出張で行った仙台。ちょうど七夕まつりの時期だった。仙台の七夕まつりは、今回が初めて。せっかくだから見て帰りたいなぁと話していたら、レッスンの仕事を終えたあと、七夕飾りを見ながら駅へ向かえるルートを選んでくださった。
商店街には大きな七夕飾りが、ずらりと並んでいた。
想像していたより、ずっと大きい。長い。見上げるほどの高さから、色鮮やかな飾りが垂れ下がっている。その下を、暖簾をくぐるようにして歩いていく。
華やかなもの、流行りのもの、面白いもの、かわいらしいもの。凝ったデザインのものもあれば、手作りの温かさが伝わってくるものもある。会社やお店、学校ごとに作られた作品もあった。
長く続く駅までの道を、何度も立ち止まりながら歩いた。
どれだけの人が、この飾り作りに携わっているのだろう。デザインを考える人がいて、材料を集める人がいて、ひとつひとつ手を動かす人がいる。細かい飾りを切ったり、貼ったり、つなぎ合わせたり。きっと華やかに飾られるまでには、目立たない作業がたくさんある。
そして、完成を楽しみに待つ人がいる。毎年ここには、どれだけの物語があるのだろう。
今年はどんなものを作ろうかと話し合った時間。うまくいかずに作り直した時間。みんなで完成を喜んだ瞬間。私が知らないたくさんの人の時間が重なり合い、大きな七夕飾りとなって、街を彩っていた。
一人では作れない景色だなぁ。
そんなことを思いながら歩いていると、今回のレッスンに参加してくれた子たちと、そのお母さんに偶然遭遇した。
仙台の街の中で知っている顔を見つけると、それだけで嬉しくなる。一緒に駅まで歩くことになった。
歩きながら、お母さんが仙台のおいしいものを教えてくれた。
「シーラカンスモナカがおすすめです!」
とにかくおいしいらしい。聞けば聞くほど気になったけれど、お店は私が向かう方向とは違いそうだった。
「じゃあ、またの機会に行ってみます」そんな話をしながら駅に着くと、突然、お母さんが声を上げた。
「あっ!あっ!ほら!シーラカンス!!」
見ると、駅でちょうどポップアップショップが開かれていた。
「たまに駅で売っているとは聞いていたけど、私も見るの初めて!これはラッキーですよ!」
それならばと、みんなで列に並んだ。一人だったら、そのお菓子の存在すら知らなかった。たとえお店を見つけても、何のお菓子かわからないまま通り過ぎていただろう。
でも、その日はみんなで並んだ。どんな味なんだろうと話したり、どれを買おうかと迷ったり。買うまでの時間まで、なんだか楽しかった。
冷やして食べるのがおススメと教えてもらって、翌日食べたシーラカンスモナカは、とびきりおいしかった。
あんこの中に塩気のあるバターが入っていて、甘さとしょっぱさが口の中で重なる。一口食べて、「これは力説したくなる」と思った。
知らなかったものを、人に教えてもらう。一人では選ばなかったものを、誰かと一緒に選んでみる。
そうすると、自分の世界に、それまで存在していなかった味や景色が増えていく。
七夕飾りも、きっと同じなのだと思う。一人では作れないものを、誰かと話し、考え、手を動かしながら作っていく。そこに、見上げて楽しむ人たちが集まって、街全体がお祭りになる。
一人で過ごす時間も好きだ。自分の好きな方向へ、自分の速さで歩ける気楽さがある。
けれど、人といることでしか広がらない世界も、確かにある。人と話す。人に教えてもらう。人と一緒に笑う。
そうやって私たちは、自分一人ではたどり着けなかった場所へ、連れていってもらうのかもしれない。
初めて見た仙台の七夕飾り。初めて食べたシーラカンスモナカ。
そのどちらも、みんなのお陰で楽しめた。ずっと心に残る仙台の思い出。

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いつまで自分でせいいっぱい?

自分と向き合ったり向き合えなかったり、ここまで頑張って生きてきた。30歳を過ぎてだいぶ楽にはなったけど、いまだに自分との付き合い方に悩む日もある。なるべく自分に優しくと思い始めた、役者、独身、女、一人が好き、でも人も好きな、リアルな日常を綴る。











