大阪在住、缶チューハイ片手にフラッと散歩が趣味のライター・スズキナオさんの最新エッセイ『このロボで、行けるところまで行くしかないのだ。』が発売になりました。歳を重ねるにつれ積もる、やるせない気持ちを綴った本書より、スズキさんの“寂しさ”を味わって下さい。
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あんなに長く生きられない気がする
10時間近くも寝たのに、起きて昼ご飯を食べたらまた眠たくなってきたりする。私は起きている時より寝ている時の方が好きな人間だが、それにしてもあまりに寝てばっかりだなと、少し不安になる。
これだけ眠ってしまうのは、一つには昨夜の酒のダメージから体が回復していくために長い時間を要しているということがあるだろう。40代半ばになってアルコール分解能力がガクッと落ちたことを実感する。二日酔いの時はとにかく横になってじっとしているのが一番、眠れば眠るほど早く回復する、というのが持論(などと偉そうに言えるようなことではないが……)なのだが、その回復のために必要な休息時間がどんどん長くなってきているようなのだ。
特に取材などがなければ寝ていられる仕事だからまだいい。これでもし今も私が会社員を続けていたらどうなっていただろうか。業務開始の時刻に間に合わせるために無理矢理起きたとしても、顔面蒼白で半日は使い物にならないだろう。10時間たっぷり寝てようやく体を起こせるまでになっても、起き上がった瞬間から「疲れた……」とつぶやいてしまうような状態。体がだるくて、いつもため息ばかりついている。40半ばでこんな有り様なのだ。“人生100年時代”などと言うけど、ここから倍の時間を生きられる気がしない。いや、10年後に生きていられるかも怪しいようなものだ。
先日、神戸市東灘区にある「すじモダンの店えっちゃん」に久々に行った。お好み焼きにそばが入った「モダン焼き」の専門店で、創業56年になるという。過去に何度か取材させてもらったことがあって、たまに行くとお店のご夫婦が「久しぶりー!」と優しく迎えてくださる。店主の深田勲さんは今年で82歳になられるそうだが、週4日の営業日は鉄板の前に立って、ボリュームたっぷりのモダン焼きを作り続けている。営業日以外は休んでいるかというとそんなことはなく、そのうち2日間は近くの山に登っているのだ。
しかもただ山に登って帰ってくるというのではない。一人、登山道を自力で整備している。勲さんは若い頃から山登りが好きで、六甲山系の山々をめぐるハイカーだったそうなのだが、店から近い低山を歩いていたある時、山で出会った方が「ここに手すりがあったら登りやすいのに」と漏らすのを聞いたのだという。最初は人助けのつもりで、山のあちこちから集めてきた木材を組み合わせて手すりを作った。それに感謝されたことが自分にとっても大きな喜びとなり、以降、七兵衛山というその山の登山道に手すりをつけたり、作ったりと、独自に整備を行うようになった。
ベンチを手すりやベンチを作るためには大きな倒木や重たい岩を運ぶ必要がある。それを一人の力でこなすのにはコツがあるそうで、何回か説明してもらったがよくわからない、神通力のようなものらしい。だが、いくら神通力を持っていたとしても、山での作業は危険と隣り合わせである。雨で濡れた斜面を滑り落ちたり、木や岩の下敷きになりかけたり、死を意識したことが何度もあったらしい。つい数年前にも転んで頭を強く打ち、登山仲間の力を借りてなんとか下山し、そのまま入院したことがあった。さすがにその時は回復までに時間を要し、周囲からも「もう歳も歳だし山のことはそろそろ諦めたら?」と言われたそう。しかし、入院して弱った体を慣らすために少しずつ山歩きを再開し、今ではまた週に2回は山に入る生活が戻ったとのこと。私がお店を訪ねた前日も早朝から夕方近くまで山で力仕事をしてきたとおっしゃっていた。
