1. Home
  2. 生き方
  3. いつまで自分でせいいっぱい?
  4. ぬけ漬け。

いつまで自分でせいいっぱい?

2026.09.19 公開 ポスト

#111

ぬけ漬け。佐津川愛美

ぬか漬けをはじめた。

きっかけは、健康になろうという思い。まずは体力をつけたい。体もちょっとしぼりたい。そんな今日この頃。エステのお姉さんに言われたひと言だった。

「まずは、朝ごはんを何かしら食べるところからはじめてください。ぬか漬けのゆで卵とか、楽でいいですよ」

ぬか漬けの、ゆで卵。気になる。

 

ゆで卵を食べるのがいいことは知っている。手軽にタンパク質がとれるし、腹持ちもいい。そこにぬか漬けが加わるなんて、さらに体によさそうではないか。

そして何より、単純に味が気になる。

ぬか漬けには、20代の頃、一度挑戦したことがある。

料理を題材にしたドラマに出演したとき、撮影で使ったぬかを、フードコーディネーターの先生から分けていただいたのだ。うれしくて家に持ち帰り、これから毎日かき混ぜて、大切に育てようと思っていた。

ところが、すぐに地方ロケに出ることになった。

そして、そのまま、すっかり続かなかった。

当時の私は、仕事以外の暮らしを楽しむ余裕がなかったように思う。

丁寧に暮らしたり、毎日少しずつ何かに手をかけたり。そういう生活に憧れはあっても、仕事が忙しくなると、真っ先に手放してしまう。

けれど、最近は昔よりは少し、生活そのものを楽しめるようになった。

運動をはじめたり、できるだけ朝ごはんを食べるようにしたり。自分の体のことを、以前より気にかけられるようにもなった。
今度なら、もう少し大切にできるかもしれない。

そう思って、簡単にはじめられるぬか床を買った。

最初に漬けたのは、ニンジン。洗って、切って、入れる。以上。

本当にこれだけでいいのだろうかと思いながら、一日待って取り出してみる。

食べてみると、なんとまぁ、おいしい。

ほどよく塩気が染み込んでいて、ポリポリとした食感もいい。これだけで、ごはんが進む。立派なおかずである。白米とこれだけで充分。

そして意外にも、私はこのニンジンにすっかりハマってしまった。キュウリや大根やカブ。ぬか漬けにできる野菜はいろいろあるのに、永遠にニンジンだけでもいいかもしれない。

毎日、漬かったニンジンを取り出して食べては、また新しいニンジンを入れている。

そして、いよいよ気になっていたゆで卵も漬けてみた。殻をむいた固茹での卵をぬか床に入れて、一日。

いつものゆで卵が、コクのある、味わい深いゆで卵になった。塩をつけなくても、そのままでおいしい。

ぬか漬けゆで卵、おいしい!

楽で、タンパク質もとれて、体にもよさそう。これはいいものを教えてもらったと喜んで、今度はぬか漬けについて、いろいろ調べはじめた。

すると、動物性のものは、野菜とはぬか床を分けたほうがいい、という情報が出てきた。

なるほど。では、ゆで卵専用のぬか床をつくろう。

そう決めたものの、今度はどんな容器がいいのかが気になり、ずっとタッパーを探している。大きすぎても邪魔になるし、小さすぎても卵が入らない。冷蔵庫に収まりやすくて、密閉できて、洗いやすいものがいい。

ぬか漬けをはじめただけなのに、私の頭の中には今、かなりの割合でニンジンとゆで卵とタッパーがいる。

さらに、もしかしたら近々、また地方ロケに出る可能性が出てきた。

ぬか床、どうしよう。以前なら、そこで諦めていた。

けれど今回は、地方ロケにも持っていこうかな、と思っている。

小さなぬか床を持参して、スーパーで買った野菜で、地方でもぬか漬けをつくれたら。朝起きて、漬かった野菜とゆで卵を食べてから撮影へ向かえたら。

ちょっと、私の地方ロケの概念が変わるかもしれない。

昨年、一か月の地方ロケに行ったときは、三キロ太った。

外食やお弁当が続き、生活のリズムも崩れる。撮影が優先なのだから仕方がないと思っていたけれど、今年は運動もはじめた。自分の体を整えることが、少しずつ楽しくなってきている。

地方ロケだから仕方がない、ではなく、地方ロケ先でも自分の生活をつくってみる。

仕事にすべてを明け渡さず、小さくても、自分の暮らしを持っていく。昔、地方ロケに出たことで続かなかったぬか漬けを、今度は地方ロケに連れていこうとしている。あの頃は、そんな考えすら浮かばなかったなぁ。

そう考えると、少しだけおもしろい。ぬか漬けを続けられるようになったというより、昔よりも、自分の生活を置いていかなくなったのかもしれない。

旅先の冷蔵庫に、ニンジンとゆで卵の入ったぬか床が並んでいる。

そんな未来を想像しながら、今日もまた、漬かったニンジンを取り出し、新しいニンジンを入れる。

この小さな習慣が、これからの私の暮らしを、少しだけおいしく、健やかにしてくれたらいい。

【喜】夏があっという間におわりましたね。あ、38歳になりました!静かに健康に。それが一番有り難き。

関連書籍

佐津川愛美『今日も、自分を生きる練習』

映画『蝉しぐれ』でスクリーンデビュー以来、数々の作品で印象的な役を演じてきた佐津川愛美さん。本書は、30代後半を迎えた佐津川さんが、「演じる」ことと「生きる」ことのあいだで揺れながら、自分自身の輪郭を見つめ直した軌跡を綴った一冊です。映画という仕事場、一人旅での出会い、2年間のホテル暮らし、俳優以外への挑戦――。悩み、迷い、揺らぐ気持ちをまっすぐに見つめる誠実な言葉が胸を打つ、共感必至の初エッセイ。

{ この記事をシェアする }

いつまで自分でせいいっぱい?

自分と向き合ったり向き合えなかったり、ここまで頑張って生きてきた。30歳を過ぎてだいぶ楽にはなったけど、いまだに自分との付き合い方に悩む日もある。なるべく自分に優しくと思い始めた、役者、独身、女、一人が好き、でも人も好きな、リアルな日常を綴る。

バックナンバー

佐津川愛美

1988年8月20日生まれ、静岡県出身。女優。
Instagram http://instagram.com/aimi_satsukawa

幻冬舎plusでできること

  • 日々更新する多彩な連載が読める!

    日々更新する
    多彩な連載が読める!

  • 専用アプリなしで電子書籍が読める!

    専用アプリなしで
    電子書籍が読める!

  • おトクなポイントが貯まる・使える!

    おトクなポイントが
    貯まる・使える!

  • 会員限定イベントに参加できる!

    会員限定イベントに
    参加できる!

  • プレゼント抽選に応募できる!

    プレゼント抽選に
    応募できる!

無料!
会員登録はこちらから
無料会員特典について詳しくはこちら
PAGETOP