この半年はよく働いたし、理不尽なことでイライラしたこともあったし、とにかくとにかく私にはゆっくりすることが必要だ。あたたかい海の近くでのんびり。フィジーかなぁ。フィジーに行こうか。わ、10日行けるぞ。あーフィジーに1人で10日は勿体無いか。じゃあニュージーランドか。お、ニュージーランドは色々ありそうだぞ。自然豊かみたい。劇場もある!かわいい街もある!よし。ニュージーランドだ!という、相変わらずのノリで決めた今年の一人旅。到着したらあたたかいどころか、南半球は冬で寒かった。
ニュージーランドに辿り着いて感じたことは、英語が聞き取りやすい。みんな優しい。みんな穏やか。みんな楽しそう。だった。
信号が青になってもすぐにピコピコして、もう赤になっちゃうの?と焦る私。だが、焦っているのは私だけ。慌てて走る人はいない。
別の時。前を歩く人が赤になりそうになったら止まって次の青になるのを待っていた。東京なら、赤になりそうになったら走ってピコピコのうちに渡り切る人が多いだろう。
時間がゆっくり流れているというより、「急がなくても大丈夫」という空気が街全体に流れていた。なんだか余裕があるのだ。
そして、とにかく「Thank you」が飛び交う国だった。言う側も聞く側も、ごく自然に「Thank you」を交わしている。
私は一日に何回「Thank you」と言っただろう。
そして、何回「Thank you」を聞いただろう。
店員さんは勿論、店員さんではない、こちらに接客する必要もない普通の道ゆく人たちも優しいのだ。
オークランドで長く泊まったのは民泊の普通のマンションだった。ホテルのようにスタッフさんがいるわけではない。初日。鍵の開け方がわからず苦戦していると、おばさまが当たり前に「ここにかざすのよ!ほら、簡単でしょ?」と優しく教えてくれた。嬉しかった。「Thank you」と言うと、当たり前のように笑顔で返してくれた。
またある日。出口へ向かうと、住人らしき男性が先を歩いていた。私は10メートルくらい後ろを歩いていた。ドアを開けた彼は後ろに私が居ることを認識したようだ。するとそのまま、私がたどり着くまで待っていてくれたのだ。1メートルくらいならわかるけれど、10メートルよ‼︎優しすぎる‼︎
オークランドではいろんなショーも観た。舞台が始まる前の高揚感。客席が一つになる瞬間。拍手が劇場いっぱいに響く時間。なんていうか、エンタメを観る姿勢が、免疫がみんなについているような。みんなエンタメや芸術によく触れているんだろうなという雰囲気があった。
ミュージカルを観に行った。ラストにみんなで踊ろうー!と流れてきた音楽。全員総立ちでマンマミーアを踊り、いつの間にかステージは終わり、会場は観客だけで踊り続けるという状態だった。なんてハッピーな人たちなんだろうと私のニヤニヤニコニコは止まらなかった。
終演後、お手洗いに行き、ゆっくり出口に向かった。ロビーに行くと、階段の上に上がるように指示をされた。どうやら、ロビーでもショーが始まるようだ。お手洗いに行っていなかったら、気付かず帰っていただろう。ラッキー自分!と思っていると、楽器隊が行進しながらやってきて、あっという間にロビーが舞台となった。聞き覚えのある音楽が鳴り出した。知っている曲だぁと嬉しくなっていると、サビに突入。その瞬間、観客全体から「YMCA〜」と振りつきの大合唱が。老若男女問わず、心から音楽を楽しんでいる。夜も23:00を過ぎている。こんな時間にこんな場で音楽がなれば当たり前に大合唱。そして、当たり前に体をゆらして踊って。「楽しい」をしっかり楽しんでいるニュージーランドの人達が羨ましくて、一気に大好きになった。
ある作品を観ているとき、スマホで撮影している人がいた。その作品は、演目によって、撮っていいもの、撮ってはいけないものがあるようだった。撮ってはいけない演目になった瞬間、係のお兄さんが撮影し続けている人のところに爆速で行く。そして、優しく説明すると、撮影していた人は、「ごめんなさい、知らなかったの」と素直に謝り、すぐさまスマホを下ろした。こんな瞬間も、ピリッとすることなく、穏やかさが漂っていた。
言い方、伝え方、受け取り方、全てに優しさと穏やかさがあると、なんて平和なんだと知った。
ニュージーランドの人たちが教えてくれたのは、優しさと楽しむ心。私もそうやって生きたい‼︎と心から思えた旅での学び。
「心に菩薩を宿す」という言葉を、最近の自分の合言葉にしている。なるべく優しく、なるべく穏やかに。
たとえまた理不尽なことでイライラしても、「今日は少しだけ優しくいよう」「ニュージーランドの人たちを思い出そう」と思えるだけで、きっと少しだけ落ち着けるはず。
旅は、景色を見るためだけのものじゃない。
どんな人になりたいか、どんな生き方をしたいか。結構深い重要な部分に触れてくれて、旅の偉大さを改めて感じた最高旅なのでした。
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いつまで自分でせいいっぱい?

自分と向き合ったり向き合えなかったり、ここまで頑張って生きてきた。30歳を過ぎてだいぶ楽にはなったけど、いまだに自分との付き合い方に悩む日もある。なるべく自分に優しくと思い始めた、役者、独身、女、一人が好き、でも人も好きな、リアルな日常を綴る。











