小野寺史宜さんの最新刊『片見里足立アフェクション』には、ファミレスで、夜景の見えるバーで、居酒屋で、結婚式場で……と、とにかく「乾杯」シーンがたくさん出てきます。乾杯の場面で展開する、軽快、軽妙かつ深遠(?)な登場人物たちのやり取りを、少しだけご紹介。
* * *

ビール片手に懐かしい故郷・片見里のことを思い出しているうちに、なぜか「国民の1.5%は佐藤さん」話になり、この店の佐藤さんを探すことに?
まずはビールで乾杯。ジョッキをガチン。
次いで、メニューを見ながら、料理をじゃんじゃん頼んだ。
かわ。鶏レバー。豚レバー。しめさば。いか焼き。えいひれ。一応、女子なので、とわたしが言って、シーザーサラダ。
〈泊まりで東京に行くよ〉と雅輔が言うので、
〈じゃあ、飲もうよ〉と返した。
〈いいの?〉
〈いいよ。片見里でも飲んだじゃない〉
〈じゃあ、ぜひ〉
ということで、飲むことになった。
バー『トリノス』で飲んだとき、LINEのIDの交換はしてたのだ。わたしと恭香、と雅輔とで。だからやりとりはすべてLINEでおこなった。大して長くしたわけでもない。飲む約束をしただけ。あとは待ち合わせの時間と場所を決めただけ。
雅輔が泊まるのは東京駅の近くのビジネスホテル。だから八重洲で飲むことにした。駅直結の地下街というのも何なので、一応、外。ごく普通の居酒屋。チェーン店。
言ってしまうと、あの夜景のバーみたいなお店は難しいけど、普通の居酒屋でご飯、ぐらいならわたし出すよ、と充彦に言ったときに行くことを想定してた、普通の居酒屋、だ。わたしが大学時代にアルバイトをしてたような店。こぎれいで、居心地は悪くない。前に一度行ったことがあるのだ。八重洲で土曜なら空いてるだろうと思い、そこにした。
まずはビールで乾杯。ジョッキをガチン。
次いで、メニューを見ながら、料理をじゃんじゃん頼んだ。
かわ。鶏レバー。豚レバー。しめさば。いか焼き。えいひれ。一応、女子なので、とわたしが言って、シーザーサラダ。
結局、わたしがほとんど選んでしまった。雅輔が選んだのはえいひれだけだ。
店員さんが引きあげると、あらためて話した。
「何か、ごめんね」と雅輔が言う。「休みの日に時間をつかわせちゃって」
「全然、全然。わたしも久しぶりに飲みたいと思ってたし。片見里から誰かがこっちに出てきたら、よくこうやって飲むの。こないだの恭香とか、あのときガスケは会わなかったけど、マリとかアサとか」
「岡安さんと小高さん、だ」
「そう。あとは、高校のときの友だちとか」
「へぇ。今も結構つながりがあるんだね」
「そうね。何でだろう。中学でも高校でも部活をやってたからなのかな」
「バスケ、だよね?」
「うん。マリとアサはバスケ部ではなかったけどね。まあ、会うのは女子がほとんど。男子は徳弥ぐらいかな」
「村岡くん」
「そう。住職。こっちにある同じ宗派のお寺にたまに来たりしてるみたいで。そのときに飲んだことがあるよ」
「村岡くんは、結婚してるよね」
「うん。美和の妹さんと」
「あぁ。倉内さん」
もう亡くなった美和。でもそこは流す。わたしも、雅輔も。
「でも徳弥だからね。普通~に二人で飲むよ。奥さんの多美ちゃんも、洋さんならオーケーと言ってくれてるらしいし」
「オーケーなの?」
「うん。ほら、ウチは善徳寺の門徒で、付き合いも長いから。わたしの両親も徳弥のことは知ってるし」
「そうなんだね」
「そうじゃなくても、徳弥だからね。わたしも坊主と不倫とかしないよ。って、まず、不倫をしない」
「でもすごいよ」
「何が?」
