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衰えません、死ぬまでは。

2026.08.02 公開 ポスト

筋トレを続けるためには、「前向きになりすぎないこととする」宮田珠己

本コーナーで展開されていた、作家・宮田珠己さんの人気連載『衰えません、死ぬまでは。』が書籍化されました。

運気を上げようと筋トレ開始を宣言するも、言い訳ばかり言って、なかなか始めない宮田さんだったが、ついにーー始めそうです!本文より試し読みでお楽しみください。

*   *   *

第3話 筋トレは業務と仮定する

どうすれば筋トレが続けられるか、これまで何度も挫折をくりかえしてきた私は、ランニングマシンまで買って自宅でトレーニングを続けている息子に、長く続ける秘訣を相談した。

すると息子は、

「トレーニングが続かないのは、失うものがないからだよ」

と断言し、逆に失いたくないものがあれば続けられる、と言うのだった。

そして、たとえば学力について考えてみると、よく勉強する生徒がなぜ勉強を続けているかと言えば、いい成績をとっている自分を手放したくないため、と分析する。つまりテストでいい点をとり、味を占めた経験がそうさせるのだと。

筋トレも同じで、自分の肉体に魅力を感じることができれば、それをキープしようとして努力を続けることができる。逆に、自分の肉体に魅力を感じない場合、それを手に入れるための努力は、ハードルが一段高くなる。なぜなら、現状でもなんとかやっていけているから。

肥満だったりやせ過ぎだったりで、自分の肉体に魅力を感じていない人は、いい体に憧れはあるものの、現状でなんとかなっているから、と怠けてしまう。というのが息子の理論である。

結局、いい体の人はいい体のままに、そうでない人はそうでないままに、という現状維持が、どちらの人にとっても心地いいのだと。

(写真:宮田珠己)

言わんとすることはわかる。

だがその理論は、現在の私にさっぱり役に立たない。

こっちは現状維持では困るから筋トレしようと思っているのだ。この理論に当てはめるなら、自分の肉体に魅力を感じていない私は、いつまでも筋トレできないことになる。

1を2に、2を3にする努力は比較的取り組みやすい。その一方で、0を1にするのはそれよりもずっと難しいという理屈である。

なるほど傾聴に値する意見ではあるけれども、問題は、では最初の1はどう手に入れればいいのか。

私は鏡の前に立って、自分の裸を眺めてみた。 とくに魅力は感じない。自分の体と思わないようにして、なるべく客観的に見ての評価は、ふつう、だった。

この肉体をこれからもキープしていきたい、とは全然ならない。むしろ正直に思ったのは、この程度までにしておきたいということだった。ぎりぎりふつうの範疇だが、やや張り出しつつあるお腹には、今後の発展可能性が感じられるし、腕の細さは、これでたとえば崖から落ちそうな美女の腕をつかんだとき、引っ張り上げられるかどうか微妙な気がする。そんな状況が起こるかわからないが、映画でよく見るのである。

これ以上腕が細くなるのも嫌だし、お腹が張り出すのも嫌だ、つまりぎりぎり許容範囲ということだ。

そして息子の理論によれば、それこそが、筋トレを怠けてしまう人の典型なわけである。このままでも我慢できるレベル。美女は崖から引き上げられないけれども、腕はつかんでおくので、あとは美女のほうで自力で登ってきてくれたらいいぐらいには貢献できそうな。

いや、もしかしたら案外美女も重いかもしれない。

この体ではモチベーションはあがらない。

だが、ここで私は思ったのだ。そもそも私は肉体美を追求したくて筋トレを決意したわけではないのである。美女を救って王子様になりたいわけでもない。筋トレによって、人生に活力を取り戻すことが狙いなのだ。

よって、肉体ではなく、活力面の現状を見つめてみなければならない。体のなかから湧き出るパワー、今日も積極的に行動しようという意欲。肉体ではなく、そういった活力面の現状をまず認識するべきだ。

活力面の現状を自分なりに観察した結果はこうだった。

ほぼ無。

(写真:宮田珠己)

朝起きた瞬間からもう疲れている。ぐっすり眠れた気がしない。1日3時間ぐらい仕事したらもうがんばれない。

肉体の見た目は我慢できても、活力的に、すでに許容範囲からこぼれ落ちていた。

こんなことでは運気は好転しない。昔はもっと活力面での自己肯定感があった。なんだかんだ言って、まだがんばれる、自分の体はやれる、と思っていた。そう思えているときは、運気もよかった。何もしないのに勝手にいいことが降ってきたりした。

それが今はない。いいことはまったく降ってこない。

若者に聞いたのが間違いだったようだ。

何かと上り坂な若い肉体と違い、こっちは基本下っているのだ。がんばっても現状維持すらできるかどうかわからない。持っているものが違うのだ。 結局、話は最初に戻ってしまった。

筋トレも、日々変化があればがんばれそうな気がするが、散歩のように景色が変わるわけでなし、体脂肪率や体形がみるみる変わるわけでもない。その単調さ退屈さをどうすればいいのか、それが課題であった。

つべこべ言わずさっさと筋トレやれよ、という内なる声が相変わらず頭の中でこだましているが、このままじゃヤバいなんて焦ってやっても絶対続かないのは目に見えている。

苦しいばかりで、気がつけば挫折し、衰える自分を再確認するだけで終わるだろう。

私は思うのだ。

筋トレやジョギングが続かない理由のひとつに、時間を食うという問題があるのではないかと。勤務時間外にやるわけだし、収入にならないのはもちろんのこと、その間に仕事をすればお金になったかもしれない貴重な時間を潰してまでやるわけである。

(写真:宮田珠己)

勤務時間外の貴重な時間を潰すのは、本来、趣味のためであるべきで、それは楽しいから時間を忘れてやってしまうものだ。それこそは人生の目的と言っても過言ではなく、そのために金を稼いでいるとさえ言える。しかし私にとって筋トレは趣味ではなく、そのために金を稼いでいるわけではない。金にもならないのに、なんで仕事以外に筋トレという苦行が追加されないといけないのか。仕事にはお金という対価があるが、筋トレなんて何もないじゃないか。

そう心の中で毒づいた瞬間、いいことをひらめいた。

ならば、筋トレが仕事になればいいのでは?

