ついに。ついについに。
パーソナルトレーニングに通いはじめた。いわゆるジムである。ジムと聞いて連想する、あのダンベル?重たいものを持ち上げたり、前からぶら下がっている何かを引っ張ったりする、あれだ。本当に、あれをやる日が来た。
初回の体験レッスン。
説明を受け、トレーニングエリアへ向かう。スクワットやヒップリフト(恐らく)と呼ばれるものをやった。トレーナーさんの掛け声に励まされながら、うめき声をあげ、顔を歪ませ、なんとか最後まで頑張る。
きつい。とにかくきつい。
ところが、終わってみると「今日は体験なので、いつもの3分の1くらいです」と言われた。
え?これで3分の1?恐ろしいところへ来てしまった。
ただ、「体の軸がいいですね!」なんて褒めてもらえると、ついつい頑張ってしまう。褒められると伸びるタイプなのだ。いや、伸びるかどうかはわからないが、頑張るタイプではある。
すべてが終わり、お見送りまでしていただいた。ありがとうございました!と元気に挨拶をして帰ろうとすると、もうすでに足が悲鳴をあげていた。
受付のある2階から階段を降りようとした、その一段目。
ガクッ。足に力が入らない。危ない!と咄嗟に手すりをつかむ。なんだこれは。子鹿だ。生まれたての子鹿である。
手すりがなければ、まともに階段を下りることすらできない。さっきまで普通に歩いていた人間が、たった数分のトレーニングで、生まれたての子鹿になってしまった。
こういうのは、翌日に筋肉痛が来るものではないのか?翌日来たから、まだ若ーい!なんて安心するものではないのか?直後からこのダメージとは、一体どういうことだ。
結局、その日は当たり前のように子鹿状態が続き、翌日も、その翌日も、まともに歩けない。3日間、私は普通の生活ができなかった。
階段はもちろん、椅子から立ち上がるのも一苦労。普段何も考えずにやっている動作に、こんなにも筋肉を使っていたとは。どれだけ筋肉を使っていなかったのだろう。
翌週、いよいよ本格的にトレーニングが始まった。覚悟して臨んだものの、この日は意外にも程よい疲労感。筋肉痛にはなったけれど、子鹿になることもなく、普通に生活ができた。
なんだ。いけるじゃないか。と思った次の回。
またしても、数日間の歩行困難。どうやら、先生によってきつさが違うらしい。
5回通った私的統計によると、女性のトレーナーさんの日は、その後数日間、歩行に支障が出る。
男性のトレーナーさんの日は、比較的平和に過ごせる。これは一体なぜなのだろう。
男性の先生は、あまりにも苦しそうな私の表情を見て、引いてしまっているのだろうか。真相はわからない。ただ、女性のトレーナーさんの日は覚悟が必要だということだけは学んだ。
そもそも、私がジムに通いはじめた理由。次の役に合わせて体を引き締めたいというのもあるけれど、一番の目的は体力をつけることだった。
体力の衰えを、疲れやすさを如実に感じている。いや、もっと前から階段を上ればすぐに息切れをしていたけれど、目を背けていた。撮影は長時間になることもあるし、やはり、体力がないとどんどんキツくなる。そしてもちろん健康のためにも。
トレーナーさんには週2回がおすすめだと言われた。週2回。ということは、ほぼ毎日筋肉痛なのではないか?それは果たして、健康的な生活なのだろうか。
少なくとも、数回のトレーニングを経て、大変そうな撮影の前日にジムへ行ってはいけないということは学んだ。
それにしても、ジムというのは不思議な場所だ。
自分一人だったら絶対にやらないであろう運動を、、誰かに励まされながら必死にやっている。
あと3回!と言われると、もう無理だと思っていても、なんとか頑張れる。
あんなに苦しかったのに、数日経つと、また行こうと思っている自分がいる。
一人でジムに通って、黙々とトレーニングをする生活は、私には向いていないと思う。走るのも嫌いだし、筋トレが好きになったわけでもない。
それでも、先生がいてくれると頑張れる。予約をしてしまえば、行くしかない。
そう考えると、自分に合った頑張り方を見つけることも、運動習慣を身につけるためには大切なのかもしれない。
この先、どれだけ体力がつくのか。体がどう変わっていくのか。まだまだわからないけれど、ちょっと楽しみでもある。
ひとまず目標は、トレーニングを終えても、人間の足で帰宅できること。
子鹿からの卒業である。
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いつまで自分でせいいっぱい?

自分と向き合ったり向き合えなかったり、ここまで頑張って生きてきた。30歳を過ぎてだいぶ楽にはなったけど、いまだに自分との付き合い方に悩む日もある。なるべく自分に優しくと思い始めた、役者、独身、女、一人が好き、でも人も好きな、リアルな日常を綴る。










