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めぐみの家には、小人がいる。

2022.11.22 更新 ツイート

12話 可愛いと思っていた小人のオーナメントも、不気味に見える。 滝川さり

オカルトホラーの新星、滝川さりさんの新刊『めぐみの家には、小人がいる。』の試し読みをお届けします。

机の裏に、絨毯の下に、物陰に。小さな悪魔はあなたを狙っている――。

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改めて食堂を見回すと、本当に外国に来たみたいだ。中世の城館を想起させる天井の小梁こばりと、重厚な飾り戸棚。並ぶ家具は全て時代を感じさせるアンティークもの。ランプやシャンデリア、窓枠に曲線を取り入れるのは当時の流行だったのだろうか。

さながら映画の世界に入り込んだみたいで、自分がひどく場違いに思える。

ここを家として暮らすのは、いったいどんな気分なのだろう。

もし美咲がめぐみくらいの頃にここを訪れていたら、走り回って喜んだはずだ。

だって、まるでお姫様みたいな──

 

「おばあちゃんはね、そこで死んでたんだよ」

 

突然、めぐみは言った。

「……え?」

「そこだよ。今、先生が座ってる椅子。同じ場所」

小さな指が、美咲をさした。

「わたしも見たの。おばあちゃんが死んでるの」

幼い声が、抑揚もなく続ける。

「家に入ったときから、すごく嫌な臭いがしたの」

「おばあちゃん、座ってた。来たよって言っても、何も言ってくれなかった」

「ぶぶぶぶって、すごい量の虫が集まってた」

めぐみちゃん。

「お母さんはダメだって言ったけど、近づいた」

「近づいたら、虫がわーって離れていった」

「おばあちゃんは黒くなってた。絨毯も真っ黒だった」

やめて。

「よく見たら、小さい穴がたくさんあいてた」

「ほっぺも、手も、目の白いところも」

やめて。

「それに、お腹のお肉はなくなってて、口の中には──」

「やめて!」

美咲は叫んだ。

しんと、今度こそ本物の沈黙が下りた。

「……死んだ猫も……小人も、本当はいないんでしょ?」

口にしてから、美咲はハッとした。

めぐみの表情は変わらない。じっと美咲を見つめている。

その目は冴子とそっくりだった。

美咲は足許を見た。絨毯の敷かれていない、剥き出しの木の板。

ここで、めぐみの祖母は死んだ。

──遺体は全身に細かい穴があいており、一部は腐敗していたという。

新聞記事の文章が脳裏をよぎる。したくもない想像をしてしまう。

全身にあいた小さな穴から血を噴きこぼす老婆の姿。

穴だらけになった瞼は瞳孔が開き切った深紅の眼球を隠すことなく、だらりと口から垂れた舌までグロテスクなドット柄で、黒い点々は穴なのかたかる虫なのか判別がつかず、むくろに湧いた蛆虫うじむしは全身の穴から顔を出す──

口を押さえる。酸っぱいものが胃の奥からこみ上げてくる。

めぐみの皿は、いつの間にか空になっていた。

「……せ……先生は、帰るね。また、学校でね」

足許に置いていた鞄を掴み上げると、美咲は足早に旧ゲオルグ邸を後にした。

めぐみは追ってこなかった。「待って」と言われることもなかった。

森を抜けたところで、美咲は別れ際の言葉を間違えたことに気づいた。また、学校でね──つい、他の児童と別れるときと同じ言葉を使ってしまった。もしかしたら、めぐみは傷ついたかもしれない。

その前にもひどいことを言ってしまった。

「小人なんていない」と頭ごなしの否定はしないと決めていたのに。

自己嫌悪の帰り道だった。

家に帰ってから、美咲は鞄に入れた飴玉の存在を思い出した。めぐみのことは気になったが、旧ゲオルグ邸から持ち帰ったものを自宅に置きたくはない。

 

だが、鞄に入れたはずの飴玉は、いくら探しても出てこなかった。

 

*   *   *

 

翌朝は、本来家を出るべき時間の十五分前に目覚めた。

昨晩も授業の予習ができなかった。まだストックはあるが、このままでは授業のクオリティが落ちていく。いっそのこと今日は休んで授業の予習をしようかとも思ったが、白井の目も日に日に厳しくなっているのを感じる。急な病欠は避けるべきだろう。

最低限の準備をして、家を出る。出がけに鏡を見ると、片方の目が真っ赤だった。

疲れている証拠だ。

 

十二月に入ると、街はいよいよクリスマス一色になった。歩いていると、山下達郎やましたたつろうの「クリスマス・イブ」がどこかから流れている。ワム! の「Last Christmas」や、松任谷由実まつとうやゆみの「恋人がサンタクロース」も。

耳に入ってくるクリスマス・ソングを、何の気なしに口ずさむ。そうすると、ほんの少しだけ気分が高揚する。クリスマスにいい思い出なんてないのに。

アパートから小学校までの道のりに、雑貨屋の集まる通りがある。ふと目に留まったショーウィンドウの中では、クリスマス・ツリーの森で小さな人形たちが並んでいた。小さくて丸い身体は大きな赤い帽子に半分くらいが隠れていて、真ん丸な鼻とたっぷりたくわえられた白い髭だけが出ている。──小人だ。表情も視線の先もわからない彼らは、ガラスの内側で何をするわけでもなく立ち尽くしていた。

以前なら可愛いとも思っていたそれを、美咲は直視できない。

(写真:iStock.com/Liudmila Chernetska)

……馬鹿馬鹿しいと思う。小人など実在しない。空想上の生物だ。

いつもより時間が遅いため、喜多野坂では登校途中の児童が目についた。美咲を見つけて大きな声であいさつをしてくれる子もいれば、会釈だけの子や、見なかったふりをする子もいる。たとえ無視されても、美咲は「おはよう」と声をかける。それはテストの解答用紙に丸をつけるような、機械的な作業になりつつあった。

山から吹き下ろしてくる風は刺すように冷たいが、手袋のおかげでポケットに手を入れなくて済んでいる。誰かに踏まれて砕けた木の葉が、カサカサと音をたてて下の街へ運ばれていく。これから年末にかけてもっと寒く、もっと忙しくなるだろう。だが、まだ眠気がまとわりついた頭では、そんな事実はどこか他人事のように感じられた。

関連書籍

滝川さり『めぐみの家には、小人がいる』

群集恐怖症を持つ小学校教師の美咲は、クラスのいじめに手を焼いていた。ターゲットは、「悪魔の館」に母親と二人で住む転校生のめぐみ。ケアのために始めた交換日記にめぐみが描いたのは、人間に近いけれど無数の小さな目を持つ、グロテスクな小人のイラストだった――。 机の裏に、絨毯の下に、物陰に。小さな悪魔は、あなたを狙っている。オカルトホラーの新星、期待の最新作!

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