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トランプ時代の地政学

2019.11.01 更新 ツイート

弾劾騒動をあえて煽るトランプ大統領の計算杉本宏

10月27日、バグダディ容疑者の殺害を発表するトランプ大統領(ホワイトハウスのTwitterより)

米議会下院が着手した弾劾訴追調査の渦中にあるトランプ大統領にとって、弾劾騒動は千載一遇のチャンスなのかもしれない。これを奇貨として政敵潰しに邁進しているからだ。2020年大統領選で現在、民主党の先頭を走っているバイデン前副大統領の目は消えるかもしれない。

トランプ大統領の罷免はまずない

バイデン氏は、オバマ政権の副大統領だった2016年当時、息子のハンター氏が役員を務めていたウクライナ最大のガス会社「ブリスマ」が検察の捜査対象になっていたため、息子を守るため職権を乱用して検事総長を解任させようとした――。トランプ大統領は、こう信じて止まない。

 

民主党側の「大統領の妄想」との批判をよそに、トランプ大統領は5月、自分の見立てに否定的な駐ウクライナ米大使を解任。7月には、ウクライナの大統領との電話会談で、バイデン氏の職権乱用疑惑を捜査するよう求めた。その際、対ウクライナ軍事援助などの見返りを条件としてちらつかせた。

しかし、これを明白な「圧力」と受け止め、自身が大統領選で有利になるよう外国政府に支援を求めた疑いが濃厚だ、と判断したCIA職員が監察官へ内部告発、民主党が多数の下院による弾劾調査へと発展していった。

たとえトランプ大統領が下院で訴追されても、共和党が過半数を握る上院で開かれる弾劾裁判で有罪になり、罷免される可能性はゼロに近い。「受難」をアピールし、自分の岩盤支持層をフル動員する絶好の機会でもある。だから、民主党側の追及に怯(ひる)まず、バイデン親子のスキャンダルを批判し続け、弾劾騒動を大きくする方が得策だという計算が働いたのだろう。

政敵の疑惑捜査を習近平主席にも要請

問題は、その挑戦的なやり方だ。まず、弾劾調査への協力を一切拒否し、下院と全面対決する方針を打ち出した。もちろん、閣僚や政府職員が証人喚問や文書提出の要請に応じることは厳禁だ。

さらに、ウクライナだけでなく、「中国もバイデン氏の捜査をすべきだ」と記者会見で平然と語った。習近平国家主席に要請することもいとわないとも。上海の投資ファンド会社の役員を務めるハンター氏とチャイナ・マネーとの結びつきで何かを握っているかのような口ぶりだった。

ワシントン・ポスト紙などによれば、ハンター氏の中国ビジネスは、バイデン氏が副大統領だった時期と重なる。副大統領の中国訪問に同行して政府専用機に乗って北京を訪れ、仕事の関係者と会ったこともある。共和党議員が既に利益相反の疑いに目をつけていたが、中国側も内々に調べ上げていると見るのが自然だろう。ちなみに、トランプ大統領の攻撃を受け、ハンター氏は弁護士を通じて、この会社の役員を10月いっぱいで辞任する考えを明らかにした。

「伝統的エスタブリッシュメント」という「闇の国家」

それにしても、選挙のライバルを追い落とすため、外国政府に支援を求めたと議会やメディアにとがめられている最中、なぜ、トランプ大統領は、また懲りずに外国政府の「助け」を借りようとするのか。

結論から先に言えば、自国の官僚や捜査当局を信用していないからだ。決して苦し紛れの策ではない。

この不信感は、トランプ氏がよく口にする「闇の国家」(deep state)という言葉に表れている。今回の騒動についても「魔女狩りが米国内で起きている。恥ずべき闇の国家」とツイート。ミラー大統領上級顧問もウクライナ大統領への圧力疑惑の内部通告者を「闇の国家のスパイ」と批判した。

闇の国家とは、大雑把に言えば、国家内の警察や軍隊、情報機関、対外政策機関などが結託して非公式の集団をつくり、選挙で選ばれた指導者を操ったり、反旗を翻したりすることを指す。

