今月から、エッセイストの長瀬ほのかさんによる新連載がスタートします。長瀬さんは『わざわざ書くほどのことだ』(双葉社)でも知られる、いま最注目の書き手! この連載は、長瀬さんのこれまでの人生における思い出深いエピソードをユーモラスに綴っていく内容です。
初回のトピックは「亀」。亀です。
(じつは幻冬舎でも、松竹梅という名前の亀を飼っていたりします)
みなさんはペットの思い出はありますか?
* * *
我が家に2匹の亀がやってきたのは、小学生の頃である。
私はずっとペットが飼いたくて、サンタクロースに子犬を所望するなどしていたが、それが叶うことはなかった。親の意向に決して背くことはないのがサンタクロースというものである。
父も母もむかし犬を飼ったことがあるらしいが、私の気持ちを折るためなのか、手に負えない暴れ犬で苦労したとか、事故で死んでしまって悲しくて悲しくてもう二度とあんな思いはしたくないだとか、気勢をそぐような話ばかり聞かされた。
父が子供の頃に飼っていた犬はもともと野良犬らしく、父方の祖母・京子によれば、「だって、ついてきちゃうんだもん」と主張して連れ帰ってきた父の手には、犬を繋いだ縄がしっかりと握られていたという。
そんな父が今度は亀を連れて帰ってきた。家族で出かける予定が父の急な仕事で中止になった日だった。亀に注目させることで非難の目を逸らそうと考えたに違いない。父の目論見通り、私と弟たちはドタキャンのことなどすっかり忘れ、突然の亀の登場に大興奮したものである。
2匹は大きさに少し差があったことから、「チビ」と「デカ」と呼ばれた。はじめは仮の呼び名のつもりだったが、結局そのまま定着した形である。
水槽の掃除などは父がやっていたので、私の世話といえば餌をやることくらいであった。水槽の前に立つと大騒ぎでドタバタと近づいてくるチビとデカ。餌に反応しているだけなのは明らかであったが、ペットが懐いている雰囲気は味わえたので、満更でもない気分だった。チビとデカは年々成長し、チビはデカく、デカはさらにデカくなっていった。
亀には日光を浴びる時間が必要で、たまに日光浴させていた。普段は水槽越しにしか見ることができないチビとデカを、直接触ることができる貴重な機会だった。地面をのしのし歩いている姿は可愛らしかったし、脱皮しかけている甲羅の皮を見つけて剥がすのも楽しみだった。
ある日、双子の弟たちと一緒に家の前でチビとデカを日光浴させていると、いくちゃんとその弟がふらっとやってきた。いくちゃんと私は同い年で、いくちゃんの弟と私の弟たちも同い年で、すぐ近所に住んでいたので家族ぐるみで仲良くしていた。
いくちゃんの家には、「君」と書いて「クン」と読む犬がいた。くりくりの白い毛のマルチーズだった。こう言っちゃなんだが、君はかなり激しい犬だった。遊びに行くと飛び跳ねながらキャンキャンキャンキャン大声で吠え続けるので、私はいつもビビりまくっていた。とはいえ、曲がりなりにも犬の飼育を夢見る者として、どうにか手懐けてみたいという欲が出る。撫でてみようと何度も試みたが、君はケージから飛び上がって私の手に噛みつき、振りほどこうとしてもぶら下がって離さず、私は痛みと恐怖に泣き叫ぶ羽目となり、そのたびキラキラと憧れてきた犬がいる暮らしのイメージに、くっきりと歯型がついたのであった。
その点、亀はいい。基本的に噛まれる心配はないし、甲羅さえ持ってしまえばこっちのもの。
動きものろい、はずだった。
弟たちはどこかへ遊びに行ってしまい、私は亀の日光浴を眺めながらいくちゃんとお喋りに興じていた。もちろん目を離さないように気を付けていたつもりだったが、ふと見ると、いない。
チビとデカがいない。
アニメみたいに、亀の形を縁取った点線が二つ、いたはずの場所でチカチカ点滅していた。焦って周囲を見回しても、影も形もない。本当に一瞬だった。こんなの、二足歩行でとっとこ走ったとしか思えない。亀の脚力を完全に舐めていた。
親も呼んで捜索したが、見つからないまま暗くなってしまった。家のすぐ近くには山沿いを流れる川があり、そちらに行ってしまったとしたら絶望的である。しかし、私は川には行っていないと信じていた。希望的観測かつ飼い主のエゴだが、あんなふうに水槽でぬくぬく暮らしてきたチビとデカが、厳しい自然の中へと自らその身を投じるとは、とても思えなかったのである。
私は迷子ポスターを作ることにした。模造紙に2匹の亀の絵を描き、特徴を記し、「亀を探しています」と書いて玄関先に貼った。
このポスターの出来が随分と良かったようで、両親や祖父母、ご近所さんからやたらと褒められた。今となっては絵の才能など凡に等しいが、その頃は他の子と比べてかなり絵が上手い方だったらしく、私が軽いノリで描いた案山子(かかし)を父がビニールで補強して庭に立てておいたら、遊びに来た母の友人がそれを大層気に入り、「頼むから譲ってくれ」と懇願して持ち帰ったこともあったという。どれだけ芸術点の高い案山子だったのか定かでないが、この案山子の件と迷子亀ポスターの件は、幼少期の私の器用さを語る上で欠かせない逸話として並び称されている。
しかし、いくらポスターが上手に描けたからといって、亀が見つかるかどうかは別問題である。ポスターが雨風に晒されて日に日に色褪せていくと、2匹が戻ってくる可能性まで薄れていく気がしてやるせなかった。
もうチビとデカには会えないのかもしれない。そう思い始めていた。
失踪から2週間ほど経った頃のことである。
突然、向かいの家のおばさんが訪ねてきた。その手にはなんと、亀が1匹。
「うちの車庫の端っこでじっとしてたんだよ。このポスター見てたから、すぐにわかったよ!」
種類や大きさの感じからしてうちの亀であることは確実だったが、それがチビなのかデカなのかは不明であった。我々はチビとデカを微妙な大小という相対的な基準で見分けていたためである。チビがいてこそデカはデカであり、デカがいてこそチビはチビなのである。どちらにせよ、戻ってきてくれて心底嬉しかった。おかえり、チビorデカ!