それだ!

つらく苦しいけれども、臨時収入が入るならやるだろう。

誰か筋トレしたらお金くれる人はいないだろうか。

……いるわけがないな。それは無理だ。

そこでこう考える。

筋トレはただ体を作るだけで直接仕事にはならないが、筋トレによって活力を取り戻し、それが仕事にフィードバックされることで、仕事効率がアップ、もしくは仕事の持続時間が長くなり、結果として収入増加に繋がると。

詭弁のようでいて、真っ当なことを言っているのではないだろうか。

実は散歩しながら、同じようなことを考えていたのであった。散歩が好きで、1日のうち数時間、ときには半日潰すこともある私は、楽しく散歩しながらも、初めの頃は、どこか胸の内で後ろめたさを感じていた。自分がこうしてふらふら歩いている間にも、世のサラリーマンたちはあくせく働いてお金を稼いでいる。自分はこんなに怠けていていいのだろうかと。

だが、そのときこう考えて自分を納得させた。

この散歩はただ時間を浪費しているように見えてそうではない。これによって仕事に対するやる気を養い、凝り固まった頭をリフレッシュし、まわりまわって仕事に対するモチベーションを高めている。よって、これは仕事そのものではないけれども、限りなく仕事に近く、仕事に付随する業務的な何かであると。

あるでしょう、仕事そのものではないけど、仕事に必要な業務。たとえば備品を買いに行くとか、職場を掃除するとか、トナーを補給するとか。

散歩はそれであり、勤務中に堂々とやっていいことなのである。

この理屈を敷衍(ふえん)して、筋トレも同じと考えたい。筋トレは業務であると。

そう考えると筋トレも続きそうな気がしてきた。

本当に将来それで活力が増し、仕事に影響が出て収入が増えるかはわからない。わからないけど、そこはそうなると信じて、苦しいときはときどきサボりながら、適当にやることにしよう。

そんなわけでようやくジムに行く決心がついた私だ。

どんだけ時間かかるんだよ、と内なる声が聞こえたが、いよいよやるぞ私は。 目標は週2回とする。ここで前向きになりすぎないことが大事だ。これは目標じゃなく業務なので、いやいや行って、だらだらやるのが正しい。低いモチベーションでなんとなく始め、惰性で続け、ルーチンにしてしまうのが一番いい。張り切るとろくなことはない。

ジムに入ると、スタッフがひととおり利用法を説明してくれた。

  ・ランニングマシンは予約制であること。使いたいときはホワイトボードに名前を記入し、使い終わったら消すこと。

  ・マシンを使用したあとは、触ったところをアルコールで消毒すること。

  ・マシンに座って休まないこと。

  ・ガチャンガチャン大きな音をたてないこと。

見回すと窓辺にランニングマシンが10台以上並んでいて、その他に手足の長い昆虫のようなマシンが20台ぐらい見える。さらにダンベルやバーベルのコーナーと、ストレッチのできる広い床もある。

どのマシンをどのくらいの回数やったらいいものか、さっぱり知識がないけれど、本物の業務と違って、失敗しても怒られないからいい。そんな仕事はそうそうない。そう思うと楽そうに感じられる。

さっそく適当なマシンにとりついて、筋トレを開始した。

関連書籍

宮田珠己『衰えません、死ぬまでは。』

めでたく還暦を迎え、まじめに老化と向き合おうと一念発起! ……したものの。 自分でやろうと決めた筋トレも、始めてみれば愚痴ばかり。毎朝の”バター滲み滲みパン”も、やめられない。 怠け者作家が、老化にささやかな反抗を続ける日々を綴るエッセイ。

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衰えません、死ぬまでは。

旅好きで世界中、日本中をてくてく歩いてきた還暦前の中年(もと陸上部!)が、老いを感じ、なんだか「運気」も下がっている気がして、悶々。
いざ、まじめに老化と向き合おうと一念発起!……したものの、自分でやろうと決めた筋トレも、始めてみれば愚痴ばかり。毎朝の”バターしみしみパン”もやめられない。
はたして、「老い」と戦えるのか?「運気」は上がるのか?
怠け者作家が、老化にささやかな反抗を続ける日々を綴るエッセイ。

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宮田珠己

1995年に『旅の理不尽~アジア悶絶篇』を自費出版しデビュー。以来、紀行エッセイを中心に、日常エッセイ、書評、小説なども執筆。『東南アジア四次元日記』で 第3回 酒飲み書店員大賞、『ニッポン47都道府県正直観光案内』で第14回エキナカ書店大賞を受賞。他にも『ときどき意味もなくずんずん歩く』『いい感じの石ころを拾いに』『だいたい四国八十八ヶ所』『明日ロト7が私を救う』『路上のセンス・オブ・ワンダーと遥かなるそこらへんの旅』などエッセイ多数。小説に、東洋奇譚をもとにした『アーサー・マンデヴィルの不合理な冒険』がある。2作目の小説『そして少女は加速する』で、青春小説に挑戦。賞賛を集めている。
(撮影:干田哲平)

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