1. Home
  2. 社会・教養
  3. トランプ時代の地政学
  4. 厳しい対日要求。トランプ流「ディール」は...

トランプ時代の地政学

2019.08.06 更新 ツイート

厳しい対日要求。トランプ流「ディール」は安倍流「隠蔽」で乗り切れるのか?杉本宏

再選を目指しオハイオ州で開かれた大規模支持者集会(8月2日 トランプ氏のTwitterより)

参院選で与党が過半数を獲得したにもかかわらず、安倍晋三首相の心が晴れることはないだろう。

8月以降、再選を目ざしてなりふり構わないトランプ大統領が、日米安保と貿易や海洋の安全問題などをリンクして激しい圧力をかけてくるという見方が永田町では支配的だ。首相は、太平洋の向こう側から吹き付ける「逆風」をどうかわすのか。下手をすれば、日米同盟の絆はほつれてしまう。

 

容赦ないトランプ氏の圧力、安保と絡めて牽制

「何しろ相手がドナルド・トランプだからね」。自民党の石破茂元幹事長は、投票日前の応援演説でこう述べ、型破りな大統領が参院選を節目に厳しい要求を次々に押し付けてくるとの見通しを示した。

まず懸念されるのが日米貿易交渉の行方だ。米側は、農産品の関税引き下げで大幅に譲歩しなければ、日本車の関税を引き上げる構えだ。同時に、米国とイランの緊張が続く中東ホルムズ海峡の航行安全を確保する「有志連合」への参加問題でも、海上自衛隊の派遣を迫られるだろう。加えて、防衛費増と高額な防衛装備品のさらなる「爆買い」。来年早々には、2021年3月に期限切れとなる在日米軍駐留経費の負担協定をめぐる改定交渉でも大幅増を強いられるだろう。すでに現在の5倍の「言い値」をふっかけてきたと伝えられる。ここまでくると、まるで米軍を「傭兵」として貸し出し、「用心棒代」を払えと日本に脅しているかのようだ。

トランプ流の特徴は、日本側から譲歩を引き出すため、日米同盟の根幹まで揺さぶることも躊躇しないことだ。トランプ氏は、6月の訪日での記者会見で、安保条約について「不公平だ。その片務性を見直す必要がある」と言い放った。安倍首相には、この半年間、その是正を求め、首相もそれを理解しているとも語った。訪日直前の米テレビ局のインタビューでも不満が噴き出した。「日本が攻撃されれば、米国は第3次世界大戦を戦い、命をかけて彼らを守る。でも、米国が攻撃されて助けが必要なとき、日本はソニーのテレビで見ているだけだ」と。

もちろん、日米の政府当局者と多くの識者が指摘するように、日本は、米国に「おんぶに抱っこ」の状態ではない。安保条約に従って、米軍が世界展開できるように基地を提供し、思いやり予算も気前よく振る舞っている。2015年には、安保法制を整備し、海外で自衛隊が武力行使できるようになった。最悪の場合、自衛隊も米軍とともに「血を流す」かもしれない。

しかし、日本の「同盟ただ乗り」はトランプ氏の長年の持論だ。2016年の大統領選でも日本の「不公平な負担」を批判し、拍手喝采を浴びた。同盟相手だからと甘い顔をしていたら、いいようにやられた、自分だったらもっとましな取引(ディール)ができる、という感情的な訴えは大衆受けする。さすがに大統領就任後は批判を控えてきたが、また大統領選の季節が近づいてきた。

米シンクタンクの「アメリカ進歩センター」(CAP)が3月に米有権者を対象に実施したネット調査によれば、「外交では、同盟国の利害も考慮すべき」は4割に過ぎない。その一方で、「各国は自国の安全保障にもっと費やすべき。米国に世界の警察官を期待すべきでない」は過半数を占めた。今後、「米国第一主義」を唱えるトランプ氏が何かと安保批判を持ち出す環境は整っていると見るべきだろう。

「蜜月」は本物か? 説明責任を果たさない安倍外交

首相にとって、トランプ氏の要求と不満は頭痛の種に違いない。国内で論争を呼び、国会が荒れる恐れもある。安倍内閣の支持率も下げかねない。最後の衆院「解散カード」をいつ切るかにも影響するだろう。自民党則の改正で「4選」も、とおだてられている場合ではないはずだ。

