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新宿・歌舞伎町

2021.05.02 更新 ツイート

夜の街で働くことは「お互い様」を生きること 手塚マキ

Photo by Jezael Melgoza on Unsplash

一年以上続くコロナ禍。三度目の緊急事態宣言も、酒場や興行など、いわゆる「不要不急」とされる場所が自粛の対象です。しかし、いったい「不要不急」とは何なのでしょうか? 23年間生きる元カリスマホストの名物経営者が新宿の知られざる姿を描いた、『新宿・歌舞伎町 人はなぜ<夜の街>を求めるのか』を読めば、不要不急ゆえの懐の深さが多くの人を救ってきたことがわかります。そんな歌舞伎町で働くとは、どういうことなのでしょうか?

歌舞伎町は辿り着く街

過去最高のホストバブルの最中にコロナ禍はやってきた。

そんな中でも歌舞伎町もホストクラブも逞しかった。私はまた驚かされた。楽しんでいる訳ではもちろんないが、とにかく前向きに逞しく生きていた。

カミュの小説『ペスト』にコタールという登場人物がいる。密売を生業にしている彼はいつか捕まって死ぬかもしれないという恐怖と隣り合わせで生きていた。ペストに怯える人々は、彼から見れば普段の自分と同じ状況に陥ったように見えた。そして彼にとってはいつ死ぬかわからないペスト禍は普段と変わらない日常であって、怯える人々をほくそ笑んで眺めていた。

こんな話も聞いたことがある、戦争に行っても精神を壊さない人が数%いる。そういう人は普段から喧嘩や暴力に明け暮れている人だそうだ。

社会には一定数そういう人たちがいる。そういう人たちが生きられる場所は必要ないのだろうか。

歌舞伎町はやってくる街ではない。辿り着いてしまう街だ。いたい街ではない、いついてしまう街だ。長くいるつもりで最初から来る人なんてほとんどいない。通り過ぎるつもりでこの街にやってくる。向かっていく街ではない、逃げ込んでくる街だ。何回だって逃げ込んでこられる。

「夜を上がる」という言葉がある。歌舞伎町卒業なんて言葉で送り出されたりする。

しかし平気で復活もする。しれっと歌舞伎町に舞い戻ってくる。誰もそれを咎めない。

大きな夢を語って歌舞伎町を卒業する人ほど、夢破れて歌舞伎町に帰ってくる。誰もそれを笑わない。何事もなかったかのように、ただの歌舞伎町の一部になっている。

誰でも受け入れるし、去っても止めない。

彷徨っている人のとまり木なのか。

彷徨う人が集まって、日々彷徨っている。

私も彷徨っている。

昨日も何時までどこで飲んだか覚えていない。今は14時、何度も頭が痛くて目が覚めた。口がカラカラで朦朧とする。水道水を手ですくって唇を濡らすように吐いてしまわない程度に胃に入れる。もう一度布団に入りお腹の気持ち悪さを抑え込むような体勢を探す。漏れる声はかすれている。一瞬昨日の記憶がよみがえるが消す。思い出したくない。もう少し眠りたい。16時、溜まったラインを開いて頭が働きだす。布団の中で焦点の合わない片眼を閉じてとりあえずの返信をしているうちに今日が始まる。

もう二度と飲まない。

と何度、何百回と思ったことをまた思った。と思う。

気持ちが悪い。

このまま無理矢理日常を始めれば、昨日の記憶はどこか遠くに閉じ込められる。水分を異常に摂取しながら、透明なおしっこを繰り返して、退屈な会議を繰り返す。そうやって酔った醜態は他人の中だけに残る。

今日はついてない。予定がない。否応なしに昨日の記憶と向き合ってしまう。随分偉そうに街について語っている私がいる。恥ずかしい。

誰かに迷惑かけたかな、嫌な思いをさせてないかな、あんまりハッキリ思い出したくないから探り探り表層的に記憶を辿る。とりあえず他人に害は与えていないようだ。被害も特にない。大きな波はなかったようだ。

知り合いの知り合いに会ったな、お店を新しくオープンする予定でそこで働くスタッフになってもらおうと一生懸命口説いているのに協力したな。良い人ぶって先輩ぶって熱く語って、会計も見ないで全員分払って領収書も貰わずに先に帰ったんだ。で、タクシーの中で後悔したんだ。

何か胃に入れようと水をがぶ飲みして、いつから冷蔵庫にあるかわからないプリンを食べる。顔がかぁーっとする。また酔いが回ってきたようだ。胃の表面から体内をえぐるような鈍痛が後悔を煽る。

SNSをだらだらと流し見するくだらない時間を過ごす。陽が暮れてきた。

「お互い様」を生きる

昨日は歌舞伎町で19時に5人で飲み始めた。会は22時にお開きになり、みな帰る。私はその店に残り、テーブル席からカウンター席に移動し他のお客様と飲み続けた。隣で飲んでいる女性は終電を気にしていた。いいじゃんいいじゃんと無責任に終電を忘れるように煽る。意味はない。別のお客様と話していると、彼女はまだそこにいた。朝までどうするの? と聞くと、適当と言っていた。悪いことをした。