何から何までそんな風で、勲さんはとにかく活力に溢れた人だ。奥さんの洋子さんはもういつからか諦めの境地に入られたそうで、「もう後は本人の好きなようにしてもらおうと思ってね」と笑う。最近、勲さんの肝臓にがんが見つかり、幸いそれほど大きなものではないらしいのだが、放射線治療や手術をして体力が弱ったら本人にとって生きる喜びが失われてしまうと、自然に任せることを選んだのだという。
万が一、自分が82歳まで生きたとして、その歳になって山に登ったり、長時間立って仕事をしたりできているとは到底思えない。自分とは何か根本的な部分からして違うのだと、勲さんを見ていて思う。
夏の暑さが年々苦手になってきた。昔は「やっぱり夏っていいな! 海とか花火とか祭りとか」などとかっこつけていたが、本当に、ただただ暑さがしんどい。私はどうも気温に合わせて体温を調節する機能が低いようで(あまり汗をかかなかったりするのもそれだろうか)、暑い外を歩いたりすると、体内に熱がこもり、それが寝る時も苦しくて仕方ないのだ。どうしても熱がこもって眠れない時は、服を脱いで冷たいシャワーを浴びたり、それでも熱が引かなければ、冷凍庫で冷やしている保冷剤を持ってきて、足先に当てて寝る。そうするといくらか楽だ。
この原稿を書いている今は5月下旬なのだが、大阪では早くも最高気温が30度に近づいてきていて、もう暑さが厳しい。クーラーをかけてじっとしていられればいいのだが、そうできる日ばかりではない。また、私が寝起きしている部屋は日当たりが良すぎるせいで、日中になると何もかも溶けてしまいそうな暑さになるのだ。外から帰ってくると部屋の中がとんでもない温度になっていて、クーラーをどれだけ強くしてもまだ暑い。もしクーラーが急に壊れたら命にかかわると思う。
去年も同じことを思ったのだが、これからやってくる真夏を前に、「この夏を生き抜けるだろうか……」と怯えている。暑さに倒れて、そのまま死んでしまうのではないか。パタッと死んでしまえるなら、それはそれでいいかと、陰気なことばかり考えている。
熱された鉄板の前で、勲さんは再びモダン焼きを作り始める。近隣の方から電話で注文が入ったらしい。「夏に山で作業をするのは本当に大変なんだ。だから朝4時には向こうに着いて、暑くなる前に動き出さないといけない」などと言いながら、キャベツと麺を炒め、ソースをかけて混ぜ合わせる。「いつ見ても手際がすごいですね」と言うと、「よく言われるけど、適当にやってるだけ。まあ、これのおかげか」と右腕に立派な力こぶを作って見せてくれる。
お好み焼きにそばが入ったものがモダン焼きだと書いたが、この店のモダン焼きは、生地がほとんどない。他の店のものとは似ても似つかない見た目だが、あっさりして酸味を感じるソースと麺がよく絡み、かなりのボリュームなのに小食な私でも箸が止まらない。本来はテイクアウト専門店なのだが、お客さんが他にいなくて忙しくない時に限り、お話ししながらお店の中で食べさせていただく。そしてそんな時、勲さんはいつも「缶ビールはいいの? どうせそれを楽しみにして来たんでしょう」と、店内の冷蔵庫から缶ビールを取り出して渡してくれる。
よく冷えた缶ビールを飲みながら、ガツガツとモダン焼きを頬張る、この喜び。しばらくして洋子さんが「ビール足りなくなったら言ってね。まだまだあるから」と言い、勲さんが「そう。売るほどあるから」と重ねる。結局2本目の缶ビールを飲み切るまで店内にお邪魔し、「今度お礼に缶ビールを持って来ます!」と言って店を出た。
最近、勲さんはお店に立ってモダン焼きを焼く日は休肝日にして、山に登る日だけ、作業が終わった後に軽く飲むようにしているという。「力仕事して、その後で飲むビールがうまいんだ。そのために生きてるからね」とおっしゃっていた。「まあナオくんも、お互い肝臓に気をつけないと」という勲さんの言葉を思い出し、「少なくとももうしばらくは元気でいないとな」と、強い日差しの中を歩き出す。
このロボで、行けるところまで行くしかないのだ。

なんと平凡な中年だろうか――。
缶チューハイ片手にふらっと散歩が趣味の、中年フリーライター。
歳を重ねるにつれ寂しさが積もる日々を綴る、書き下ろしエッセイ。
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