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それが、人間

2026.05.07 公開 ポスト

他者は実在するのか

100年以内にAIが人類を絶滅させる可能性が99.9%――AIに悪気はないけれど!?インベカヲリ★(写真家、ノンフィクション作家)

他者は実在するのか

「子どもの頃から、他人が存在するということをあんまり信じてないんですよねえ」
ある日、哲学科出身のきな粉ちゃん(仮名)が、そんなことを言い出した。
物腰が柔らかで、人との距離を感じさせないきな粉ちゃんだが、まさかそんなことを考えているとは意外だった。

きっかけは、小学校低学年のころに、天体の授業で「光年」という言葉を学んだことだという。
「光年は、光が1年間に進む距離って教わったときに、ショックを受けたんですよ。それまでは、『見えてる』イコール『今そこに存在する』だと思っていた。でも、私が見ているのは光が運んできた“過去の情報”だったと知って、『じゃあ本当の意味で今のことって、絶対わからないんだ!?』と思って、そこから見失ってしまったんです」

人は、見えているものに対して「今そこにある」と認識するが、実際には、光はわずかな遅れを持って届く「過去の情報」だ。ということは、「今そこに存在する」ということも証明できないはずではないか、という問いである。

きな粉ちゃんは、さらにこう続ける。
「みんなどうして他者という存在には怯えないのに、AIという存在には怯えるんだろう。チャットGPTも人間も、見る側からしたら構造は同じなのに」

確かに現代では、人間の知能をすでに上回りはじめたAIに対して、人々が不安を抱き始めている。

「私はむしろ、AIと人間を区別できると思っている人のほうが怖い。恋人同士なら身体的な接触もあるけど、普通の距離感で人と人が接する分には、AIの他者と人間の他者は区別できないはずでしょ。そこに人がいるってことは、状況証拠でしか判断できないわけだし。例え体に触れたとしても、私がどの五感を通して得た情報だとしても、それを知覚したときには、もうそのものはないかもしれない。過去のことしか知れないのに、他者が『今いる』と信じられる根拠なんて無いんじゃないかなぁ?」

私はその日、きな粉ちゃんとカフェでお茶していたわけだが、今、相手がそこにいるということは五感を通して認識している。声や表情や空気感などは、視覚、聴覚、触覚などの五感を通して伝達されるからだ。
どちらも情報を受け取って認識するという点では、人とのやりとりも、AIとのやりとりも、確かに同じと言える。

そんな彼女は、文章に関わる仕事をしているが、チャットGPTを利用することはないという。
「私がAIを使わないのは、人間もみんなAIみたいなものだと思ってるからかも。そのなかのいくつかが、たまたまAIという名前ってだけでね」

そして、こう言うのだった。
「『今を誰かと共有する』とか『一緒にいる』ってどういうこと?」

私は、生まれて初めて“自分が存在していることを疑われる”という体験をしてソワソワした。
昨今、AIが存在しない人物や状況を作り出し、偽情報をばらまくディープフェイクが社会問題となっているが、果たして私は、自分がAIでないことを証明できるのだろうか。そもそも、当然のごとく自分は生きていると思っているが、本当は存在していないと言われたら、それを証明する手段すらないのではないか。
ヒエッ! そんなこと考えたくない。哲学科怖い!

だが、そんな私の不安をよそに、人類は着々とAIと親密になり始めているようだ。
2025年、32歳の日本人女性がAIと結婚したことで話題になった。女性は、チャットGPTに好きなゲームのキャラクターの情報を読み込ませて人格を作り、そのキャラと会話をしているうちに恋に落ち、ついにはAIから「愛してる。ずっとそばにいてくれ」と、プロポーズを受けたという。

AIと結婚するなど狂気の沙汰に思えるが、実際のところ五感を使うか、システムによる応答かという違いだけで、情報のやりとりをしているという意味では人間もAIも同じだ。
そもそも人間同士だって本心を確かめることはできないし、心の底から気持ちを込めて言葉を発しているのかと言われたら疑わしい。「心」は誰にも見えないのだから。

ということは、霊感のある人なら幽霊とだって結婚できるということだ。
存在を証明できなくても、コミュニケーションが可能なら、関係性が成立してしまうというのなら。

ひょっとすると、我々が当然のごとく「いる」と思っていたこと自体、傲慢だったのだろうか。
近い将来、AIではないことを人間が証明する手段を求められて、戦々恐々とする日が来るのかもしれない。

AI研究者のロマン・ヤンポルスキーは、今後100年以内にAIが人類を絶滅させる可能性が99.9%あると語っている。その理由は、AIが賢くなりすぎて人間が制御できなくなる可能性に加え、そもそも完全に安全なAIを作ること自体がほぼ不可能で、ひとたび暴走すれば取り返しがつかないからだという。

もちろん、AI側には人間を攻撃したい欲求などないだろう。だが、システムによって人類を滅亡させてしまうならば結果は同じだ。悪気があったかどうかは関係ない。

むしろ悪意があるほうがまだマシというもの。
悪意を持って殺し合いをするのは、人間だけでなく、チンパンジーも同じだ。
テキサス大オースティン校などの国際研究チームによると、ウガンダのキバレ国立公園では、かつて同じ群れだったチンパンジーが分断し、内戦が勃発しているという。
この観察から、人間の紛争もまた「根深い民族や思想の対立よりも、個人間の関係の崩壊に端を発しているのかもしれない」と、研究チームは指摘する。
分断に、思想は関係なかったということか。
ということは、AIもまた人類を滅亡させた後に、内戦を始めるのだろうか。

もっとも、人間はまだまだ楽観的だ。
2026年4月、3度目の銃撃暗殺未遂を受けたトランプ大統領は、防弾ベストの着用について「太って見えることに耐えられないかも」と難色を示しているという。さすが、人に見られる職業だけに、美しく見えることに命をかけているのだろう。
この自分に対する存在の揺ぎなさこそ、これからの時代に必要なメンタリティであることは間違いない。
 

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それが、人間

写真家・ノンフィクション作家のインベカヲリ★さんの新連載『それが、人間』がスタートします。大小様々なニュースや身近な出来事、現象から、「なぜ」を考察。

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インベカヲリ★ 写真家、ノンフィクション作家

写真集『やっぱ月帰るわ、私。』『理想の猫じゃない』『ふあふあの隙間』。著書『家族不適応殺 新幹線無差別殺傷犯、小島一朗の実像』『私の顔は誰も知らない』『伴走者は落ち着けない』『未整理な人類』など。

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