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それが、人間

2026.09.22 公開 ポスト

札束で助かる命

「生まれたくなかった」「自分より不幸な人がいると元気になる」――人生に絶望する人たちと、42枚の札束で銃弾から命を救われた男インベカヲリ★(写真家、ノンフィクション作家)

札束で助かる命

 

生まれてきたことを後悔している人たちに、最近よく出会う。
先日会ったある女性は、「苦しい世界に生み落としたのだから、親には不同意出産罪がある」と述べていた。
すごい言葉だ。

また別の女性からは、「もし生まれるかどうかを自分で選べるなら、私は生まれたくない。誰だってそうでしょ。この世に存在したくないと思うよね?」と、同意を求められた。

ある種の人にとって、この世は苦行ということだ。

彼らは自殺未遂をしたりするわけではないので、死にたい人たちとはまたジャンルが違う。
生まれた以上は生き延びようとしているため、妙にアクティブでもある。そして、そこには様々な工夫があるようだ。

ある夏の日、ドトールでアイスコーヒーを飲みながら、Aちゃんはつぶやいた。
「毎年、春から夏にかけて、絶望的な気分になるんですよねえ」
Aちゃん曰く、現在は「鬱っぽい状態」だという。
もっとも、私から見たAちゃんは、まったく鬱には見えない。その日だって、外に出て私と会っているし、毎日仕事にも行っている。そもそも喋り出すとテンション上がりまくって止まらない。
でも本人的には、やる気の出ない日々が続いているという。
「逆に秋から冬にかけて、周りが枯れ始めると元気になるんですよ」
おそらく、テンションの無駄打ちをせず、効率的に動けるという意味なのだろう。

つまりAちゃんは、周囲との対比によって、気分の上がり下がりが決まるということだ。
まわりが意気消沈していたほうが、元気になれるのである。
「コロナ禍のときは、スゲエ元気だったんですよ。みんなが自粛して、しーんとなってるときに、『やったぜ!』『みんな引きこもってるからランニングしよ』みたいな感じで」

実は、こういうタイプは、私の周りにけっこういる。

東日本大震災が起きたときは、引きこもり気味だった人ほど急にギラギラし始め、自転車で街を暴走したり、現地に飛んで支援に走るなどしている人を複数観測した。

よく、鬱は伝染するとか、不幸な人を見ると自分も引きずられるなんて話を聞くが、周囲が苦しんでいると元気になるという逆パターンもまた、人間の心理の一つという気がする。

私はといえば、これがまったく同じ種類の人間だ。
人生がうまくいっている人と一緒にいるより、うまくいっていない人と一緒にいるほうが心が落ち着く。

これはたぶん、幼少期の体験に起因するのではないかと勝手に思っている。

私は、なまじ大宅壮一ノンフィクション賞にノミネートされたりしているので、まともな人間だと誤解されやすいのだが、小・中学校時代の成績は、ほぼオール2。1じゃなかったのは、学校にはちゃんと毎日来ているからで、それでも教科によっては1を取ったこともある。
走っても一番遅いし、リコーダーも吹けないし、算数は引き算で挫折。あげくに、ほとんど喋らない。人の話が理解できるほど頭が回らなかったからだ。

その頃の私といえば、「生きているのが可哀そうだから、早く死なせてあげよう」という気持ちで、よくカタツムリを殺していた。

大人になって、いろんな人を取材をするようになったけれど、逮捕された被告人と話しても、たいてい私より頭がいいし、風俗で働いている女の子たちもたいてい私より学歴が高いし、精神科に入院している人たちなど、言わずもがな。
闇バイトで逮捕されている若者だって、きっと私より勉強ができるんだろうなと思う。

以前、とある出版社の編集長に会ったとき、「厚木はマッカーサーが来たところだからさあ」と話を振られ、「えー! そうなんですか」と答えたら、「インベさん、ヤバいよ」とつぶやかれた。
「義務教育で習ったでしょ?」「何で知らないの?」「ねえ、なんで?」と、不思議がられる場面が、これまで何度あったことか。

先日も、周りから境界知能呼ばわりされている人が、「AからZまで筆記体で書ける」と知り、なんだ私より上か、と思ったばかりだ。

しかし逆に、なんで多くの人たちは、学校で教わったことが頭に入っているんだろうと思う。他人の言葉が頭を素通りしていくという子ども時代を送った人って、他にいないのだろうか?

まあ、そんな人生だったから、「私以下」という人間にはなかなか出会うことがなかった。
高校時代の電車通学では、人身事故で電車がストップするたび、「この世界に私より死にたがってる人がいた!」という事実に、その日一日だけ心が落ち着いたくらいだ。

人間はみんなクズである。
自分より優れている人だけを見続けていたら、そりゃ憂鬱になるよなと思う。
ちなみに、さすがに今はそこまでのことは思わない。

さて、こうしてみんな、各々に折り合いをつけてなんとか生きるモチベーションを保っているわけだが、中には自分の努力とは関係なく、運だけで生き延びているように見える人もいる。
それを語る上で、忘れられない事件がある。

1992年、大阪府に住む歯科医の男性が、自宅へ帰るところを男に呼び止められた。歯科医は、男から「〇〇さんですか?」と聞かれ、「はい」と答えた瞬間、左胸をピストルで撃たれ、犯人は逃げて行った。誰もが、即死したと思ってもおかしくない状況だ。
しかし、歯科医は無傷だった。
上着の内ポケットに入っていた札束が、銃弾を食い止めたのだ。ワニ革の財布に入った計42枚の紙幣が、防弾チョッキ代わりになったのである。

札束で助かる命がある。

ちなみに犯人は今も見つかっていないらしい。
被害者の歯科医は、「知らない男だし、なぜ撃たれたのかもわからない」と述べたというが、本当だろうか。加害者より、歯科医のほうが悪人に見えてくるのは気のせいか。

だが、正直、死ぬほどカッコイイ助かり方だと思う。
私も、いつかピストルで撃たれても、札束で受け止められるような人間になりたい。

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それが、人間

写真家・ノンフィクション作家のインベカヲリ★さんの新連載『それが、人間』がスタートします。大小様々なニュースや身近な出来事、現象から、「なぜ」を考察。

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インベカヲリ★ 写真家、ノンフィクション作家

写真集『やっぱ月帰るわ、私。』『理想の猫じゃない』『ふあふあの隙間』。著書『家族不適応殺 新幹線無差別殺傷犯、小島一朗の実像』『私の顔は誰も知らない』『伴走者は落ち着けない』『未整理な人類』など。

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