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それが、人間

2026.11.07 公開 ポスト

エキストラしかいない街

港区の不審者は小学生に株価を語り、中野区の不審者は頭にパンツをかぶる。不審者に問いたいギリギリのラインのセンス。インベカヲリ★(写真家、ノンフィクション作家)

エキストラしかいない街

港区白金台に、その昔、屠殺場のあった一角があるらしい。
そんな情報をネットで知り、私はルサンチマンがほくそ笑むのを感じた。

白金といえば、「シロガネーゼ」という言葉も生まれた高級住宅地。品のいい奥様が暮らす、セレブの街だ。
かたや動物を殺して肉や皮を扱う仕事は、「穢れ」と結びつけられ、従事する人々が差別されてきた歴史的背景がある。
事実、1867年にこの地に屠殺場ができたときも、近隣住民から反発を受けたらしい。

白金に、そんなディープな歴史があったとは驚きだ。
というわけで屠殺場跡を見に行くべく、意気揚々と港区白金へと向かったのだった。

かつて、白金村の字猿町と呼ばれていたその一帯は、白金台二丁目付近にあたる。1959年築の芝白金団地には、旧地名を示す「今里町」といいう文字が残っているようだ。

港区に団地があるというのも意外だが、他区で見る団地とは様相が違う。築年数はあるものの、古びた感じは一切しない。
隅々までよく手入れされており、心なしかマイナスイオンを浴びている気分になる。まるでリゾート地に建つ高級老人ホームのようだ。

一帯をぐるりと歩いてみたが、私が期待していたような痕跡は皆無。見事なまでに高級感しかないのであった。

何が高級感を漂わせているのか考えてみたが、まず空間の取り方が違う。ちょっとした路地ですら、妙に広々。それでいて自然も豊かだ。樹齢を重ねた木々は、枝葉の先まで生き生きとしている。
街全体に、ゆとりのある暮らしが染み込んでいるかのようだ。

腐っても白金。いや、はなから腐ってなどいなかった。
……なんだ、ただの港区か。
屠殺場跡を見に来たつもりの私は、妙な敗北感を覚え、早々にその場を離れることにした。

その後、周辺を散策するべく高輪方面へと歩いたのだが、私はそこで、信じられない光景を目にした。

最初に目に飛び込んできたのは、バス停に座っている若いお母さんの姿だ。そのファッションたるや、花柄ふんわりロングワンピース。しかも、キャッキャと笑う赤ん坊を「高い高い」してあやしている。
わが目を疑った。CMでしか見たことがない姿だ。
あるいはジブリ映画の冒頭に出てくる、草原を駆け出しそうな雰囲気だ。

瞬間的に恐怖を感じ、私はカメラを向けることなく早歩きで通り過ぎた。
ひょっとしたら何かの収録かもしれない。どこかに撮影クルーがいて、通行人のリアクションを映そうとしているのかもしれない。こんな絵にかいたような母子、現実にいるわけがない。

だが、どこにも撮影クルーはいないのだった。
では一体なぜ、CMのような母子がバス停にいるのだ。もしかして私は、自分がエキストラになる世界に迷い込んでしまったのか。

恐怖に足をすくませながら、道路の反対側に目をやると、今度は爽やかなブルーのシャツに身を包んだ老人が、背筋をスッと伸ばし、両手にスーパーの袋を提げて歩いている。しかも、髪はふさふさのロマンスグレーだ。

CMで見たことあるぞ! チャーミーグリーンの片割れだ。
などといっても、現代の若者には通じないかもしれない。
チャーミーグリーンとは、20世紀に流れていた食器用洗剤のCMだ。
幸せそうに手をつないだ老夫婦が登場し、
「チャーミーグリーンを使うっと~♪ 手をつなっぎたっくなあ~る♪」
と、歌いながら歩いているのである。

私はかつて、児童養護施設で育った女性から「家族が出てくるCMを見ると、自分にないものを刺激されて苦しくなる」と聞いたことがある。
だが、これは中野区民にとっても、馴染みのない世界だ。
こんな爽やかな老人、見たことがない。老人というのは、もっと鬱屈したものではないのか。

さらに歩みを進め、公園に目をやると、今度はテーブルを挟んで昼間から見つめあうカップルがいる。ベンチには、ノートパソコンを開くブロンドの外国人。その横には、自転車を停めて休憩中のサラリーマン。
どこを見ても、CMである。

それも、誰一人、もっさりしていない。
ファッションから佇まいまで、みなが完璧に演者としての役割をこなしている。

私はショックを受けた。
CMは虚像だと思っていたけれど、まさか港区に実存するとは。漂白されたような人々が、エキストラのように暮らしているなんて考えたこともなかった。

ひるがえって、自分の暮らす中野区を思い浮かべると、全員が異常者に見えてくる。精神がまともな人なんて、中野区にはいない。絶対にいない。

屠殺場跡を見に来たつもりが、想像を超えるセレブの暮らしを目の当たりにして、私は右頬をぶん殴られたような気分になった。あやうく左頬まで差し出しそうになった。
こんなところにいたら、私まで彼らを引き立てるためのモブキャラにさせられてしまいそうだ。

逃げ帰るようにして中野の雑踏にたたずむと、よどんだ空気に深く安堵するのだった。

だが、そんなセレブの街、港区にも不審者は出るらしい。

「日本不審者情報センター」からのお知らせによると、今年10月、港区南麻布4丁目の路上で、登校中の男子小学生に長髪の男が近づき、「〇〇学校の子だよね」「株価が7万円切ったの知ってる?」と声をかけてきたという。

なんだか不審者までインテリジェンスを感じるのは気のせいか。

中野区では、その昔、頭にパンツをかぶった男が中野サンプラザ付近に出没するという不審者情報があった。すでに10年以上前の話だが、私は実際に遭遇した女性からも話を聞いたし、警察からの注意喚起もきたので、よほど頻繁に現れていたのだろう。
このパンツ男を探すべく、夜の中野サンプラザを散策してみたこともあったが、出会うチャンスはなかった。

では、他県の不審者はどうか。

今年10月、神戸市東灘区の保育園に、「死ね」と赤文字で書かれた人形の頭部を投げ入れたとして、無職の女(42歳)が逮捕された。女は、「園児の声がうるさかった」などと動機を話しているという。

ナイスです。不審者というからには、これくらいであってほしい。「犯罪というほどでもない」というギリギリラインで、己のセンスを発揮してほしい。

セレブの言う「不審者」など、所詮「ただの人」なのである。


 

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写真家・ノンフィクション作家のインベカヲリ★さんの新連載『それが、人間』がスタートします。大小様々なニュースや身近な出来事、現象から、「なぜ」を考察。

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インベカヲリ★ 写真家、ノンフィクション作家

写真集『やっぱ月帰るわ、私。』『理想の猫じゃない』『ふあふあの隙間』。著書『家族不適応殺 新幹線無差別殺傷犯、小島一朗の実像』『私の顔は誰も知らない』『伴走者は落ち着けない』『未整理な人類』など。

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