異なる、社会主義市場経済をめざす「紅い資本主義」が米国のビジネス慣行と民主主義をねじ曲げているとの主張に力点が置かれた。一言で言えば、「中国異質論」だ。

これに対し、ポンペオ演説はさらに踏み込んで、中国共産党(CCP)がすべてを管理する政治体制が元凶だと糾弾する。「CCP支配の体制は、マルクス・レーニン主義の体制だ。習近平主席は、この破綻した全体主義イデオロギーの信奉者だ。CCPをグローバルな覇権に駆り立てているのは、このイデオロギーだ」「自由世界が共産中国を変えなければ、共産中国が我々を変えてしまう」と。

「取引の達人」を自称するトランプ大統領が求めるのは、あくまで実利だ。もともと政治体制や主義主張には無頓着で、民主国のリーダーを貶し、独裁的な指導者を称賛することすらある。そんな大統領がポンペオ氏ら対中強硬派による「中国=共産党体制=マルクス・レーニン主義」という発言にお墨付きを与えたのは、一にも二にも、100日を切った大統領選で再選の雲行きが怪しくなってきたからだ。

偶発的な軍事衝突が発生すれば、冷静な危機管理は望み薄

最近の米中関係は、1979年の国交正常化以降で最悪という見方が専門家の間で出ている。しかし、中国側は、トランプ大統領を名指しで批判することは避けている。トランプ政権も中国の体制変革(和平演変)まで求めているわけではない。少なくとも、中国の将来を決めるのは、あくまでも中国の人々だという「建前」は堅持しているように見受けられる。いま懸念されるのは、2001年4月に中国海南島沖公海で発生した米中軍用機接触のような事件だ。軍事衝突が偶発すれば、国内世論の拘束を受け、柔軟で冷静な危機管理は期待できないだろう。

最後に一言。米中の対峙を望まない日本としては、大統領選が終わるまではトランプ政権の尻馬に乗らず、米中対話の窓を閉ざさないよう双方に自制を求めていくしかないのではないか。

杉本宏『ターゲテッド・キリング』

「対テロ戦争」という果てしない戦争が世界を覆う中、標的殺害(ターゲテッド・キリング)という非公然攻撃を米国は展開している。一種の「闇討ち」は、効率的ではあるが、米国政府に様々な法的・倫理的なジレンマを突きつける。米首脳たちの内紛と懊悩を通じ、21世紀の正義と戦争の行方を追う。

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「世界の警察官を辞める」だけでは収まらず、いまや世界秩序の攪乱要因になりつつあるトランプ大統領のアメリカ。海外取材経験の豊富なジャーナリストであり、国際政治研究も続ける著者がトランプ大統領・アメリカの本音を読み解き、日本とのかかわりを考察する。

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杉本宏

ジャーナリスト。慶應義塾大学大学院修士課程修了。マサチューセッツ工科大(MIT)政治学部博士課程単位取得退学。防衛大学校非常勤講師を経て、朝日新聞社入社。政治部、外報部などを経て、ロサンゼルス、アトランタ、ワシントンに赴任。記者としての取材活動のかたわら、国際政治研究も続ける。著書に『ターゲテッド・キリング――標的殺害とアメリカの苦悩』(現代書館)がある。

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