小野寺史宜さんの最新刊『片見里足立アフェクション』には、ファミレスで、夜景の見えるバーで、居酒屋で、結婚式場で……と、とにかく「乾杯」シーンがたくさん出てきます。乾杯の場面で展開する、軽快、軽妙かつ深遠(?)な登場人物たちのやり取りを、少しだけご紹介。
* * *
ビールを二口、三口飲んで、女子二人がオーダーしたのは「豆腐サラダ、チーズオムレツ、手羽、塩つくね、うずらの玉子、長ネギ、チャンジャ」。

「はい。じゃ、カンパ~イ」とわたしが言い、
「おつかれさまで~す」と千月も言って、
わたしたちはビールのジョッキをガチンと当てる。
サワーもカクテルもワインも好きだが、わたしはビールも好きなのだ。
これは大学時代のあのエセアウトドアサークルの影響かもしれない。今川 、小笠原、秋本、そして初の女性となったわたしの代の丸田苗那 。歴代の部長は何故か全員、飲み会の最初の一杯はとりあえずビール、の人たちだったのだ。だからそれに慣れてしまった。ビールのおいし
さも知ってしまった。
そのビールを二口三口と飲んで、言う。
「あぁ。これ何度も言ってるけどまた言う。仕事のあとのビールは、やっぱうまいわ」
「うん。おいしいですよね。わたしも一杯めはビールがいいです。いきなり甘いサワーとかだと、何か、グイッといけない」
「そうなのよ。といって、わたしはサワーでもいっちゃうけど。グイグイッと」
その中生は、メニューを見ずに頼んだもの。そこでやっとメニューを見る。
「じゃあ、料理を頼もう。寺井ちゃん、選んで。わたしは何でもいいから」
「えーと、じゃあ、豆腐サラダと、チーズオムレツと、串は、手羽と、塩つくねと、うずらの玉子と、長ネギ」
「何でもいいって言ったけど、チャンジャはほしいかな」
ということで、それらを注文。
ここは焼鳥メインの居酒屋だ。チェーン店。王子駅の近くにある。安いことは安いが、とにかく安さが売り、とまではいかない。ちょうどいい。昼はランチもやってる。唐揚げやチキン南蛮なんかの定食を出す。
寺井千月は会社の同僚。二歳下の後輩だ。わたしと同じで、ずっと営業部。
最初に仕事を教えたのもわたしだ。女性同士ということで、わたしが教育係みたいになった。
わたし自身が新入社員だったときの教育係は、適任者がいなかったので、鹿野さんという男性だったが。
そういえば、あの鹿野さんも、とりあえずビール、の人だった。わたしが独り立ちしたあと、福岡支店に異動してしまった。そもそもそちらの人だったのだ。
今日のこの飲み、わたしが誘ったわけではない。千月が誘ってくれた。帰りがけに言われたのだ。洋さん、今日どうですか? と。後輩に誘われるのはうれしい。もちろん、応じた。
そんなだから、予約はしてない。それもあって、この居酒屋になった。
「女子二人なんだから、もっとこじゃれたお店に行くべきだったかな」
わたしがそう言うと、千月はこう言った。
「いやぁ。洋さんとはこっちのほうがしっくりきますよ」
「ん? それは、何、わたし、軽くディスられてる?」
「何でですか。全力でほめてますよ」
「うーん。全力のほめには聞こえない」
「聞こえてくださいよ」
「聞こえてくださいって何よ。聞こえるように寺井ちゃんが言ってよ」
知り合って長いし、歳も近いので、千月とはこんなふうに話せる。
「でも寺井ちゃん、うずらの玉子はナイス。ナイス注文。わたしも頼みたかった。わたし、あれば絶対頼む派」
「わたしも頼む派です。うずらは、フライにした串もおいしいですよね」
「わたしもあれ大好き。スーパーの惣菜のコーナーにあると、どうしても買っちゃう。今よく
行くスーパーにもあるから、いつも買っちゃう。置かないで~って思いながら買っちゃう」
