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片見里足立アフェクション

2026.05.28 公開 ポスト

#3 焼き鳥メインの居酒屋で女子二人、とりあえずビールで乾杯したら、「今日は報告があります」と後輩女子に言われ…小野寺史宜

小野寺史宜さんの最新刊『片見里足立アフェクション』には、ファミレスで、夜景の見えるバーで、居酒屋で、結婚式場で……と、とにかく「乾杯」シーンがたくさん出てきます。乾杯の場面で展開する、軽快、軽妙かつ深遠(?)な登場人物たちのやり取りを、少しだけご紹介。

*   *   *

ビールを二口、三口飲んで、女子二人がオーダーしたのは「豆腐サラダ、チーズオムレツ、手羽、塩つくね、うずらの玉子、長ネギ、チャンジャ」。

「はい。じゃ、カンパ~イ」とわたしが言い、

「おつかれさまで~す」と千月も言って、

わたしたちはビールのジョッキをガチンと当てる。

サワーもカクテルもワインも好きだが、わたしはビールも好きなのだ。

これは大学時代のあのエセアウトドアサークルの影響かもしれない。今川 、小笠原、秋本、そして初の女性となったわたしの代の丸田苗那 。歴代の部長は何故か全員、飲み会の最初の一杯はとりあえずビール、の人たちだったのだ。だからそれに慣れてしまった。ビールのおいし

さも知ってしまった。

そのビールを二口三口と飲んで、言う。

「あぁ。これ何度も言ってるけどまた言う。仕事のあとのビールは、やっぱうまいわ」

「うん。おいしいですよね。わたしも一杯めはビールがいいです。いきなり甘いサワーとかだと、何か、グイッといけない」

「そうなのよ。といって、わたしはサワーでもいっちゃうけど。グイグイッと」

その中生は、メニューを見ずに頼んだもの。そこでやっとメニューを見る。

「じゃあ、料理を頼もう。寺井ちゃん、選んで。わたしは何でもいいから」

「えーと、じゃあ、豆腐サラダと、チーズオムレツと、串は、手羽と、塩つくねと、うずらの玉子と、長ネギ」

「何でもいいって言ったけど、チャンジャはほしいかな」

ということで、それらを注文。

ここは焼鳥メインの居酒屋だ。チェーン店。王子駅の近くにある。安いことは安いが、とにかく安さが売り、とまではいかない。ちょうどいい。昼はランチもやってる。唐揚げやチキン南蛮なんかの定食を出す。

寺井千月は会社の同僚。二歳下の後輩だ。わたしと同じで、ずっと営業部。

最初に仕事を教えたのもわたしだ。女性同士ということで、わたしが教育係みたいになった。

わたし自身が新入社員だったときの教育係は、適任者がいなかったので、鹿野さんという男性だったが。

そういえば、あの鹿野さんも、とりあえずビール、の人だった。わたしが独り立ちしたあと、福岡支店に異動してしまった。そもそもそちらの人だったのだ。

今日のこの飲み、わたしが誘ったわけではない。千月が誘ってくれた。帰りがけに言われたのだ。洋さん、今日どうですか? と。後輩に誘われるのはうれしい。もちろん、応じた。

