小野寺史宜さんの最新刊『片見里足立アフェクション』には、ファミレスで、夜景の見えるバーで、居酒屋で、結婚式場で……と、とにかく「乾杯」シーンがたくさん出てきます。乾杯の場面で展開する、軽快、軽妙かつ深遠(?)な登場人物たちのやり取りを、少しだけご紹介。
* * *
子供の頃の百円バーガーについて語りながら、三杯目のビールを頼んだところで出てきたのは、銀色の串が刺さったどっしりしたバーガー。

「よし。じゃあ、乾杯するか」と細谷映志郎が言い、
「そういうのはいいよ」と僕が言う。
「何でよ」
「いや、だって、何に乾杯すんのよ」
「ただ乾杯でいいだろ。じゃ、乾杯」
映志郎が自分のグラスを僕のグラスにカチンと当てる。
ビールだ。いわゆるクラフトビール。しゃれた細長いグラスに入っている。
それを一口飲む。まあ、おいしい。高めのお金をとるクラフトビールがおいしくなかったら困る。
「うーん。仕事のあとのビールはうまいな」と映志郎。
「ビールがまずいのは、飲みすぎたときぐらいだけどね」と僕。
「何、加茂も飲みすぎること、あんの?」
「なくはないよ」
「意外だな」
「でもそんなにはないかな。気持ちよくなりたくて飲むのに気持ち悪くなるって、意味がわかんないしね」
「そりゃそうだけど、飲むときは飲んじゃうだろ。で、どうする? バーガーにするだろ?」
「うん」
今日もまた丸の内。ダイニングバー。合コンのときのイタリアンな店とはちがい、アメリカンな店。だからメニューにハンバーガーがある。タコライスやロコモコもある。丸の内にしては珍しく、かなり遅くまでやっているらしい。
二人なので、僕らがいるのはカウンター席。
メニューを見て、映志郎が言う。
「おれはフライドチキンバーガーにするかな」
「僕は牛タンバーガーだな」
「ポテトはバーガーにちょっと付いてくるっぽいから、あとはオニオンリングを頼むか」
「うん」
そして注文をすませる。
映志郎がビールを一気に飲み、すぐにお代わりを頼む。
「早いよ」と僕。
「このグラスならすぐだろ。ある程度入れちゃわないと、飲んだ気にならない」
この映志郎も、僕の友人ではない。同期。銀行員だ。今は財務企画部にいる。そこまで親しくはない。同期だからそれなりに、という程度。
日中、久しぶりに社屋で会い、帰り、メシ食ってこ、と言われた。珍しいな、と思ったが、断る理由もなかったので、うん、と返した。
仕事を終えたあと、玄関の外、ビルの角で待ち合わせ、永代通りを渡って丸の内に来た。店は映志郎が決めた。初めからここにするつもりでいたらしい。
「いや、この何日かさ」とその映志郎が言う。「どっしりしたバーガーが食いたいなと思ってたの。ファストフードのとかじゃなく、こういうとこの。串がぶっ刺さってるようなやつ」
「その串を抜いたら倒れちゃうようなやつだ」
「そう。食いにくいやつ」
「食いにくいって、それはもう食べものとしてマイナスだけどね」
「でもうまいんだよな。分けて出されたら味気ないし」
「まあね。分けたらバーガーじゃなくなっちゃうしね」
「高校生のころはさ、そういうの食わなかったよな」
「食べなかったね。値段的に手が出なかったし」
「単品で千円を超えるもんな」
「うん」
「この手のバーガーは初めからそんなだけど、ハンバーガー自体、高くなったよなぁ。今はもう、ファストフードの単品でも五百円とか当たり前じゃん。セットなら七百円八百円だし」
「そもそも高いのが増えたよね。安かったのも高くなったし」
「そうそう。そうなんだよな。一番安いのは一個百円みたいな時期もあったじゃん。それが今は二百円に迫る感じだもんな」
「ウチは田舎だったから、ファストフード店自体がなかったけどね。駅前にやっと一軒、という感じで」
「どこだっけ」
「片見里」
「あぁ。おれも矢板だから、似たようなもんだよ。家の近くにはなかった。わざわざ二十分チャリに乗って食いに行ったりしてたもんな。高校は宇都 宮まで行ってたから、そこにはあった
けど」
「高校は私立なんだっけ」
