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新宿・歌舞伎町

2026.02.16 公開 ポスト

「看板下ろしてタイマンはってやるよ」夜の世界の掟を破ったホスト時代の苦い事件手塚マキ

2月21日(土)15時半より、日本最大の読書サークル・猫町倶楽部とSmappa!Groupによる読書会「文化系ホストクラブ」が開催されます。課題図書は、Smappa!Group会長、手塚マキさんの著書『新宿・歌舞伎町 人はなぜ<夜の街>を求めるのか』です。開催を前に、歌舞伎町の奥深さがわかる本書より一部を抜粋してお届けします。読書会に参加ご希望の方は、猫町倶楽部のサイトをご覧ください。

(写真:Unsplash/Vito Papuan)

ホストは看板商売

21世紀になる直前から、私は不動のナンバーワンになっていた。歌舞伎町でも3本の指に入るような売れっ子ホストだ。ホストをやっていて私を知らない人はいなかった。

ある日営業終了後、お客様を後輩と2人で送り出した。区役所通りに出てタクシーを止めてお客様を乗せて見送った。その後、店に戻る我々の背中に「こっちが先にタクシー待ってたろーが。ふざけんなよ」という罵声が他店のホストから投げかけられた。我々は酔っていなかった。気を使った後輩が、「すいませーん」と軽く言い、「酔っ払いですよ、あんなバカほっといて戻りましょ、ささ」と私を店の方に促した。

ホストは、看板商売だ。後輩もわかっている。私がここで振り返らないで店に戻ることがカッコ悪くないように仕向けてくれたのだ。しかし、そのホストはしつこく何やら叫んでいる。当時は私も若かった。振り返ってしまった。

そのホストは肩を揺らして私に向かって歩いてくる。私は黙ってただ立っていた。ぶつかる直前で止まる。「舐めてんのか? このやろう」と意気込んで迫ってくる。お客様の前でカッコつけたいのだろう。まだそういうホストはこの時代にはいた。私は冷静だった。

当然、私のことは認識していると思ったので、「看板下ろしてタイマンはってやるよ」と言ってやった。相手は「舐めてんのか? 俺に勝てると思っているのかよ」と明らかに怯んだ表情で、口喧嘩を続けようとする。唇が震えていた。そんなことにならずに、我々が引いて終わるだろうと思っていたのだろう。たいがい実際の殴り合いの喧嘩にはならず、こういういざこざで終わることがほとんどだ。もう私が優位のモードだった。

「看板下ろして」というのは、店同士のおおごとにしないということだ。店の格も個人の格も私の方が上なのに、あえて看板を下ろすというからには、私が余程腕に自信があると相手は思ったことだろう。

正直、私も途中で向こうの店の人間が止めに来るだろうくらいに安易に思っていて実際にタイマンなんてはる気は毛頭なかった。疲れていたし、さっさと店に戻りたかった。

「やってやるよ。ついてこい」とそいつが言ってきた。まー、途中で止めが入るだろうと高をくくって付いて行った。もしくは途中でやっぱりやめると言い訳するか、軽い気持ちだった。腕っぷしの強い後輩もいたので、どうにでもなると思っていた。いきなり殴られても大怪我する強そうな相手ではなかった。だからどのみち私の格好はつきそうだった。

しかし、そいつが連れて行った先はそいつの店の下で、酔っぱらった仲間たちがたむろしていた。「揉め事かー?」と騒ぎ立てた1人がいきなり私に飛び掛かってきた。それを合図に10人くらいにもみくちゃに袋叩きにされた。反撃する隙はなかった。

まだラグビーをやっていた体力も残っていたし、腕力にも自信があったが、攻撃するより防御の方が断然疲れる。後輩と向こうの店の冷静な人間が間に入って、その場を鎮める頃にはへとへとになっていた。相手たちは騒ぎながら店に戻り、私も後輩が店に連れ戻してくれた。

とりあえず私は疲れていた。そして冷静でもあった。店の人間たちは「戦争だ!」と殺気だって、相手の店に乗り込もうとした。完全に非は向こうにある。それは向こうの店もわかったようで、すぐに相手の店の偉い人間がうちの店長に連絡して謝ってきた。店長はみなを鎮めた。

