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めぐみの家には、小人がいる。

2022.11.13 更新 ツイート

8話 腕は四本。大きな頭と口、ギザギザの歯と真っ赤な舌。そしてたくさんの紫色の目――。 滝川さり

オカルトホラーの新星、滝川さりさんの新刊『めぐみの家には、小人がいる。』の試し読みをお届けします。

机の裏に、絨毯の下に、物陰に。小さな悪魔はあなたを狙っている――。

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ページをめくって──美咲は思わず、ノートを手から離した。

ノートは、見開きのまま自宅の絨毯に落ちた。足が自然と一歩、後ろへさがる。だが、次の瞬間に美咲はノートを拾い上げると、つい今見たばかりのページをむしり取った。それから縦に引き裂いて、その後もがむしゃらに破いた。びりびりと音が響いて、しまいには、そのページは紙吹雪となって宙を舞った。

気づいたときには、へたり込んだ自分の周りに、紙屑が散らばっていた。ページは細かく刻まれ、もはや何が描かれていたのか判別できない。

だが、美咲の頭には、あの絵が一瞬にして焼きついていた。

そこに描かれていたのは……奇妙な生き物だった。

人の形をしているが、腕は四本生えていた。やたらと大きな頭と口をしていて、開かれた口の中にはギザギザの歯と真っ赤に塗られた舌が見えていた。

でも、そんなことはいい。子供が描きがちな、よくあるモンスターの絵だ。

耐えがたかったのは──顔だ。

モンスターの口の上には、紫色の小さな丸がぎっしりと描かれていた。

見た瞬間、美咲の中で何かが千切れた。それは、あのとき──小学校の遠足で、水筒からあふれ出た無数のダンゴムシを見たときと同じ感覚だった。やはり自分は未だに、あのトラウマを克服できていないのだ。

口の中が妙に苦い。美咲は立ち上がってキッチンに駆け込み、蛇口から水を飲んだ。

冷蔵庫にもたれて休んでいると、徐々に落ち着いてきた。それから、衝動的な行動を後悔する。教え子が描いてくれた絵を、こともあろうに破いてしまうなんて。

だが、復元する気は到底起きなかった。

絵の下には「小人」と書いてあった。グリム童話を読んで、描きたくなったのだろうか。それにしても、あの顔の粒々は何なのだろう。

キッチンを出る。床に散らばった大量の紙切れを見て──美咲は、天妃愛たちに破かれためぐみのグリム童話集のことを思い出した。

 

翌日の放課後。美咲はいつものように、旧ゲオルグ邸に向かった。

小径を抜けて館の前に出る。血のように赤い外壁は、何度見ても見慣れない。

すると、前庭でうずくまっている、ネグリジェ姿のめぐみを見つけた。

「めぐみちゃん?」

振り返っためぐみの手は、土で汚れていた。彼女の前には、色の濃い土がこんもりと盛り上がっていて、その上に木の枝で作られた十字架が刺さっている。

「……それ、何?」

「おはか」

ぽんぽんと土を両手で叩いて、それから手を合わせた。

「誰のお墓?」

「友達の」

「友達って?」

めぐみは答えない。黙って十字架を見つめている。……穴は小さい。金魚でも埋めたのだろうか。

答えは得られないのだと察して、本題に入ることにする。

「めぐみちゃん、先生ね……謝らないといけないことがあるの」

美咲は鞄からノートを取り出した。破れたページを開いて見せる。

めぐみは手を合わせたまま、口をパカッと開けた。

「小人の絵がない」

「そう。ごめん、先生、破って捨てちゃった」

「え、どうして?」

「それは……あの絵が、先生にとっては、すごく怖い絵だったから」

二人でお墓の前にしゃがみ込んだまま、美咲は自身の恐怖症について話した。小学生の頃のいじめで群集恐怖症を発症したこと。それ以来、たくさんの穴や斑点をまともに見られないこと。大人になった今でも、それは続いていること……。

めぐみは、じっと美咲の目を見て話を聞いていた。

「多分、口で説明してもわかりにくいから……今言ったことは、今日のノートにも書いたから、よかったら読んでね。……読んでくれる?」

「うん」

「ありがとう。……どうかした?」

「ううん。……先生もいじめられるんだね」

美咲は力なく笑った。

「でも、乗り越えたよ」

「本当に?」

「うん」

乗り越えた? ……本当に?

ただ時間が過ぎるのを待っていただけだ。その間は苦しんだ。今も苦しんでいる。

根本的な解決はできないまま痛みに耐え続けることを「乗り越える」と呼ぶのか。

目の前の子供にも、それを強いようとしているのか。

「先生?」

気がつくと、茶色い瞳が覗き込んでいた。

どこかから讃美歌が聞こえる。喜多野町にある教会からだ。聞き覚えのある歌声──あれは「きよしこの夜」だ。

「ごめん。じゃあ、先生はもう行くね」

立ち上がると、美咲はノートを渡し、逃げるようにその場から離れた。

風が鳴る。森の木々がざわめいて、髪が下から舞い上がった。

(写真:iStock.com/Sinan Kocak)

振り返ると、めぐみはまだ墓の前で座り込んでいる。その背中はあまりにも小さい。

旧ゲオルグ邸は、鱗のようにまとわりついた蔦の葉を揺らして──小人のような少女の前に佇んでいた。

関連書籍

滝川さり『めぐみの家には、小人がいる』

群集恐怖症を持つ小学校教師の美咲は、クラスのいじめに手を焼いていた。ターゲットは、「悪魔の館」に母親と二人で住む転校生のめぐみ。ケアのために始めた交換日記にめぐみが描いたのは、人間に近いけれど無数の小さな目を持つ、グロテスクな小人のイラストだった――。 机の裏に、絨毯の下に、物陰に。小さな悪魔は、あなたを狙っている。オカルトホラーの新星、期待の最新作!

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