小野寺史宜さんの最新刊『片見里足立アフェクション』には、ファミレスで、夜景の見えるバーで、居酒屋で、結婚式場で……と、とにかく「乾杯」シーンがたくさん出てきます。乾杯の場面で展開する、軽快、軽妙かつ深遠(?)な登場人物たちのやり取りを、少しだけご紹介。
* * *

かつて家庭教師をしていた女子生徒と、大人になって初めての乾杯。仲を取り持ってくれた(?)、姉・洋の「ファインプレー」と思う弟・央。
僕はビールで、百合花はライチサワー。
料理は、水餃子によだれ鶏に海老チリ。
乾杯も、一応、した。
東京での再会と初お酒に乾杯」と百合花が言うので、「うん。乾杯」と僕も言い、グラスをカチンと当てた。
「あ、そうだ。先生」
「ん?」
「土曜だから、先生も今日は休みでしょ?」
「うん」
「じゃ、一緒にご飯食べようよ」
「え?」
「北千住で。北綾瀬からなら近いんだし。何か予定がある?」
「ないけど」
「じゃあ、食べよ」
「いいけど。百合花ちゃんはいいの?」
「いいよ。先生とご飯食べたい。ご飯だけじゃなくて、お酒も飲みたい。先生とお酒、飲んだことないし」
「あのころは未成年だったしね。百合花ちゃんだけじゃなく、僕も」
僕高二、百合花中三、だ。未成年も未成年。中三の百合花はもちろん、高二の僕も、アルコールにはまったく興味がなかった。
というわけで、まさかの急展開。連絡をとったその日のうちに百合花と会うことになった。
ご飯を食べ、お酒も飲むことになった。
待ち合わせは午後六時。場所は百合花が決めた店。中華のダイニングバーだ。
中華だが、店の造りは洋風。まさにバーのような感じ。
で、数年ぶりに会う百合花。
うわ、きれい、と言いかけて、こう変えた。
「うわ、大人」
「そりゃ大人ですよ。もう二十七」
「そうか。百合花ちゃんがそんななのか。僕が三十にもなるわけだ」
「先生、三十路?」
「あと少しで」
「あんなにかわいい高校生だったのに」
「いや、かわいいって」
二人掛けのテーブル席。
僕はビールで、百合花はライチサワー。
料理は、水餃子によだれ鶏に海老チリ。
乾杯も、一応、した。
「東京での再会と初お酒に乾杯」と百合花が言うので、
「うん。乾杯」と僕も言い、
グラスをカチンと当てた。
ビールを飲む。
今日は飲もうと初めから決めていて飲むビールもおいしいが、こうして予想外に飲むビールもおいしいな、と思う。
「先生、三十路を前にカノジョと別れちゃったんだ」
「まあ、何歳でも人は別れるよね」
「四十歳でも五十歳でも、別れる人は別れるもんね」
「うん。あ、でも、だから百合花ちゃんに連絡したわけではないよ」
「ん?」
「もうカノジョはいないから次に百合花ちゃんを狙ったとか、そういう意味で連絡したわけではないよ」
「あぁ」
「でもほんと、ごめん」
「何が?」
「前にLINEのメッセージをもらったとき、カノジョがいるからとか、そんなことを言う必要はなかったんだよね。別に百合花ちゃんがそういうあれで連絡してきたわけでもないんだし」
百合花がライチサワーを飲む。笑って、言う。
「そういうあれでは、ちょっとあったよ」
「え?」
「先生のことは好きだし」
「いやいや」
「というこれには社交辞令の好きもちょっと入ってるけど、じゃない好きのほうがずっと大きいよ。そうでなかったらさすがに今こうしてないし。といって、そこまで大げさな好きでもないから、気にしないで」
「あぁ。うん。でもとにかくさ、何か偉そうだと思ったよ。あとで。洋に言われて、思った」
「言われたの? 洋さんに」
「言われた」
「わたしが洋さんに言っちゃったからだ」
「それは別にいいんだけど。百合花ちゃんはそんなこと何も言ってないのに、カノジョがいるからって、ほんと、偉そうだよね。何様? だよ」
「偉そうな央先生、わたし、前から好きだったよ」
「偉そう、というところは否定してくれないんだ?」
「うん」
「うんて」
「だって先生、洋さんのこと呼び捨てにしたりしてるし。六歳も上のお姉さんなのに」
「それは、まあ」
「何?」
「洋だから」
「理由になってないよ」と百合花が笑う。「でも、わかる」
わかってくれるなら、うれしい。それは、百合花も、洋、を理解しているということだから。
「八歳も下なのにわたしも言っちゃうけど、洋さん、かわいいよね」
「かわいくは、ないような」
「いや、かわいいでしょ。歳をとったらもっとかわいくなるんじゃないかな。若いまま歳をとっていける人なんだよ。たぶん」
「そう、なのかな」
「わたしもお手本にしたい」
「いいとこだけ、にしてね」
「いいとこもそうでないとこも全部含めて洋さんでしょ」
「おぉ」と感心する。「百合花ちゃん、本当に、大人。僕がいろいろ教えてほしいよ」
「教えますよ。だって、近くに住んでるし」と百合花がなお笑う。
「そうだ。近いもんね」と僕も笑う。
北千住から北綾瀬は、二駅。あいだに綾瀬を挟むだけ。
これは洋のファインプレーかもしれない。野球で言うならそれ。
片見里足立アフェクション

小さき人生を送る全ての人に、乾杯!
生き方がバカで男運がない姉・洋。
何でもそつないエリートな弟・央。
マチアプと合コンで、それぞれ恋人ができたはいいけれど――。
不器用な二人の“不穏な”恋の行方は?
大切な人を想い合う無骨な情緒が沁みる、長編小説。
ファミレスで、夜景の見えるバーで、八重洲の居酒屋で、結婚式場で……
それぞれの乾杯にそれぞれの人生。
惚れっぽく男性に貢ぎがちな姉・洋を、何かと心配するエリート銀行員の弟・央。洋が商社マンの新恋人に浮かれる一方で、央も合コンで出会った女性となんとなく付き合い始める。「もしかして、騙されてる?」――お互いの恋路を気にかける片見里出身の姉弟と、なまぐさ坊主、探偵、公務員……故郷・片見里の面々が織りなす優しい世界。
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