「何で置かないでって思うんですか?」
「揚げものだから、カロリーはヤバそうじゃない」
「でもあれば買うんですか」
「うん。だからたまに置くぐらいにしてほしい。あ、今日はある、あるから買う、みたいにしたい。それなら、たまにだからオーケー、と思えるから」
「そこは洋さんが自分で調整しましょうよ」
「だからしてるのよ。スーパーに行っても、惣菜コーナーには近寄らないようにしてる。たとえそこを通ったほうが近道でも、遠まわりする」
「その調整!」と千月が笑う。
「そんななんで、わたし、中華丼にうずらの玉子が入ってるとすごくうれしいもんね」
「あ、それはわかります」
「入ってないと凹む。入ってたら、残しておいて、最後に食べる」
「そこまでですか」
「うん。そうしてる人は結構いると思うよ」
「ショートケーキのイチゴみたいなものですかね」
「それ」
「わたしもあのイチゴは最後に食べます」
「わたし、あれは最初に食べちゃう」
「そうなんですか?」
「そう。だって、ほら、ショートケーキだったらさ、スポンジとスポンジのあいだにも、カットされたイチゴとホイップクリームが入ってるじゃない。そのイチゴホイップ部を大きめに残しておいて、最後にパクッといく。載っかってるイチゴは、スタートの合図。よ~い、ドン! の、ドン! みたいなもの。そのイチゴで勢いをつける」
「おぉ。一応、考えてるんですね」
「一応って何よ。やっぱディスってる?」
「ディスってないですよ。ほめてます」
「そこは全力でじゃないんだ?」
「そうですね」
「そうなのね」
チャンジャと豆腐サラダに続き、串ものもどんどん届く。
ビールをクリアしての二杯め。千月はシャインマスカットサワー、わたしは巨峰サワー。
それをともに一口飲んだところで、千月が言う。
「洋さん」
「ん?」
「今日は報告があります」
「何?」
千月はすぐには言わない。シャインマスカットサワーをさらに飲む。
だからわたしも巨峰サワーをさらに飲む。ブドウ姉妹だな、と思う。
先に口を開くのはわたしだ。
「え、何、何、ずいぶんためるじゃない。もしかして」
「何ですか?」
「会社やめるとか?」
「あぁ。そういうことじゃないです」
「じゃあ、どういうこと? もしかして」
「何ですか?」
「不倫してるとか?」
「いや、何でですか」
「だって、会社やめるのでなければそれかと」
「ちがいますよ」
「よかった。一瞬、社内不倫かと思っちゃったわよ。相手はもしかして課長? とか」
「課長はないですよ。無理」
「こんなこと言っちゃいけないけど、わたしも絶対無理。悪い人ではないけど、課長とデート
はできない。腕を組んで歩けない。スプーンで、あ~ん、とかもやれない。で、退職でも不倫
でもないとすると、何?」
「わたし、結婚します」
「えぇぇぇぇぇぇぇっ?」
片見里足立アフェクション

小さき人生を送る全ての人に、乾杯!
生き方がバカで男運がない姉・洋。
何でもそつないエリートな弟・央。
マチアプと合コンで、それぞれ恋人ができたはいいけれど――。
不器用な二人の“不穏な”恋の行方は?
大切な人を想い合う無骨な情緒が沁みる、長編小説。
ファミレスで、夜景の見えるバーで、八重洲の居酒屋で、結婚式場で……
それぞれの乾杯にそれぞれの人生。
惚れっぽく男性に貢ぎがちな姉・洋を、何かと心配するエリート銀行員の弟・央。洋が商社マンの新恋人に浮かれる一方で、央も合コンで出会った女性となんとなく付き合い始める。「もしかして、騙されてる?」――お互いの恋路を気にかける片見里出身の姉弟と、なまぐさ坊主、探偵、公務員……故郷・片見里の面々が織りなす優しい世界。










