今年の夏に、『衰えません、死ぬまでは。』を上梓した宮田珠己さんと、『このロボで、行けるところまで行くしかないのだ。』が発売になったばかりのスズキナオさん。おじさん同志、ふたりそろって”くよくよ対談”。話は尽きず…!(対談その1、その2は←コチラから)
撮影:菊岡俊子
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フリーランスという選択肢をした二人からは、会社員人生を歩いている友人はどう見える?
編集 お二人とも会社員からフリーランスになりました。会社員を続けて定年したご友人などを見て、感じることはありますか。
宮田 昔はフリーになって自由になって、会社員の人たちは窮屈でかわいそうだな、じゃないけど、ちょっと上から目線で見てたとこはちょっとありますね。でも今はもう逆ですね。よく40年も働いたな、すごいなっていう。毎朝通勤して40年ってすごいなって思いますよね。だからそこにも劣等感しかない。
スズキ そうですよね。自分がいた会社のみんなも、入れ替わりはあると思うんですけど、割とそのまま今も働き続けているみたいで。僕がやめたのはもう10年以上も前なんですけど、たまに当時の同僚からずっと勤めていた人が辞めるからメッセージをくれないかというような連絡が来たりすることがあって。同僚たちの毎日は、あの場でずっと続いてたんだなと。私が10年以上前に大阪に来てライターとしての仕事を始めて、最初は全然仕事がなくて、どうやって時間をやりすごそうみたいな時期があったんですけど、その間も当然みんな毎日働いてたんだっていうのが、すごく偉大なことに思えて。で、その人たちからたまに思い出される自分っていうのが、幽霊っぽいうというか、お盆の時期に先祖が思い出されるような、そういう存在なんだろうなと。自分はだいぶ現実から離れてしまったという気がして。
宮田 やめて自由だったから、その時はめちゃくちゃ嬉しくて、もう遊んでもいいし、何してもいいしみたいなね。気楽に思えて。正直そういう立場になれたことに対して、すごい喜びとか、ちょっと誇りみたいなものも感じてたんです。でも、いや、40年働く人にはかなわないなって、今は本当に思います。自分はできなかったんだなって思う。自由を求めて飛び立ったつもりだけど、あ、違う、俺、逃げたんだ、って、時々思いますよ。
編集 お二人は大人になった自分の姿を、どんな大人になるかを想像していましたか。
宮田 あんまり想像してなかったですよね。僕ちょっと書いたんですけど、20歳ぐらいの時に病気になって、あと15年で癌になるって言われたんですよね。それで、俺は35ぐらいで癌になって、それから5年ぐらい頑張って死ぬのかなってちょっと思って、愕然としたことがあるんです。全然そうじゃなかったんですけど。だからあんまり老人になる自分っていうのはもう想像してなかったんですよね。これからなるんだろうと思うんですけど。
スズキ 子供の頃は、スーツを着てる人が普通の大人のイメージで、そうじゃない、昼からフラフラ歩いているおじさんがすごく怖いというか、異物のように感じていたんですけど、今の自分が完全にそのおじさんだっていう、あの時の自分が怖がっていたフラフラしてるおじさんになってしまってるんですよね。
宮田 やっぱり教えられることがないっていうのが一番辛いですね。教えてあげられない、若い世代に。何にもないっていう。最近、畑をやり始めたんですよ。別にやりたかったわけじゃないんですけど、妻に陥れられて。貸し農園に行くんですけど、お年寄りの人がいるんです、農家の人で、もうめちゃくちゃ畑の野菜とか詳しいわけですよ。この芽を折ってこうしてとか、今は肥料はこのぐらい、とか色々教えてくれるんです。こういう知識をやっぱり40年、50年とたくわえてきたんだな、この人はって思うと、もう劣等感しかなくて。でもそういう場で、貸し農園で自分の畑借りてやっている人たちと話をしてると、ちょっとね、ゆるい気持ちになります。許されてる気持ちになるっていうか。お年寄りの元農家の方は詳しいですけど、他はみんな素人なんで、素人同士で仕事の話をしないで野菜の話しかしないから、ちょっとホッとしてる自分がいますね。そういう場に巡り会えたのは良かったのかなとは思ったりしますけど。
スズキ ああ、それは私の思う、良い酒場の空気みたいな感じかもしれないですね。その場ではその人の役職とか立場とかは関係なくて、年齢がちょっと違うだけの仲間みたいな。まだまだ、兄ちゃんなんかまだ若いよ、みたいな、こんぐらいの年になるとこうだよみたいな。そんな話を聞いて、気楽になるというか。

「新しくやってみようということを考えたりしますか?」
宮田 スズキさんは書き方みたいなものを、新しくやってみようみたいなことを考えたりするんですか。こういうことを書いてみようとか、今までやったことない、こういうのやってみようとか。
スズキ ないかもしれないですね。新しいテーマで書いてみようかって思うこともたまにあるんですけど、でもできなそうだなって。全然やる気が持てなくて。
宮田 そうなんですか。次の本はこういうのを書こうとか、そういう風には思わないんですか。
スズキ 例えばずっと小説を書くことに憧れてたりしたんですけど、無理かもなとか。読むのは好きなんですけど。
宮田 僕が最初小説書いたのは55か56歳ですよ。
スズキ それはどういう小説ですか。ずっと書きたかったんですか。
