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それが、人間

2026.06.08 公開 ポスト

盗まれて新しくなる

盗まれるより怖い――下着が新品になり続ける部屋で起こっていたことインベカヲリ★(写真家、ノンフィクション作家)

盗まれて新しくなる

以前、長崎市内の小中学校で、生徒たちの上履きを盗み、新品へとすり替えていた男が逮捕された話を書いたが、どうも昨今の窃盗業界では、この「盗む」から「すり替える」という新たな手法が流行りつつあるらしい。

今年5月、都内に住むアルバイトの男(33歳)が、知人女性の暮らすアパートに約2年半にわたって侵入し、下着など100点以上を盗んだとして逮捕された。

男は、2022年にオンラインゲームで女性と知り合い、翌2023年に初めて対面。一目惚れしたという。その後、交際を申し込んだものの断られた。
しかし、諦めきれなかったのか、同年、女性宅を勝手に訪れた際、ベランダの鍵が開いているのを見つけて侵入。室内にあった鍵から合鍵を作ったという。
その際、部屋にあったスケジュール帳を見つけ、女性の生活パターンを把握。以降、家を空ける時間を狙って、不法侵入を繰り返していたらしい。

通常の下着窃盗犯であれば、盗めば終わりだ。しかし、この男は違った。
事前に下着の種類や色を調べてネットで購入し、新品にすり替えたうえで盗んでいたというのだ。さらに、収納されている下着は同じように畳んでしまい、脱ぎ捨てられていれば同じ状態で放り出しておくなど、現状維持にも努めた。もちろんこれは、発覚を遅らせるためだ。

事実、女性は男の侵入にまったく気が付いていなかったという。
新品にすり替えられた下着に違和感は抱いていたものの、警察には相談していなかった。そりゃそうだろう。
ベランダに干していた下着ならまだしも、タンスにしまっていた下着が新しくなっているのだ。
「うちにある下着が、新品に変わっている気がするんです」
などと交番で訴えても、まともに取り合ってもらえるとは思えない。まして、物が無くなるのではなく、新しくなっているのだ。
「それでなにか困ることがあるんですか?」
などと言われたら、ぐうの音も出ない。

これは怖いことだ。
本来、窃盗は「消える」ことで発覚するが、この事件では「新しく」なるのだから。
もしも女性が犬を飼っていたら、ある日突然、若い犬とすり変わっていたかもしれない。それを証明する手だてなどないではないか。

私が同じ立場だったらどうだろう。自分が多重人格になったと疑うか、あるいは時空が歪んで、パラレルワールドに迷い込んでしまったと思うのか。いずれにせよ、スピリチュアルにのめり込みそうだ。

だが、この事件のケースは、よくも悪くも変態窃盗犯の仕業だった。「なんかおかしい」と感じていた彼女にとっては、原因がわかってホッとした部分もあったかもしれない。

ちなみに事件発覚のきっかけは、手帳に記していない予定があったことだ。その日、歯医者へ行くためいつもより早く帰宅したところ、自宅にいた男と鉢合わせになったという。男はこのとき、室内に設置していた隠しカメラを回収していたところだった。窃盗だけでなく、盗撮までしていたのだ。
そのまま男は、現行犯逮捕。自宅からは、女性の運転免許証や身分証明書なども見つかり、「女性のものであれば、手に入れたかった」と供述しているという。

ここまでくれば、もはやコレクターだ。

男は、彼女に交際を申し込んで断られていたと言うが、一連の行動を見ていると、彼女自身を求めていたとはとうてい思えない。そもそも本当に好きなら、地道に交友関係を続けてチャンスを伺えばいいだけの話だ。それを、発覚すれば即絶縁レベルの行動を繰り返していたのだから、愛があるとは思えない。

では、その目的は何なのか。
彼の行動をシンプルに見ると、女性の居住空間から物品を持ち出し、コレクションしていたことになる。つまり、男の自宅には、女性の持ち物によって作られた「もう一つの女性の部屋」が存在していたかもしれないのだ。
ひょっとすると男の真の目的は、サグラダファミリアのように、”完成することのない女性の部屋”を拡張させていくことにあったのではないか。

まあ、全部憶測だが。

問題は、このような「すり替え型」窃盗事件が、今年に入って立て続けに起きているということだ。今後、あらゆる事件が「盗む」から「すり替える」へと変質していくのかもしれない。
そうなれば、世の中はどうなるのか。

例えば、自転車のサドル窃盗。年一回くらいのペースで逮捕者が出ているが、こちらもサドルを奪っていくだけではなく、新品とすり替えるという手法に変わるかもしれない。デザインが同じなら、盗まれた側は一生気づかないだろう。

あるいは、かつて長野県の善光寺で起きた「びんずる尊者像窃盗事件」。
通称「なで仏」とも呼ばれ、参拝者が自分の体の悪い部分と同じ個所を撫でると、怪我や病気が治ると言われている仏像だ。
そのびんずる様が、2023年、あろうことか男によって盗まれる事件が起きた。
だが、もしも犯人が仏像を盗むだけでなく、自らとすり替わっていたらどうだろう。男が定位置に座って撫でられ続けていれば、参拝者はまさか偽物とは思わないはずだ。びんずる様がいなくなったことに、誰も気づかないまま年月が過ぎたかもしれない。

闇バイトだってそうだ。これまでは、裕福な家に押し入り、住人を襲って金を奪っていくスタイルだったが、犯人がその家の息子とすり替わり、富裕層の子どもとして生きていくという新たな犯罪が生まれるかもしれない。
「俺だよ俺」と言われて疑わない親なら、赤の他人が帰省しても、すんなり息子として受け入れてくれるはずだ。そのまま親孝行をし続ければ、強奪などせずともポンとお金を渡してくれるだろう。

結局のところ、我々にできる対策は、自分の身の回りのものが本当に昨日と同じものなのか、常に疑い続けることくらいだ。
まずは、自分は本当に自分なのかを確認するところから始めたい。

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写真家・ノンフィクション作家のインベカヲリ★さんの新連載『それが、人間』がスタートします。大小様々なニュースや身近な出来事、現象から、「なぜ」を考察。

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インベカヲリ★ 写真家、ノンフィクション作家

写真集『やっぱ月帰るわ、私。』『理想の猫じゃない』『ふあふあの隙間』。著書『家族不適応殺 新幹線無差別殺傷犯、小島一朗の実像』『私の顔は誰も知らない』『伴走者は落ち着けない』『未整理な人類』など。

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