大阪在住、缶チューハイ片手にフラッと散歩が趣味のライター・スズキナオさんの最新エッセイ『このロボで、行けるところまで行くしかないのだ。』が発売になりました。歳を重ねるにつれ積もる、やるせない気持ちを綴った本書より、スズキさんの“寂しさ”を味わって下さい。
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食べられないという悲しみ
今、これまで生きてきて一番体が重たい状態である。会社勤めをしていた10年ちょっと前(特にその最後の方は激務が続き、食欲が減退して体重が落ちていた)と比べると10キロ以上は体重が増えている。「なんとなくこのぐらいがちょうどいい」と感じていた自分の基準の体重があるのだが、それより5キロほど重たくなり、少し食事を軽くしてみたところで全然痩せない。それどころか、体重計に乗るたびにじわじわと数字が増えていくのだ。
仕事でパソコンに向かってオンライン会議をする必要がある時、パソコンに備え付けられたカメラでやや下方から煽るように撮られた自分の顔の丸みが気になって仕方ない。画面に映し出される自分が嫌で、会議どころではない。
まあ、体重がじわじわ増加している理由は明確で、お酒を飲み続けていること、そしてカップ麺だのスナック菓子だのばかり好んで食べてしまうこと、大した運動もしていないこと、などが問題なのだろう。
ただ、運動らしい運動はしていないとはいえ、散歩は好きで、ほぼ毎日、だらだらと長い距離を歩いている。あれも一応、ウォーキングと呼んでしまいさえすれば立派な運動ではないのだろうか。そしてもう一つ、一回の食事量はそれほど多くないのである。ここ数年で食がかなり細くなり、すぐにお腹がいっぱいになってしまう。それでいて体重が減らないというのは、歳をとって代謝が落ちていることの何よりの証左だと思う。
そんなことを思いながら、結局大した対策を講じずにいる。しかし、心の奥底では、痩せて、あごのラインをもっとシャープにして、お腹も腹筋が割れるぐらいに引き締めたいと、いつも考えているのだ。が、そう思っている真面目な自分を、酔った時の自分が「どうせ最後は死んで灰になるんだし、太るとか痩せるとか、どうでもいいことだわ」と一笑に付して、その繰り返しで日々が過ぎていく。
いや、体重の増減は私一人の問題なので大したことではないのだ。困るのは“食の細り”の方である。ライター業をしている中で、飲食店を取材するという仕事がちらほらとある。特に私が依頼を受けることが多いのが、どこかの街で何軒かの居酒屋をハシゴするというような趣旨の取材仕事だ。もちろん、普段から頼まれなくてもハシゴ酒をしている私だから、それが仕事になってお金をもらえるというのは願ってもないことである。
しかし、飲みたいものを飲んで食べたいものだけ食べていればいい普段の日とは違い、取材となるとそのお店のよさをしっかり伝えなくてはならない。お酒はまだいいとして、料理を一店ごとに何品か注文し、卓上に並べて美味しそうに写真に撮り、後でその味わいを文章にする必要がある。それを1軒だけでなく、2軒、3軒と続けるわけだ。「居酒屋好きのライター」などといったことを名乗っていた時期があったくせに情けないことだが、私はお新香盛り合わせともやしナムルぐらいのおつまみがあれば、本当はそれでもう十分なのだ。
10年前はもっとたくさん食べられたし、実際、名物料理を楽しみにして遠方の店まで足を延ばしたりもしていたのだが、最近、急激に食べられる量が減ってきてしまった。特に、お酒を飲みながらだと、食べ物があまり入らなくなってしまう。何度か原稿を書いたことのあるグルメ雑誌の編集者と久々に会った際、その方がふと「スズキさんほど食べないライターさんはいないですよ。取材の時、びっくりしました」と笑って言った。「はははー。いや、すみません」と言いながら、私は内心「やばい、こんなことではもらえる仕事が減ってしまう……」と不安を感じていた。
また先日、遠方に出張し、泊まりがけで取材するという仕事があって、初めて訪れる街でハシゴ酒をすることになったのだが、1軒目、2軒目あたりでもう私の胃袋はすっかり満たされてしまい、その後、ほとんど何も食べられないという事態に追い込まれた。取材先のお店の方は、私を含めて三人いた取材チーム一行を歓迎してくださり、料理をたくさん用意してくれた。それは本当にありがたいことだし、しっかりと食べてその美味しさを伝えるのが使命だとわかっているのだが、どんなに頑張ってももう、ほんの少ししか食べられない……。
しかもその時は、私以外の取材チームの二人も食が細いタイプで(ちょうど私と年齢の近い編集者とカメラマンだった)、卓上に並んだたくさんの料理を前に、三人で静かに顔を見合わせる時間があった。幸い、その日の取材は3軒目のこの店が最後で、また、お店もそれほど混み合っておらず、ゆっくり過ごしていいとのことだったので、お酒をちびちびと飲みつつ、胃がさっきまでの食べ物を消化してくれるのを待つ、という方法でなんとか対応することができた。みんなで少しずつ手分けをして食べ切ることはできたのだが、もっと私がたくさん食べられたなら、他にもあると聞いていたおすすめのメニューを味わうこともでき、原稿の内容もより充実したに違いない。
筋肉を鍛えるように、胃を強くすることは可能なのだろうか。少しぐらいいつもより多めに食べても、それをぐんぐんと消化し、何事もなかったかのように次の食べ物を受け入れてくれる胃。そんな胃をなんらかの方法で作っていくことができるのだとしたら、ぜひ取り組んでいきたい。仕事の幅が広がり、食に対する自分の知見も深まるのではないか。
私は30代になるまで、食に対する興味が薄かった。特に10代の頃はひどくて、偏食をしていたし、そもそも、食べることを面倒にすら感じていた。生命を維持するために、仕方なく食べているような気分だった。20代の半ばになると、自分が好きな食べ物の傾向が少しずつわかってきて、この世界に驚くほど美味しい食べ物があることや、たまにそういうものを食べると幸せを感じられることを知った。30代に差し掛かってお酒の美味しさや酒場めぐりの楽しさに目覚め、酒に合うつまみがあって、それを食べながら飲む酒はなおさら美味しいということにやっと気づいた。それなのに、もう40代半ばで食が細くなってしまっている。私が食べることを心の底から楽しめた時間はせいぜい10年ほどしかなかったのではないだろうか。そう考えるとなんだか悲しい。
まだまだこれからだ、と思いたい。胃を強くすることだってできるかもしれないし、それが無理なら無理で、究極のお新香をひと齧りするために出掛ける楽しみはまだ残っているだろう。食べることの楽しさが自分から離れていかないように、少しでも長く引き留めていたい。そんなことを思いながら、これ以上、太りませんように、とお腹をさすりながら祈っている。そんな、矛盾した存在が私だ。
このロボで、行けるところまで行くしかないのだ。

なんと平凡な中年だろうか――。
缶チューハイ片手にふらっと散歩が趣味の、中年フリーライター。
歳を重ねるにつれ寂しさが積もる日々を綴る、書き下ろしエッセイ。
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ライターとして飲食店を取材するという仕事があるけれど、最近、急激に食べられる量が減ってしまった。食べることを心の底から楽しめた時間は、せいぜい10年ほどしかなかったのではないだろうか。「食べられないという悲しみ」より
社会学者・岸政彦氏との特別対談「『こうはなりたくない』だけで生きていく」収録。