宮田 ファンタジーです(※編集者注/『アーサー・マンデヴィルの不合理な冒険』)。ずっと書きたいと思ってて。40代ぐらいから書き始めたんですよ。でもなんかいろいろ思いが強すぎて、盛り込みすぎちゃって、どんどん話が広がりすぎちゃって、収拾つけられなくなっちゃって。で、編集さんとかに読んでもらったりしたんだけど、全然ダメだって言われて。まあ今思うとね、本当に全然ダメなんですよ。書き始めはできるんだけど、書き終われないんですよ、まとまらなくて。どうやったらいいんだろうってすごく迷ったんですけど、ふと急に書いたんですよね。別の話を。それはもう55歳以降だったと思います。
スズキ そうなんですね。読んでいて面白いと思う小説は、もちろんたくさんあるんですけど、どうしたらそういうふうに書けるのかはまったく想像できなくて。
宮田 じゃあその小説じゃなくても、普段今書いてるようなエッセイで、もっとこういうことをやって書いてみようとか、そういうのはないんですか。
スズキ 今回の本も、中年と呼ばれる年齢になった自分のことをテーマに書いてみませんかというお話いただいて、じゃあやってみようか、となったので、頑張ってやってみたらできるかもしれないと思うことはあります。あるんですけど、自分から何かこれをやりたい!っていうのはないんです。
宮田 僕は逆で、あれもやりたい、これもやりたいと思うばっかりで、全然できないんですよ。
スズキ そこはかなり対照的に違う感じですよね。
宮田 旅行記を書いても、今度は石の本を書いてみたいとか、今度は海のシュノーケルの本を書いてみたいとか、いつもいろいろ思ってる割に全然、進まない、ちょっとずつしか進まない。でもスズキさん、何でも書けそうなのに、これのテーマでとかないんですね。
スズキ それこそ、何か一つだけに没頭するっていうではなく、すぐに気が変わっていくっていうことですかね。
宮田 没頭してないと不安なんで、没頭ありきなんですよ。やりたいっていうのも、没頭できるかどうか、没頭できそうだな、じゃあやろうみたいな感じで。本当にそれを最初からやりたかったのかって言われるとよくわかんないですね。自分でも没頭したい、何か没頭して忘れたいっていう。
スズキ 確かにちょっと憧れます。私はいわゆる推しみたいな、そういう感覚がなかなか掴めないんです。アイドルとか、歌手やバンドやでもいいんですけど、例えば誰か、その人だけに集中して、すごく応援してお金を使うとか、時間を使うとか。ああいうことができたらいいのかなと。
宮田 いや、それは違うんじゃないですか。推しは、だって推しが世界だから、自分は世界を作れないから、逆のような感じがする。例えば石の本を書くなら、石の世界を自分で作れるんですよ。こういう石の世界っていう。でも推しはもう推しの世界があるから、自分はそれに追随するしかないから、それは書けないだろうって思っちゃうんですよね。
スズキ そうか。宮田さんの言う没頭はそういうことじゃなくて、なんかもう、自分が見出した、新しい何かっていう。
宮田 自分なりの表現で、自分なりの価値観で、ここの世界を見てみようっていう風に思ってるんです。それがどんどん横滑りしていくというか。スズキさん、実際書くか書かないかは別にして、推しがあるんですか。
スズキ それが全然ないんです。
宮田 僕も全然ないです。コンサートとかもライブとかも、人生で3回ぐらいしか行ったことないです。誘われてマイケル・ジャクソンにいったのと、インド音楽みたいな。でも全然楽しめなくて。
スズキ マイケルですら推しにならなかった。
宮田 マイケルはね、ものすごく遠くにいて、手前にスクリーンがあって映ってるんですよ。だったら家で観ても一緒やんって思って。すっごいちっちゃいの。だからね、ああいう熱狂の場にいるの苦手で、なんか巻き込まれちゃうし、すごい苦手ですね。だからサッカー観戦とかも行きたくないですもん。生で見たくない。みんなよく、生は迫力が違うんだって言うんだけど、迫力どうでもいいんですよね。世界観が見たいみたいなことがあるから、別にそんなに生で見なくてもいいんです。
スズキ 僕はライブとか見たりするのは好きだし、その場の熱気にあわせて、結構ミーハーにテンションが上がったりもするんですけど、その場ですぐ完結してしまうというか。その人を全力で応援するぞという風にならなくて。たまに熱気のある場に行っては、ふむふむこういうものなのか、今こういうものがこんな風に受け入れられてるのかって思って、気が済んでしまう。継続的に追いかけたりできないんですよね。
宮田 本当に僕もできないですね。コンサートとか、そういうライブ、アーティストはあれですけど、オーケストラみたいなやつに1回行ったことがあって、確かにそれはすごいなと思いました。やっぱり生の迫力なのかな。あと、演劇みたいなのを観た時に、その人たちの情熱を感じるっていうか、この人はものすごい今集中してやってる、その感じはすごい伝わって、応援したい気持ちにはなるんですけど。その場にいる自分自身が盛り上がっているかっていうと、そんなことになってない。
(第4回に続く)
このロボで、行けるところまで行くしかないのだ。

なんと平凡な中年だろうか――。
缶チューハイ片手にふらっと散歩が趣味の、中年フリーライター。
歳を重ねるにつれ寂しさが積もる日々を綴る、書き下ろしエッセイ。
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