「そう。近くに適当な公立がなかったからな。あのころはまだ公立だと学区があったけど、私立なら関係ないっていうんで、三十分電車に乗って通ってたよ。駅からは十五分で、トータル一時間」
「かかるね」
「かかる。高校でそれはきつかったよ」
「僕も四十五分かかってたけど、そこからの十五分はきついな」
「チャリだけで通えるやつとかさ、マジでうらやましかったよ」
「部活はやってた?」
「ああ。サッカー」
「三年までやった?」
「一応。うまくはなかったけどな。試合には、出たり出なかったりで」
「部活もやって通学に二時間は大変だ」
「だからその二時間で勉強してたよ」
「すごいな。電車、座れたわけ?」
「座れることもあったけど。立ちでも」
「ほんとにすごいじゃない」
「立ちだとむしろ気が紛れてよかったよ。テキストとか読んでると、立ってんのが気にならなくなる。って、まあ、それはいいけど。そんななんで、実家の近くにハンバーガー屋はなかったからさ、母ちゃんがスーパーで買ってくるハンバーガーで我慢するしかなかったんだよな」
「スーパーのハンバーガー?」
「あるじゃん。あの、百円ぐらいの安いやつ」
「あぁ。一応、ハンバーガーっぽく、紙に包まれてるやつだ」
「それ」
「今もあるよね」
「あるな。パンのコーナーに置かれてる。菓子パンとかと一緒に。よく考えたら、あれで常温保存できるっていうのもすごいよな。紙だから、密封すらされてないだろ、たぶん」
「そう、だね」
「あれ、何の肉なんだろうな」
「豚とか、鶏とか?」
「牛ではないよな」
「おそらく」
「あれはあれでうまいけどな。というか、あのころは、おれにとってあれこそがハンバーガーだったし。ファストフードのだって高級に感じてたからな」
「じゃあ、これなんか最高級だ」
「最高級だよ。しかも丸の内で食す。おれも出世したもんだよ」
「偏差値が高かっただけでしょ」
「うわ、すごいこと言うな。さすが、加茂」
「事実だからしかたないよね」
事実だからしかたない。だが確かに、そう言うと、それだけで自慢ととられることがある。
何で? といつも思う。そう言えないなら、その事実を人に説明するときにどう言えばいいのかと。優秀? 聡明? わかりづらい。頭脳明晰? そのほうがヤラしい。
わかってはいる。自分では言わないようにするべきなのだ。その手の話題は避ける。誰かに
言われたら、そんなことないよ、と控えめに返す。
というそのこと自体をバカらしく感じるから、僕は普通に言うことにしているだけなのだが。
二杯めのビールも飲み干した映志郎が三杯めを頼んだところで、ようやくバーガーが届く。
まさにどっしり。串、刺さっている。銀色のあれだ。
その串を抜き、結局はバンズと牛タンパテを分けて食べる。
映志郎はちがう。串を抜いたあとに両手で上から押さえつけ、無理やりバーガーとして食べる。横からかぶりつく。
だがそうできるのも一口めだけ。皿に戻すと、バーガーはやはり崩れる。映志郎はそれをどうにか補修する。最後まで、バーガー、でいくつもりらしい。
オニオンリングも食べ、三杯めのビールを一口飲んで、映志郎が言う。
「今日は報告もあるんだよ」
「報告。何?」
「えーと」
「もしかして、転職するとか?」
「いや。転職はしない」
「じゃあ、ウチをやめて起業するとか?」
「まさか。それもしないよ。そっちは絶対しないな」
片見里足立アフェクション

小さき人生を送る全ての人に、乾杯!
生き方がバカで男運がない姉・洋。
何でもそつないエリートな弟・央。
マチアプと合コンで、それぞれ恋人ができたはいいけれど――。
不器用な二人の“不穏な”恋の行方は?
大切な人を想い合う無骨な情緒が沁みる、長編小説。
ファミレスで、夜景の見えるバーで、八重洲の居酒屋で、結婚式場で……
それぞれの乾杯にそれぞれの人生。
惚れっぽく男性に貢ぎがちな姉・洋を、何かと心配するエリート銀行員の弟・央。洋が商社マンの新恋人に浮かれる一方で、央も合コンで出会った女性となんとなく付き合い始める。「もしかして、騙されてる?」――お互いの恋路を気にかける片見里出身の姉弟と、なまぐさ坊主、探偵、公務員……故郷・片見里の面々が織りなす優しい世界。











