小野寺史宜さんの最新刊『片見里足立アフェクション』には、ファミレスで、夜景の見えるバーで、居酒屋で、結婚式場で……と、とにかく「乾杯」シーンがたくさん出てきます。乾杯の場面で展開する、軽快、軽妙かつ深遠(?)な登場人物たちのやり取りを、少しだけご紹介。
* * *
主人公の一人・生き方がバカで男運がない洋、ファミレスのハッピーアワーで恋人に奢った上に別れ話を……?

わたしのレモンサワーのジョッキに、大吾がビールのジョッキを当てる。ガチン、と太めの音がする。
「何の乾杯よ」とわたし。
「そうだなぁ。じゃあ、えーと、ハッピーアワーに」と大吾。
「わたしたちじゃなく、店への乾杯だ」
「ねぇ。ランチで安く上げたから、おれ、ビール飲んじゃっていい?」とその大吾が言い、
「安く上げたのにビール飲んじゃったら同じでしょ」とわたしが言う。
「でも、ほら、ハッピーアワーだから」
「じゃあ、何でランチにドリンクバーを付けたのよ。無駄じゃない」
「頼んだときはビール飲もうと思ってなかったんだよ。それにコーヒーはコーヒーで飲みたいじゃん。ビールとは別じゃん。付けたんだから、ビールのあとにまたコーヒー飲めるし」
「ビールのあとにコーヒー飲まないでしょ」
「おれは飲めるよ。余裕。ってことでさ、いいよね? ビール頼んじゃって」
「何でわたしに訊くのよ」
「いや、だって」と大吾はそこで言葉を切る。
先を続けるなら、払うのは洋だから、だ。払ってくれるのは洋だから、くらいのことは言うかもしれない。くれる、との言い方をしただけで相手を持ち上げたような気分になれるのだ、大吾は。いいよ、とそこで言うのは何だか偉そうなので、わたしはこう言う。
「まあ、頼めばいいじゃない」
「お、やった。洋も飲めば? おれだけ飲むのも何だし」
「それ、払ってもらう側が言うことじゃないけどね」
「じゃないけど、飲めば?」
「じゃあ、わたしはレモンサワーにしようかな」
「了解」
そう言って、大吾はタッチパネルでの注文にかかる。そのくらいのことは自分でやるのだ。
「えーと、ビールは、グラスじゃなくてジョッキのほう、と」
「ジョッキのほうなの?」
「うん。値段、大して変わんないし。レモンサワーもジョッキだから、合わせるよ」
「別に合わせなくていいよ」
「お、次はハイボールもいいな」
「次も頼む気?」
「場合によっては。でさ、飲みものだけってのも何だから、つまみも頼んでいいよね? この、小さなおかずってやつ」
「好きにしなさいよ」
「よし。じゃあ、二人だから、ちょい盛りじゃなくて山盛りポテトフライだな。それと、ほうれん草ベーコン」
「それとって」
「ビタミンCも摂んなきゃ」
「人のお金で?」
「そこは、ほら、誰のお金で摂っても同じだから」
と、まあ、大吾は、三十代とはとても思えないことを言う。わたしより歳下は歳下だが、もう三十三歳なのだ、この男も。
「よかったよ、今日が平日で」とその大甘三十三歳が言い、
「何で?」とわたしが言う。
「ハッピーアワーは平日限定なんだよ。えーと、何、十時半から十八時まで、みたい」
「土日なら頼まなかったわけ?」
「頼まないよ」
「うそばっかり」
「いや、そこは遠慮するって」
「遠慮するなら今日もしなよ」
「だって、それは」
「何?」
「洋だし」
「意味わかんない」
って、わかるけど。カノジョだし、ということだ。
玉 たま置 おき大吾は、一応、役者。それで食べられてはいないから、一応を付けるしかない、という類の役者だ。東京にはそんな人がわんさといる。何千人、いや、何万人かもしれない。
大吾自身が言ってる。おれ、何か悪いことして捕まったら、自称役者、とか言われちゃうんだろうな。フリーターと言われんのと、どっちがましかな。
対して、わたしが言うのはこうだ。捕まらないでよ。じゃなくてその前に。悪いことしないでよ。
しないよ、と大吾も普通に言う。
まあ、わたしも、疑ってはいないのだ。そこを疑うようなら、さすがに付き合わない。大吾はそのタイプではない。悪いことはしない。もうちょっと言えば、法に触れるような悪いことはしない。わたしを含めて人を殴ったりはしないし、部屋で大麻を育てたりもしない。玉置は、タマキではなく、タマオキ。タマキと読まれることのほうが多いので、大吾は芸名をそっちにすることを検討してる。でも現状はタマオキ。わたしもそれでいいと思う。
(中略)
ランチのお皿が下げられ、ビールとレモンサワーとポテトフライとほうれん草ベーコンが届けられる。
わたしのレモンサワーのジョッキに、大吾がビールのジョッキを当てる。ガチン、と太めの音がする。
「何の乾杯よ」とわたし。
「そうだなぁ。じゃあ、えーと、ハッピーアワーに」と大吾。
「わたしたちじゃなく、店への乾杯だ」
「そう」
大吾がビールを飲む。そこは役者、ビールはおいしそうに見える。テレビのCMで大吾がそんなふうにビールを飲んでても違和感はないだろう。視聴者も、こいつ誰? と思いはするかもしれないが、画面そのものに違和感を覚えることはないはず。画としては成立するのだ。大吾、顔はいいから。
片見里足立アフェクション

小さき人生を送る全ての人に、乾杯!
生き方がバカで男運がない姉・洋。
何でもそつないエリートな弟・央。
マチアプと合コンで、それぞれ恋人ができたはいいけれど――。
不器用な二人の“不穏な”恋の行方は?
大切な人を想い合う無骨な情緒が沁みる、長編小説。
ファミレスで、夜景の見えるバーで、八重洲の居酒屋で、結婚式場で……
それぞれの乾杯にそれぞれの人生。
惚れっぽく男性に貢ぎがちな姉・洋を、何かと心配するエリート銀行員の弟・央。洋が商社マンの新恋人に浮かれる一方で、央も合コンで出会った女性となんとなく付き合い始める。「もしかして、騙されてる?」――お互いの恋路を気にかける片見里出身の姉弟と、なまぐさ坊主、探偵、公務員……故郷・片見里の面々が織りなす優しい世界。