それは大人の話し合いにするということだった。お前が格好つくようにするから、と言ってくれた。私はラグビーをやっていたから痛みには鈍感だったが、一応病院に行った。このときは特にむかついていなかった。それよりも疲れて眠かった。

起きてすぐに店長から連絡があった。先方のケツモチのやくざが大金を持って謝りに来たと。それは我々堅気の世界では終了のゴングだ。店長は「もうどうしようもないんだ、ごめんな」と私に謝っていた。

私は気持ちの整理ができていなかった。昨日の私の態度に間違った部分は特になかった。後悔する部分も特にない。でも、どうも腑に落ちない。

夜お店に行って裏のスタッフルームでしばらく考えていた。あの絡んできた奴の顔を思い出すとむかつくが、それよりもその前に震えていた唇の方が印象深く、悔しさはない。

だけど、お金を貰って終わりでいいのだろうか。

私は驕っていたのだ。歌舞伎町のホストはみな私のことを知っている。散々イケイケでやってきて他店とも何度も喧嘩をして、メンツを保ってきたという誇りを持っていた。

しかし実際は、どこのホストだかわからないチンピラのような奴に絡まれて、袋叩きにされるようなレベルの舐められた存在だった。

これで終わりにしてはダメだ。今まで舐められないためにやってきたんだ。あいつらは言うだろう。「手塚を袋にしてやったよ」と。

そんなことを言われるためにやってきた訳ではない。感情的になってきたが、冷静に考えもした。所詮その程度のホストだったんだ。そんな私が歌舞伎町のナンバーワンになるのに、ここで数百万貰って終わりでいいのか? そんな奴がナンバーワンになれるのか? 私のメンツは上がるのか? いや、確実に下がる。

酔っぱらった後輩がスタッフルームにやってきて横になった。そいつにこう聞いてみた。

「今から昨日の店に乗り込もうかと思うんだけど、どう思う?」

「行きましょうよ」

即答だった。

スタッフルームにある使い古したおしぼりを両手に巻いて、店を飛び出した。

営業中の、そいつらの店に向かった。何も計画はない。

店のドアを開ける。入り口のキャッシャーにいた人はキョトンとしている。無視して店内に入っていく。初めて入る店だ。古めかしく暗い店だった。営業中の店内を歩く。昨日の奴を探す。すぐに見つけた。私の顔を見てぎょっと驚いて後ずさりするそいつに向かって走り、殴って、摑みかかった。その瞬間一気に周りのホストたちが襲い掛かってきた。後輩がそれを必死に止めるが、かなわない。私は、床に押しつぶされて全身を蹴られまくる。そいつの髪の毛だけを放さない。そいつは逃げようともがく。両手で防御していない身体は、昨日よりも激しい痛みを伴う攻撃を食らい続ける。もみくちゃだ。「キャー」とお客様の声も響く。

しばらくして、そのお店の店長らしき人が彼らを引きはがす。

我々はその場にへたり込む。手には大量の髪の毛が絡まっていた。全身が悲鳴を上げていた。店の一角のソファーで待っているように言われた。疲れ果てながらも、ソファーに土足で上り、その上から店全体を見渡すように座った。後輩は私の横のソファーに座って「タバコ吸います?」と私を見上げて差し出してきた。私はタバコを吸った。

「私の○○に手を出したら許さないからね!」と叫ぶお客様や泣いているお客様もいた。ホストたちは指示が出たのか私には構わず、順次お客様の送り出しをしていた。私は高い位置から見下ろしながら乾いた口から煙を吐いて、眺めていた。うちの店長がやってきた。バカ野郎と頭を叩かれてソファーに座らされた。いつも優しい店長だが当然怒っていた。

あからさまに怖い方々が数人店に入ってきた。そしてシャッターを閉めた。うちの店長をいきなり殴った。店長は謝った。そしてそこに座れと床を指した。我々は床に正座した。

ケツモチのメンツを潰すとどうなるか

私の行為は、相手のケツモチのメンツを潰したのだ。和解をうちの店も了承してすでに終わった話をぶち壊したのだ。何よりもメンツを大事にしている方々だ。許す訳がなかった。夜の世界で生きていれば常識だし、その抑止力が、ある意味で歯止めになって、街の均衡は保たれていた。私は夜の世界のルールを破ったのだ。自分のホストとしてのプライドだけを考えて掟を破った自分勝手な奴だった。