さらに、その数日後。
今度はいくちゃん一家がうちを訪ねてきた。なんと、亀を携えている。
「近所の人が車庫で見つけたんだって。亀を飼うのは子供がいる家だろうと思って、うちに持ってきてくれてさ。これ、ほーちゃんちの亀じゃんって!」
2匹揃って車庫が好きすぎである。
比較により、先に見つかったのがデカで、あとから見つかったのがチビであることがわかった。まさか2匹とも戻ってくるなんて、本当に奇跡だと思った。
チビもデカも衰弱している様子はなかったが、甲羅には汚れが付着し、無数の細かい傷がついていた。近所の車庫という狭い範囲ではあるが、きっと亀なりの冒険があったのだろう。なんだか顔つきまで精悍に見えたものである。
しばらくすると甲羅の冒険の証は脱皮により消え去り、チビとデカは元通りのぬくぬく室内亀に戻った。
それから数年後、私たち家族は父の転勤で引っ越すことになり、新居の都合により、チビとデカはすぐ近くの祖父母家へと居を移した。
小学生のうちは学校帰りに祖父母家に寄ることも多く、チビとデカにもしょっちゅう面会していたが、中学生、高校生ともなると何かと忙しく、存在を確認する回数が減っていた。そうこうしているうちに私は大学を卒業し、実家を出て札幌で働き始め、亀のことをすっかり忘れて過ごしていた。
何年も経った頃、ふいに思い出して、「そういえば、亀は元気なの?」と母に聞いてみた。すると、まさかの回答。
「もういないよ。結構前から」
「えっ、嘘。死んじゃったの?」
「うーん、たぶん。私もよくわかんないんだよね。京ばあ、あんたたちに申し訳なくて言えなかったんじゃないかね」
ひょうきんな一方、何かと気が細い京子なので、その可能性は大いにある。それならばわざわざ話を蒸し返して泣かせることもあるまいと思い、確かめることなく納得して、長いことそのままになっていた。
で、今回これを書くにあたり、やはり亀の最後を知っておいた方がよいだろうと考え、現在は叔母(父の妹)と住んでいる京子のもとに電話をかけた。御年93歳となった京子は昔と変わらぬ話しぶりではあるが、耳が遠くなって久しく、もはや開き直って思いつきで喋っているのか、時系列がぶっ飛んだ会話になりがちである。
そんな独自の時間軸で生きる京子に、「ねえ、亀って最後なんで死んじゃったの?」と聞いてみた。
「亀? ああ、亀いたね、えっとね……あっ! あんたコロ知ってる?」
コロとは、父が縄で繋いで連れ帰った例の犬である。どうやら京子の中に亀のことを思い出そうとする過程で必ずコロが出てきてしまう謎の回路があるようで、亀のことを聞くといつのまにかコロの話になってしまい、なかなか亀の詳細に辿り着けない。「コロじゃなくて、亀!」と何度もしつこく聞くと、結局のところよく覚えていないらしく、「こりゃ仏様に聞いてみなきゃならんね」とのことであった。
仏様とは、数年前に死んだ祖父のことである。確かに水槽の掃除など、世話を主にしてくれていたのは祖父だった。生真面目な祖父のことだから、最後まで出来る限りのことはしてくれていたに違いない。しかし残念ながら、語りかけることはできても返事はしてくれないのが仏様というもので、亀の最後については迷宮入りとなった。
ちなみに、夫の実家にもカメ吉という亀がいる。カメ吉は世襲制で、その前に飼っていた亀もカメ吉なのだという。
初代カメ吉は夫が子供の頃、外で水槽を洗っている間に失踪し、泣きながら探し回ったがそのまま見つからなかったらしい。奇遇にも夫婦で似たような過ちを犯していたわけだが、2匹とも回収することに成功した私としては、やはりポスターの有無が明暗を分けたのではと思わざるを得ない。
二代目カメ吉は私が水槽に近づくとドタバタと大騒ぎしてこちらに向かってくる。たまにしか会わない私に懐いているわけがないのだが、その姿にチビとデカを重ね、やっぱり満更でもない気持ちになるのだった。
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戻りたいとは言ってない

\今がいちばんだけど、読み返さずにはいられない! ユーモアあふれる思い出たち/
note主催の創作大賞2024で双葉社賞エッセイ部門を受賞した、人気エッセイストの長瀬ほのかさんによる新連載。北国(北海道)に生を受けた彼女は、学生時代、独身時代をどう過ごして今にいたるのか? 今の長瀬さんを形作った思い出の日々をたどる連載エッセイです。
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