「ぼくは大学の四年以外はずっと片見里にいるけど、その片見里でも、三十五の今二人で飲める相手なんて佐藤くんぐらいしかいない」
「佐藤くんて、誰だっけ」
「佐藤ナオトくん」
「ナオトくん」
「うん。尚更の尚に登山の登で、尚登」
「何部だった?」
「部には入ってなかったよ。ぼくと同じで」
「わたしは同じクラスになったこと」
「一度ぐらいはあるんじゃないかな」
「佐藤くんて学年に三人ぐらいいたもんね」
「そうそう。男だけで三人いた。女子も一人いたのかな」
「佐藤率、高い!」
「うん。実際、国民の一・五パーセントは佐藤さんらしいからね」
「そうなの?」
「そう。だから、千人いたら十五人は佐藤さん」
「佐藤率、ほんとに高いんだ」
「でもぼくらのころは学年で百五十人ぐらいだったから、それで四人は多いけどね」
「あぁ」
「って、その佐藤くんが言ってた」
「そうかぁ。じゃあ、今このお店にも一人ぐらい佐藤さんがいるかもね。お客さんと店員さんのなかに」
「いてもおかしくないね」
「うわ、知りたい。ここで立ち上がって、佐藤さんいらっしゃいますかぁって訊いてみたい。病院みたいに」
「それはいいけど。ほんとにいたらどうするの?」
「うーん。引っこみがつかないから、枝豆か何かおごる。賞品です、みたいなことで」
「賞品て、何の賞?」
「佐藤賞」
「だったら、加茂賞でしょ」
「そうか。わたしが出すんだもんね」
「佐藤さんが店員さんだったらおもしろいね。店員さんに枝豆」
「実際に枝豆をあげなくてもいいよ。その場合は、わたしの伝票に枝豆ってつける」
「お金とるだけ?」
「そう」
「賞っぽくないなぁ」と雅輔が笑い、
「確かに」とわたしも笑う。
そしてまずはシーザーサラダが届く。
わたしが取り皿に取り分け、雅輔の前に置く。
「ありがと」
「いえいえ。じゃ、食べよ」
片見里足立アフェクション

小さき人生を送る全ての人に、乾杯!
生き方がバカで男運がない姉・洋。
何でもそつないエリートな弟・央。
マチアプと合コンで、それぞれ恋人ができたはいいけれど――。
不器用な二人の“不穏な”恋の行方は?
大切な人を想い合う無骨な情緒が沁みる、長編小説。
ファミレスで、夜景の見えるバーで、八重洲の居酒屋で、結婚式場で……
それぞれの乾杯にそれぞれの人生。
惚れっぽく男性に貢ぎがちな姉・洋を、何かと心配するエリート銀行員の弟・央。洋が商社マンの新恋人に浮かれる一方で、央も合コンで出会った女性となんとなく付き合い始める。「もしかして、騙されてる?」――お互いの恋路を気にかける片見里出身の姉弟と、なまぐさ坊主、探偵、公務員……故郷・片見里の面々が織りなす優しい世界。
- バックナンバー
-
- #6 八重洲のごく普通のチェーン店の居酒...
- #5 マチアプで出会って7回目のデートは...
- #4 丸の内のダイニングバーで、銀行同期...
- #3 焼き鳥メインの居酒屋で女子二人、と...
- #2 合コンで飲みなれないスパークリング...
- #1 ファミレスのハッピーアワー、生ビー...
- 全く異なる人たちを、どうしてこんなに解像...
- 入社4ヶ月の新米編集者が、キャリア20年...
- 僕は、どこかしらバカな彼ら全員のことが好...
- キラキラしていなくても、ワクワクすること...
- とにかく誰かに読んでもらいたい本。
- 普通の人たちが当たり前に、正直に生きてい...
- 名もなきすべての人に向けた人間讃歌。
- 出会うはずがなかった老人と青年の、小さな...
- 小野寺史宜の最新長編は、75歳のじいさん...