友達が仕事の話をしたいと言ってやってきた。堅苦しい資料を見せられた。ほとんど覚えていないが何となくダメ出ししたような気がする。

24時を回る頃に適当な小さなキャバクラへ。2000円のドリンクをせがむキャバ嬢に1000円のドリンクを2杯振る舞う。ウーバーイーツの配達員のようなお兄さんが店の入り口に立っていたが、キャッチのお兄さんだと聞き、あれなら警戒心なく声を掛けられてしまうな~と思ったが、キャッチを使っているこの店はプチぼったくり店か。飛んで火に入る夏の虫。私は普通に飲みに来ている。

随分酔って店を出て、隣の店の扉を開く。深夜にやっているガールズバーというかスナックというか、女の子は隣には座らないで正面に座る。隣の客に話しかけられる。恐らく怖い系の方々だが、礼儀正しい。こちらもビビっていないふりをしながら怒らせないように怒らせないように、ため口風敬語でプライドを保つ。へいこらしたら女の子に嫌われるし、偉そうにしても嫌われる。特別好かれたい訳でもないけれど嫌われたくはない。

自分を自分として如何に自覚して生きているか? が品格だと高校の先生に教わった。品格を保つ綱渡り。楽しくなったふりをして、いや、そんなシチュエーションが本当に楽しくなってきたのか、酔いがかなり回ってきたのか、大物ぶって機嫌よくシャンパンを入れて、周りに振る舞う。安いプラスチックのぬるっとしたフルートグラスにぬるいシャンパンが注がれて一気に喉で飲む。

通りに出て馴染みのバーへ移動する。バーボンのロックをちびちびとやるが呂律も回らない。タバコの吸い過ぎで頭もくらくらする。帰ろうとフラフラ靖国通りに向かうが外の空気を吸って元気になった気がしてもう一杯。ここで件(くだん)の説教を初対面の方々にしたようだ。

確認する気もない。またいつかどこかで会うだろう。

私は回遊魚だ。彷徨っているだけだ。何もない。何も生産性はない。ハローグッバイを誰だかわからない人と、誰だかわかっていない私がしただけ。残ったのは圧倒的な気怠さと吐き気と、溜まる仕事。

人生で悩んでいないことなんてない。まっすぐになんて生きられない。いつだって彷徨っている。でも、社会で生きるには、それじゃダメなんだ。私だって従業員たちに言う。芯を持て、筋を大事にしろ、ミッションを守れ。効率だ、費用対効果だ。

映画「ファイト・クラブ」では殴り合って、生きている実感を得る。そんな現実離れしたことは私にはできない。でもこの圧倒的な気怠さと後悔は、確かに私が生きている実感を与えてくれる。無意味だけど、無価値ではない。

何にも考えずに無責任に彷徨いたい。

誰でも受け入れるけど、誰に対しても無関心を装ってくれる歌舞伎町は、誰もが何者にもならずに彷徨える街だ

私たちは自らも彷徨い、そして彷徨っている人を受け入れて、お互い様で生きているのだ。

関連書籍

手塚マキ『新宿・歌舞伎町 人はなぜ<夜の街>を求めるのか』

戦後、新宿駅周辺の闇市からあぶれた人々を受け止めた歌舞伎町は、アジア最大の歓楽街へと発展した。黒服のホストやしつこい客引きが跋扈し、あやしい風俗店が並ぶ不夜城は、コロナ禍では感染の震源地として攻撃の対象となった。 しかし、この街ほど、懐の深い場所はない。職業も年齢も国籍も問わず、お金がない人も、居場所がない人も、誰の、どんな過去もすべて受け入れるのだ。 19歳でホストとして飛び込んで以来、カリスマホスト、経営者として23年間歌舞伎町で生きる著者が<夜の街>の倫理と醍醐味を明かす。

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新宿・歌舞伎町

2020年11月26日発売の新書『新宿・歌舞伎町』について

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手塚マキ

歌舞伎町でホストクラブ、バー、飲食店、美容室など10数軒を構える「Smappa! Group」の会長。歌舞伎町商店街振興組合常任理事。JSA認定ソムリエ。1977年、埼玉県生まれ。川越高校卒業、中央大学理工学部中退。97年から歌舞伎町で働き始め、ナンバーワンホストを経て、独立。ホストのボランティア団体『夜鳥の界』を仲間と立ち上げ、深夜の街頭清掃活動を行う一方、NPO法人グリーンバードでも理事を務める。2017年には歌舞伎町初の書店『歌舞伎町ブックセンター』をオープンし、話題に。著書に、『自分をあきらめるにはまだ早い』『裏・読書』(ともにディスカヴァー・トゥエンティワン)、『ホスト万葉集』(共著、講談社)がある。

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