
一日一冊読んでいるという”本読み”のアルパカ内田さんが、幻冬舎の刊行作品の中から「今売りたい本」を選び、そして“POP職人”としての腕を振るって、手描きPOPも作ります。
そして、アルパカ内田さんへの「オススメ返し」として、幻冬舎営業部の人気者・コグマ部長からも、一冊ご紹介。
* * *
元カリスマ書店員でPOP職人のブックジャーナリストが売りたい本
第17回 樋口美沙緒『ママはきみを殺したかもしれない』

躍中の美汐。だが、彼女の心は晴れない。
小学校から呼び出され、7歳の息子・悠を「支
援クラス」に通わせることを勧められたからだ。
その日、手に負えない悠の首を絞め、美汐は
そのまま気絶する。意識が戻ると、そこには
1歳になったばかりの悠がいた。神様がやり
直しをさせてくれる! 美汐は、理想のママに
なろうと奮闘するが―。
こんにちは。「しろみ」も「きみ」も大好きなアルパカ内田です。
何と騒めきが疾走する物語なのだろう。脚本家として実績を重ねる美汐。理解のある夫と郊外の一軒家で幸せに暮らしていたが、七歳になる息子・悠の反発に思わず首を絞めてしまう。混乱のうちに気を失い、時計の針は六年前に巻き戻る。仕事を優先にして子どもを手にかけてしまった後悔から、今度は愛息と真正面から向きあう生活を選ぶのだ。一度きりの人生だからこそ、生き直すことは誰にとっても見果てぬ夢である。
しかし思うように運命は転ばない。生きがいであった夢を手離し、息が詰まるような日常生活の中で苛立ちが増え続け、美汐の心は漆黒の闇に覆われる。愛から生まれる憎しみ、そして一線を越える狂気。些細な違和感がいつしか大きな絶望へと転じてしまうのだ。
「いいママ」になりたかった美汐にも、亡き母による束縛があった。実体の見えない母性。走馬灯のように再現される記憶のシーンが胸を締めつける。脚本家という設定も絶妙だ。人生は筋書きのないドラマであり、何かを選ぶことは何かを失うことでもある。美汐だけではなく、ひとりの女性に与えられる役割は妻、母、地域人、仕事人と多岐にわたり、すべて完璧に演じることは困難を極めるのである。
全編から問われるのは人生におけるファースト・プライオリティだ。人は誰のために生きるのか。成功のためには犠牲が必要なのか。巧妙に紡がれたメッセージは読む者すべての心に突き刺さるであろう。まさに理不尽なこの世に生きる、現代人必読の一冊だ。

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アルパカ通信 幻冬舎部

元カリスマ書店員で、POP職人でもある、ブックジャーナリストのアルパカ内田さんが、幻冬舎の新刊の中から、「ぜひ売りたい!」作品をピックアップ。
書評とともに、自作の手描きPOPも公開。
幻冬舎営業部のコグマ部長からの「オススメ返し」もお楽しみください!
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