それなのに私は、とんでもないことをした実感はまだなかった。ある程度の仕打ちを受けるに当然のことをしたと思っていたから冷静でいたが、すぐに足が痺れて、早く終わって欲しいと思った。ちょいちょい殴られたり、脅されたりして時間は過ぎる。私よりも店長への仕打ちが酷かった。横に座っている店長は謝り続けていた。冷静に脅す年配の人、大げさに威嚇する若い人、役割分担がわかりやすかった。

「コンクリ用意しとけよ」なんて映画の中のセリフだと思っていた。すべてが映画のワンシーンのようだった。私の中にはまだ客観的な自分がいた。このときまでは。

* * *

続きは、『新宿・歌舞伎町 人はなぜ<夜の街>を求めるのか』をご覧ください。

また、2月21日(土)15時半より、猫町倶楽部×Smappa!Groupによる『新宿・歌舞伎町 人はなぜ<夜の街>を求めるのか』読書会を開催します。会場は、新宿・歌舞伎町のホストクラブ「APiTS(アピッツ)」。著者の手塚マキさんも参加します。
詳細・お申込みは、猫町俱楽部のサイトからどうぞ。

関連書籍

手塚マキ『新宿・歌舞伎町 人はなぜ<夜の街>を求めるのか』

戦後、新宿駅周辺の闇市からあぶれた人々を受け止めた歌舞伎町は、アジア最大の歓楽街へと発展した。黒服のホストやしつこい客引きが跋扈し、あやしい風俗店が並ぶ不夜城は、コロナ禍では感染の震源地として攻撃の対象となった。 しかし、この街ほど、懐の深い場所はない。職業も年齢も国籍も問わず、お金がない人も、居場所がない人も、誰の、どんな過去もすべて受け入れるのだ。 19歳でホストとして飛び込んで以来、カリスマホスト、経営者として23年間歌舞伎町で生きる著者が<夜の街>の倫理と醍醐味を明かす。

倉科遼/柳葉あきら『夜を生きる 歌舞伎町・ホスト手塚マキ物語』

〈夜の街〉と〈ホストの人生〉を変え続ける男。 新宿・歌舞伎町の元ナンバーワンホスト名物経営者の生きざまをネオン劇画の巨匠がマンガ化&舞台化 軽い気持ちで新宿・歌舞伎町のホストクラブで働くことにした19歳、大学一年生の手塚マキ。優等生人生では見ることのなかった世界。刺激的な毎日。とはいえ、いつかは就職して、まっとうな社会人になるつもりだった。なのに、ナンバーワンになった自負と虚栄心によって起こした事件で歌舞伎町にとどまることになってしまう――。挫折も、孤独も、欲望も、人間のすべてを飲み込む、新宿・歌舞伎町で生き続けるということ。「『夜王』を終えて10年。もう一度ホストを書きたいと私に思わせたのが手塚マキです」と倉科遼氏に言わしめた、稀有な夜の街の住人、手塚マキの生きざまをマンガ化。2022年11月17日〜27日は新宿シアターモリエールにて本作を舞台化する。

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新宿・歌舞伎町

2020年11月26日発売の新書『新宿・歌舞伎町』について

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手塚マキ

歌舞伎町でホストクラブ、バー、飲食店、美容室など10数軒を構える「Smappa! Group」の会長。歌舞伎町商店街振興組合常任理事。JSA認定ソムリエ。1977年、埼玉県生まれ。川越高校卒業、中央大学理工学部中退。97年から歌舞伎町で働き始め、ナンバーワンホストを経て、独立。ホストのボランティア団体『夜鳥の界』を仲間と立ち上げ、深夜の街頭清掃活動を行う一方、NPO法人グリーンバードでも理事を務める。2017年には歌舞伎町初の書店『歌舞伎町ブックセンター』をオープンし、話題に。著書に、『自分をあきらめるにはまだ早い』『裏・読書』(ともにディスカヴァー・トゥエンティワン)、『ホスト万葉集』(共著、講談社)がある。

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