
一日一冊読んでいるという”本読み”のアルパカ内田さんが、幻冬舎の刊行作品の中から「今売りたい本」を選び、そして“POP職人”としての腕を振るって、手描きPOPも作ります。
そして、アルパカ内田さんへの「オススメ返し」として、幻冬舎営業部の人気者・コグマ部長からも、一冊ご紹介。
* * *
元カリスマ書店員でPOP職人のブックジャーナリストが売りたい本
第16回 坂井希久子『市松師匠幕末ろまん 黒髪』

で身を立てるという密かな夢があった。そのた
めに師事する市松師匠は、腕前はもちろん、
人形のように白く整った顔をした絶世の美女
で、おりんの憧れの的。だが、ある日の稽古
帰り、忘れ物を取りに稽古場へ戻ったおりん
は想像だにしない事態を目にする……。謎が
謎を呼ぶシリーズ第一弾!!
こんにちは。村神様と黒髪様には一抹の不安もなし。アルパカ内田です。
心を揺るがす人間模様に繊細な季節の移ろい。江戸情緒を完璧に再現したシリーズが開幕した。導入部分から20数ページでクライマックスのような衝撃が訪れる。まさに大胆不敵で思わず驚きの声が出た。これはもう胸騒ぎとページをめくる手が止まらない。
真っ直ぐで初々しい主人公・おりん。恵まれた環境で生まれた彼女が三味線で身を立てたいという夢は叶えられるのか。そして惚れ惚れするほど美しき師匠・市松の人知れぬ秘密とは。芸の道を極めようと燃え上がる情熱。ミステリアスな過去にスリリングな師弟関係。一筋縄ではいかない男女の情感も絡み合って、一分の隙も見せない展開もまた見事である。
舞台が幕末動乱期というのもドラマティック。太平の世に止まっていた時の流れが堰を切ったように動き出すさまが如実に感じられ、終盤には歴史的な事件も顔を覗かせる。明日をも知れぬ命を抱きしめて闘う男と女。乱れた世に凜と咲く人情が心地よく、激しくも儚い恋模様の行方もまた心を締めつける。
恋人に去られた女の哀感を存分に震わせる長唄「黒髪」の調べが絶妙にストーリーと溶け合い、読みどころの中でもとりわけこうした「音」に注目だ。
冒頭の三味線のリズムをしっかりと胸に刻みつけ、ラストの素晴らしき余韻まで、思う存分味わってほしい。この中毒性の高さは尋常ではない。すでに続きが気になって仕方ないが、共感の輪を広げながら続刊を待とう。

幻冬舎営業部 コグマ部長からオススメ返し
鎌田 實『60歳からの「忘れる力」』

えてくる。しかし人生の8割は忘れていい
ことだ。他人の評価も、古い健康常識も、
年齢も、面倒な人間関係も……。長年にわ
たって高齢者医療を牽引する著者による、
好きなことだけで生きるためのヒント60。
一方こちらは内科医を50年近く続けてきた医師による、実践的エッセイ。
著者は、世の中にはびこる「忘れる=悪」「老化=悪」という風潮を一刀両断。年を重ねれば辛いことも悲しいこともどんどん増える。だからこそ不都合なことは忘れて肩の荷を下ろそうではないかと提案する。もちろん、ただ忘れてしまえという乱暴なものではない。著者は言う。
日々の8割はどうでもいいこと。つまらないことに束縛されて本当に大切なことを見失っていないだろうかと。心あたりは誰にもある。例えば、気の進まない飲み会に出かけたり、くだらない話に相づちをうったり……。そんな時は、「いい人になること」を忘れ、「優しい人」になろうという。広げ過ぎた両手をちょっとすぼめて、今目の前に広がる日々を丁寧に暮らす。もちろん、それでも仙人のようには暮らせない。そんなときのために「昨日までのモヤモヤや不機嫌」を忘れて、負の感情を水に流す方法も伝授している。
不思議だが、この著者に言われると頑張らなくていい、でも、あきらめなくてもいいと心から思えてくる。もちろん、メンタルな部分だけではない。肉体面では「やせなきゃ」という思いこみを忘れ、「不要な検査・治療」もどんどん忘れよう。そして、健康づくりの基本はうまいものを食べて運動すること。食べ物はなるべく腸が喜ぶような発酵食品を多く摂る……。やれることからやってみよう。
まだ自分にはこの本は早いと思っている人もいるだろう。でも、自分が思うより早く人生の時間は過ぎる。今忙しい日々を過ごしているという自覚があるなら、早めにこの本を読んでほしい。
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アルパカ通信 幻冬舎部

元カリスマ書店員で、POP職人でもある、ブックジャーナリストのアルパカ内田さんが、幻冬舎の新刊の中から、「ぜひ売りたい!」作品をピックアップ。
書評とともに、自作の手描きPOPも公開。
幻冬舎営業部のコグマ部長からの「オススメ返し」もお楽しみください!
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