そんなだから、予約はしてない。それもあって、この居酒屋になった。

「女子二人なんだから、もっとこじゃれたお店に行くべきだったかな」

わたしがそう言うと、千月はこう言った。

「いやぁ。洋さんとはこっちのほうがしっくりきますよ」

「ん? それは、何、わたし、軽くディスられてる?」

「何でですか。全力でほめてますよ」

「うーん。全力のほめには聞こえない」

「聞こえてくださいよ」

「聞こえてくださいって何よ。聞こえるように寺井ちゃんが言ってよ」

知り合って長いし、歳も近いので、千月とはこんなふうに話せる。

「でも寺井ちゃん、うずらの玉子はナイス。ナイス注文。わたしも頼みたかった。わたし、あれば絶対頼む派」

「わたしも頼む派です。うずらは、フライにした串もおいしいですよね」

「わたしもあれ大好き。スーパーの惣菜のコーナーにあると、どうしても買っちゃう。今よく

行くスーパーにもあるから、いつも買っちゃう。置かないで~って思いながら買っちゃう」

「何で置かないでって思うんですか?」

「揚げものだから、カロリーはヤバそうじゃない」

「でもあれば買うんですか」

「うん。だからたまに置くぐらいにしてほしい。あ、今日はある、あるから買う、みたいにしたい。それなら、たまにだからオーケー、と思えるから」

「そこは洋さんが自分で調整しましょうよ」

「だからしてるのよ。スーパーに行っても、惣菜コーナーには近寄らないようにしてる。たとえそこを通ったほうが近道でも、遠まわりする」

「その調整!」と千月が笑う。

「そんななんで、わたし、中華丼にうずらの玉子が入ってるとすごくうれしいもんね」

「あ、それはわかります」

「入ってないと凹む。入ってたら、残しておいて、最後に食べる」

「そこまでですか」

「うん。そうしてる人は結構いると思うよ」

「ショートケーキのイチゴみたいなものですかね」

「それ」

「わたしもあのイチゴは最後に食べます」

「わたし、あれは最初に食べちゃう」

「そうなんですか?」

「そう。だって、ほら、ショートケーキだったらさ、スポンジとスポンジのあいだにも、カットされたイチゴとホイップクリームが入ってるじゃない。そのイチゴホイップ部を大きめに残しておいて、最後にパクッといく。載っかってるイチゴは、スタートの合図。よ~い、ドン! の、ドン! みたいなもの。そのイチゴで勢いをつける」

「おぉ。一応、考えてるんですね」

「一応って何よ。やっぱディスってる?」

「ディスってないですよ。ほめてます」

「そこは全力でじゃないんだ?」

「そうですね」

「そうなのね」

チャンジャと豆腐サラダに続き、串ものもどんどん届く。

ビールをクリアしての二杯め。千月はシャインマスカットサワー、わたしは巨峰サワー。

それをともに一口飲んだところで、千月が言う。

「洋さん」

「ん?」

「今日は報告があります」

「何?」

千月はすぐには言わない。シャインマスカットサワーをさらに飲む。

だからわたしも巨峰サワーをさらに飲む。ブドウ姉妹だな、と思う。

先に口を開くのはわたしだ。

「え、何、何、ずいぶんためるじゃない。もしかして」

「何ですか?」

「会社やめるとか?」

「あぁ。そういうことじゃないです」

「じゃあ、どういうこと? もしかして」

「何ですか?」

「不倫してるとか?」

「いや、何でですか」

「だって、会社やめるのでなければそれかと」

「ちがいますよ」

「よかった。一瞬、社内不倫かと思っちゃったわよ。相手はもしかして課長? とか」

「課長はないですよ。無理」

「こんなこと言っちゃいけないけど、わたしも絶対無理。悪い人ではないけど、課長とデート

はできない。腕を組んで歩けない。スプーンで、あ~ん、とかもやれない。で、退職でも不倫

でもないとすると、何?」

「わたし、結婚します」

「えぇぇぇぇぇぇぇっ?」

関連書籍

小野寺史宜『片見里足立アフェクション』

小さき人生を送る全ての人に、乾杯! 生き方がバカで男運がない姉・洋。 何でもそつないエリートな弟・央。 マチアプと合コンで、それぞれ恋人ができたはいいけれど――。 不器用な二人の“不穏な”恋の行方は? 大切な人を想い合う無骨な情緒が沁みる、長編小説。

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片見里足立アフェクション

小さき人生を送る全ての人に、乾杯!

 

生き方がバカで男運がない姉・洋。

何でもそつないエリートな弟・央。

マチアプと合コンで、それぞれ恋人ができたはいいけれど――。

不器用な二人の“不穏な”恋の行方は?

 

大切な人を想い合う無骨な情緒が沁みる、長編小説。

 

ファミレスで、夜景の見えるバーで、八重洲の居酒屋で、結婚式場で……

それぞれの乾杯にそれぞれの人生。

 

惚れっぽく男性に貢ぎがちな姉・洋を、何かと心配するエリート銀行員の弟・央。洋が商社マンの新恋人に浮かれる一方で、央も合コンで出会った女性となんとなく付き合い始める。「もしかして、騙されてる?」――お互いの恋路を気にかける片見里出身の姉弟と、なまぐさ坊主、探偵、公務員……故郷・片見里の面々が織りなす優しい世界。

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小野寺史宜

1968年千葉県生まれ。2006年「裏へ走り蹴り込め」で第86回オール読物新人賞を受賞。2008年『ROCKER』で第3回ポプラ社小説大賞優秀賞を受賞し同作で単行本デビュー。著書に「みつばの郵便屋さん」シリーズ、『片見里、二代目坊主と草食男子の不器用リベンジ』『片見里荒川コネクション』『ひと』『食っちゃ寝て書いて』『タクジョ!』『今夜』『天使と悪魔のシネマ』『僕は刑事です』『あなたが僕の父』『言問ラプソディ』などがある。

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