私はIPになりたい

ピーポくん熱が冷めてしまった。
警視庁のキャラ「ピーポくん」の話だ。もうずいぶん前からな気がする。
その理由を話す前に、なぜ私がピーポくんを好きだったのかを説明しなければならない。理由はもちろん、見た目ではない。あの黄色い動物を見て「かわいい」と思ったことは一度もない。
最大の理由は、国家権力にマスコットキャラクターがいるという存在の奇妙さだろう。最近では、交番や警察署の壁にも、旭日章の代わりにピーポくんがいる。こんな国は、世界広しといえども日本だけではないだろうか。
そして、ピーポくんグッズだ。教習所や警察博物館に行けば多少は売られているが、基本的にその多くは市場に流通していない。大量に存在するピーポくんグッズの約9割は非売品だ。これらは、警察のアンケートに答えたり、街で配っているものを貰うことでしか手に入らない。
あるいは、何かしらのかたちで警察とかかわったときだ。
私は以前、知人カップルが殺し合いをして生活安全課に保護された際、警察から、女性側の帰りの付き添いを頼まれたことがある。そのとき、「代わりにピーポくんグッズください」とお願いしたら、警察署に置いてあるグッズをかき集めてくれた。
しかし、そのときですら、タオルハンカチ、キーホルダー、ボールペンといった街で配っているレベルのグッズが関の山。ピーポくん食器などの高級路線になると、家族に警察官がいるなどしなければ手に入らない(という噂)。
あるいは以前、雑誌の編集部を介して警視庁広報課と交流会をしたことがあり、その流れで警視庁を案内してもらえる機会に恵まれた。そのとき、一般人は入れない警視庁の売店でピーポくんグッズが大量に売られているのを見て歓喜し、Tシャツや手提げバッグなど、レアグッズをしこたま買い込んだ。
つまりピーポくんの最大の特徴は、警察と何らかの関わりを持たなければグッズを手にいれられないところにある。資本主義とは違うベクトルにいるのだ。
ところが、私が「ピーポくんが好き」を公言しはじめると、あろうことかメルカリで購入したピーポくんグッズをプレゼントしてくる人が現れた。
なんてこった! 全然文脈が理解されていないじゃないか。私が好きなのは、モノではなく構造だというのに。
これでは、ピーポくんグッズを集めるために警察に近づくという、ひそかな楽しみを取り上げられたようなものだ。
こうして部屋にピーポくんグッズが増えた結果、その虚無に耐えられなくなり、私はすっかりピーポくんが嫌になってしまったのである。
という話を知人にしたら、「私も同じ感じで税関のキャラが好き」という人がいたので、うれしくなった。
私は全く知らなかったが、なんでも税関には「税関資料展示室」というものがあるらしく、空港などで押収した偽ブランド品や、麻薬の密輸手口などが展示されているらしい。その税関のPRキャラクターが、「カスタム君」というそうなのだ。
問題はその見た目だ。黄色い犬のキャラクターなのだが、これが老舗テレビ番組『さんまのまんま』に出てくる「まんまちゃん」というキャラにそっくりらしい。もちろん、カスタム君のほうが登場は後だ。
彼女曰く、「作者が一緒なのかなと思ったら全然違った。税関ではパチモンを押収しているのに、カスタム君自体がパクリっぽいところが税関らしくていい」とのこと。
なるほど。“背後の文脈が好き”という意味では、私がピーポくんを好きなことと近いものを感じる。
キャラと言えば、中野区には、中野区民なら誰でも無料で借りられる人形というものがある。という話をすると、他区の住民には想像がつかないようで「え、もう1回言って」と言われることがあるが、つまり中野区民なら誰でも借りられる人形があるのである。
それが、球体関節人形「中野大好きナカノさん」だ。

2019年に酒井直人中野区長が中野区のPRのために始めた制度で、日時を指定すれば役所で受け取ることができる。ただし、中野区より外には連れ出してはいけない。
私も一度借りたことがあるが、役所の人曰く、「ミッキーマウス方式です」とのことで、同じ人形が複数体いて同時多発的に稼働しているらしい。
このナカノさんのプロフィールがなかなかいい。
男なの? 女なの?「気にしたことなかった」。
友だちの数は?「気にしたことなかった」。
身長は44cm。
さすが中野区、多様性に配慮したパーフェクトな設定。中野区民の生態をよく理解している。もしもオタクを意識した美少女系フィギュアだったら、さぞ反感を買っていたことだろう。
それにしても、世の中はどうしてここまでキャラで溢れているのか。
最近は、出版社でも本が売れないので「IP事業を盛り上げよ」と会議で盛んに言われているらしい。IPとは知的財産のことで、要はキャラクタービジネスのことだ。
ひとたび国民的キャラが生まれれば、企業は安泰。出版業界は、もはや本ではなく、キャラを生み出すことに必死なのである。
いいなあ、私も知的財産になりたい。
インベカヲリ★がIPになるかどうかはともかく、世の中では、うっかりすると勝手にIP化され、乗っ取られてしまうこともある。
それが2012年に起きた、フレスコ画修復へたくそ事件だ。
スペインの小さな町にある教会で、キリストを描いたフレスコ画が経年劣化で剥がれ落ちているのを見て不憫に思ったおばあちゃん(当時81歳)が、ボランティアで修復を申し出た。彼女は過去にも、サンタクララ修道院の絵画修復に携わった経験があり、信用を得たという。
ところが、実際に修復されたフレスコ画は、顔がサルのように描き換えられた酷い代物だった。この大惨事がメディアで報じられると、たちまち「史上最悪の絵画修復」としてネットミーム化し、コラ画像が乱立。大爆笑とともに、フレスコ画は世界中の人々のおもちゃとなった。
結果、実物を見ようと、町の観光客は3倍に膨れ上がり、グッズ販売が展開されて経済がまわり、修復したおばあちゃんには著作権料が49%入ることになったとか。
しかし、納得いかないのは、フレスコ画を描いた画家の子孫だ。元の絵を復元不可能なほどめちゃくちゃにされたあげく、著作権まで奪われたのだ。「おい、ちょっと待てよ」となるのが当然だろう。
その後、著作権収入をめぐり揉めたらしい。
イエス・キリストという世界最大級のコンテンツが、巨大すぎるがゆえに、簡単に文脈を塗り替えられ、乗っ取られてしまう。これほど恐ろしいことがあるだろうか。
私もIPになった際は、戸籍を別人に乗っ取られないよう注意したい。
それが、人間

写真家・ノンフィクション作家のインベカヲリ★さんの新連載『それが、人間』がスタートします。大小様々なニュースや身近な出来事、現象から、「なぜ」を考察。
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