トランプ氏の場合、米外交・安保政策のプロを自認する伝統的なエスタブリッシュメントとほぼ同義語と解釈していいだろう。つまり、国務省や国防総省の官僚、CIAのエージェント、FBIの捜査官、政治家、ワシントンの主要シンクタンクの専門家、主要メディアのジャーナリストらからなる非公式ネットワークで、その代表格が上院外交委員会の大御所でもあったバイデン氏だと言えなくもない。

この既得政治の恩恵を受けるエリート集団に対する強烈な反感がトランプ政権の大きな特徴だ。「国家内国家」をつくり、同盟、人権重視、民主化、自由貿易推進といった、自分たちの考え方や既成の慣習、国際ルールに従わない型破りな大統領を失脚させようともくろんでいる、と思い込んでいる。

陰謀論の匂いがプンプンするが、エスタブリッシュメント側が反トランプでほぼ結束しているのは事実だ。例えば、約1年前、司法省の副長官がロシア疑惑との関連でトランプ大統領の解任を画策したという疑惑が表面化した。今回も歴代政権で外交・安保政策を担当した元政府職員90人が、連名で内部通告者を擁護し、トランプ大統領を批判する書簡を公表した。

急進左派候補の躍進はトランプ大統領の望むところ

これまでのところ、トランプ大統領の強気の作戦は成功しているように見える。

米政治専門サイト「リアル・クリア・ポリティクス」の選挙予測によれば、バイデン氏は、現在、トランプ大統領との直接対決で6.7ポイントの差をつけているものの、民主党内の候補者指名争いでの勢いは衰え、左派のウォーレン上院議員が10月初旬、首位に躍り出た。15日の候補者討論会では、バイデン氏は疑惑の釈明に追われ、「勝者はウォーレン氏」という評が米紙で支配的だった。

大統領選が本格化するのは来年2月以降。まだ民主党内の候補者争いの行方は見通せないが、トランプ大統領にしてみれば、ウォーレン氏の躍進は「待っていました」の展開だろう。ウォーレン氏と言えば、米国では急進的と見られがちな国民皆保険制度の導入、ウォール街に厳しい「社会主義的政策」で知られるからだ。今後、トランプ大統領との一騎打ちになった場合、全米の平均的な有権者に彼女の急進的な訴えがどこまで受け入れられるかは甚だ疑問だ。

北朝鮮外交で妥協する可能性も? そのとき日本は?

下院は今後、弾劾調査を本格化させ、クリスマス前後に訴追決議案が採択され、来年早々にも上院で弾劾裁判が始まる見通しだ。このため、トランプ大統領は、裁判への対応に忙殺され、対外政策に時間と労力を割く余裕はなくなるだろう。かといって、「闇の国家」の官僚に丸投げするわけにはいかない。トランプ政権の外交・安保政策は当面、停滞すると見られる。

ただし、トランプ大統領肝煎りのプロジェクトは別だ。この点、日本にとって気になるのは、トランプ大統領が信頼する少数のアドバイザーと実務交渉者で担っている対北朝鮮外交の行方だ。国民の目を弾劾裁判からそらそうと、4回目の首脳会談を急遽開いて北朝鮮の中・短距離ミサイル問題などで妥協する可能性は捨て切れない。
 

杉本宏『ターゲテッド・キリング』

「対テロ戦争」という果てしない戦争が世界を覆う中、標的殺害(ターゲテッド・キリング)という非公然攻撃を米国は展開している。一種の「闇討ち」は、効率的ではあるが、米国政府に様々な法的・倫理的なジレンマを突きつける。米首脳たちの内紛と懊悩を通じ、21世紀の正義と戦争の行方を追う。

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「世界の警察官を辞める」だけでは収まらず、いまや世界秩序の攪乱要因になりつつあるトランプ大統領のアメリカ。海外取材経験の豊富なジャーナリストであり、国際政治研究も続ける著者がトランプ大統領・アメリカの本音を読み解き、日本とのかかわりを考察する。

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杉本宏

ジャーナリスト。慶應義塾大学大学院修士課程修了。マサチューセッツ工科大(MIT)政治学部博士課程単位取得退学。防衛大学校非常勤講師を経て、朝日新聞社入社。政治部、外報部などを経て、ロサンゼルス、アトランタ、ワシントンに赴任。記者としての取材活動のかたわら、国際政治研究も続ける。著書に『ターゲテッド・キリング――標的殺害とアメリカの苦悩』(現代書館)がある。

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