この苦境を乗りこえるため、首相は、トランプ氏の懐に飛び込んで、なだめようとするだろう。そのために、トランプ氏との個人的な信頼関係を重視し、「蜜月」を築いてきたと首相は自負する。

しかし、本当に蜜月ならば、パートナーを政治的窮地に追い込むようなことはしないはずだ。損得勘定を基にするディール好きのトランプ氏の性格は、もっとドライだ。日米間の諸問題を政治化し、その行方に息を呑む有権者で埋まる「トランプ劇場」で、自分を「ディールの達人」だと引き立ててくれる役を演じてくれる限り、蜜月の振りをすることもやぶさかではないだけだと思う。

それに首相も気づいているのではないか。都合が悪くなると隠蔽するのが安倍流だ。貿易交渉では、「密約」の存在がささやかれている。早期妥結を求めるトランプ氏に安倍氏が参院選まで待って欲しいと頼み込み、その際、来年11月に大統領選があることは承知していると伝えたとされる。合意の先送りを呑んだトランプ氏が今度は自身の再選をにらんで日本側に大幅譲歩を期待しても不思議ではない。トランプ氏の日米安保不満発言に対しても、その真意を問いただしもしなかった。ましてや反論や抗議もしていない。国益を左右する問題なのに、全く説明責任を果たしていないと言わざるを得ない。

対米配慮に拍車をかける中国の台頭

では、なぜ、首相は懐柔的な姿勢でトランプ氏と接するのか。悪く言えば、へつらうのか。

情けないことだが、安倍氏の個性や政治的力量だけのせいにするのは酷だろう。日本を取り巻く地政学の観点から見れば、中国の経済的・軍事的台頭が大きく響いている。冷戦時代のソ連と異なり、中国は、米国の公然の敵ではない。競合ないし協力できる分野も少なくない。

このため、米国は、日中間の対立に不用意に「巻き込まれ」、中国と軍事衝突する羽目に陥ることを恐れている。例えば、米国にとって利害がほとんど絡まない無人の尖閣諸島をめぐる領土紛争。欧米の多くの専門家が指摘するように、有事に直面しても米国が武力行使に踏み切る可能性は低い。そのような米国の姿勢が、日本が米国に「見捨てられる」という不安を引き起こし、「対米配慮」を助長する。

しかし、それも過度になると、今度は日本が米国の戦争に「巻き込まれる」という不安が増幅しかねない。

杉本宏『ターゲテッド・キリング』

「対テロ戦争」という果てしない戦争が世界を覆う中、標的殺害(ターゲテッド・キリング)という非公然攻撃を米国は展開している。一種の「闇討ち」は、効率的ではあるが、米国政府に様々な法的・倫理的なジレンマを突きつける。米首脳たちの内紛と懊悩を通じ、21世紀の正義と戦争の行方を追う。

関連キーワード

{ この記事をシェアする }

トランプ時代の地政学

「世界の警察官を辞める」だけでは収まらず、いまや世界秩序の攪乱要因になりつつあるトランプ大統領のアメリカ。海外取材経験の豊富なジャーナリストであり、国際政治研究も続ける著者がトランプ大統領・アメリカの本音を読み解き、日本とのかかわりを考察する。

バックナンバー

杉本宏

ジャーナリスト。慶應義塾大学大学院修士課程修了。マサチューセッツ工科大(MIT)政治学部博士課程単位取得退学。防衛大学校非常勤講師を経て、朝日新聞社入社。政治部、外報部などを経て、ロサンゼルス、アトランタ、ワシントンに赴任。記者としての取材活動のかたわら、国際政治研究も続ける。著書に『ターゲテッド・キリング――標的殺害とアメリカの苦悩』(現代書館)がある。

この記事を読んだ人へのおすすめ

幻冬舎plusでできること

  • 日々更新する多彩な連載が読める!

    日々更新する
    多彩な連載が読める!

  • 専用アプリなしで電子書籍が読める!

    専用アプリなしで
    電子書籍が読める!

  • おトクなポイントが貯まる・使える!

    おトクなポイントが
    貯まる・使える!

  • 会員限定イベントに参加できる!

    会員限定イベントに
    参加できる!

  • プレゼント抽選に応募できる!

    プレゼント抽選に
    応募できる!

無料!
会員登録はこちらから
無料会員特典について詳しくはこちら
PAGETOP