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めぐみの家には、小人がいる。

2022.11.27 公開 ポスト

14話 突然、めぐみが学校に登校してきた。滝川さり

オカルトホラーの新星、滝川さりさんの新刊『めぐみの家には、小人がいる。』の試し読みをお届けします。

机の裏に、絨毯の下に、物陰に。小さな悪魔はあなたを狙っている――。

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鉛のような身体を引きずって、教室に入る。

二組の児童は、美咲を認めると各自の席へと自然に戻る。だが、いつものように「おはよう」と言わない美咲に、多くの児童は不審な目を向けていた。

「……『朝の会』を始めます」

我ながら力のない声だった。通勤途中に抱いた「負けるもんか」という気持ちは消え失せていた。

出欠の点呼を取る間、天妃愛と西沢詩音、根本きらりの三人はにやにやと美咲を観察していた。真奈がクレームの電話をかけたことを知っているのだろう。

一時間目は国語だった。予習ノートに書いている手順に従って授業を進める。誰か朗読してくれる人は、と呼びかけると、小さな手がちらほらと挙がる。あまり発言したことがない子を指名して、教科書の本文を読んでもらう。

美咲は、めぐみがまだ学校に来ていたときに朗読をさせたことを思い出した。

めぐみがクラスに馴染んでいないと感じた美咲は、積極的に発言の機会を与えようとしていた。もちろん、めぐみが自分から挙手したときだけだ。だけど、その日はたまたま誰も手を挙げなくて、美咲はめぐみを指名して、教科書を読ませた。

めぐみの読み方はきれいだった。普段から読書しているためか、区切るところや文章の強弱をつけるべき部分もわかっていた。

 

「──何か、声キモくない?」

 

突然そんなことを言ったのは、やはり天妃愛だった。

「アニメのモノマネみたい」

「聞いてて気持ち悪い」

「自分の声、可愛いって思ってそう」

美咲が注意する間もなく、西沢詩音と根本きらりも加わって、そんな野次を飛ばし始めた。静かにしてね、と美咲が言うと、天妃愛たちは「はぁい」とくすくす笑った。

「小紫さん、続き、読める?」

促したが、めぐみは読もうとしなかった。血の気の失せた顔をして、机を見つめていた。その唇がわずかに震えているのを、美咲は見逃さなかった。慌てて別の子にバトンタッチしてめぐみを座らせた。めぐみはその後、教科書のページをめくろうともしなかった。

それ以来、めぐみは学校で声を出さなくなってしまった。

それから間もなく、学校にも来なくなった。

美咲にはめぐみの気持ちが痛いほどわかった。言われた側は、言った側が思っている以上に傷つき、その言葉に囚われてしまうのだ。

歩き方、キモッ──あのときの声を、美咲が未だに憶えているように。

そのとき、教室の前の扉が開いた。

入ってきた人物に、教室中の目が釘付けになった。

「あ……小紫」

男子の誰かが言った。

そこにいたのは、めぐみだった。

黒と赤のアーガイルのセーター。ダークグレーのスカート。

それが、約一か月ぶりに学校で見るめぐみの姿だった。

めぐみはクラスメイト全員分の視線を浴びながら、自分の席についた。チョコレート色のランドセルを下ろして、中から国語の教科書とノートを出す。その一挙一動を、クラスメイト全員が見守っていた。

(写真:iStock.com/gyro)

めぐみは教壇の美咲を見て、にこっと笑いかけた。

それだけで美咲は、しぼんでいた心が膨らむのを感じた。

 

*   *   *

 

休み時間になると、美咲はめぐみの机に駆け寄り、そばに屈んだ。予想もしていなかった出来事に何を言うべきかわからなかったが、ただそうしたかった。

「びっくりしたよ。その──大丈夫なの?」

めぐみは笑った。家とは違う、少しぎこちない笑みだった。

「お母さんに送ってもらったの?」

座ったまま、めぐみは首を横に振った。

「自分で、一人で歩いてきたの?」

こくんと頷く。

「お母さんは、何か言ってた?」

すると、めぐみは机の上のノートを開いた。そこに鉛筆で何かを書いて見せる。

しんどくなったら、いつでもかえって来なさいって。

筆談だ。まだ学校では声を出したくないのだろう。嬉しさと痛ましさが合わさって、美咲は涙が出そうになった。

話したいことは山ほどあるが、報告のために一度職員室に戻らなくてはいけない。教室にめぐみを一人置いていくことは不安だったが、連れ出す理由もなかった。

周りを見ると、子供たちはめぐみのことが気にはなっているようだが、ひそひそと話しているばかりで、めぐみ本人に話しかけにくる様子はない。「おはよう」と一声かけることもしないのか──美咲は、思わず舌打ちをしそうになった。

唯一、天妃愛たちが面白くなさそうな目でこっちを見ている。美咲が牽制の意味を込めて一瞥いちべつすると、天妃愛たちは視線を逸らして教室から出ていった。

「……めぐ──小紫さん、どう? 来てみて。一日頑張れそう?」

小首を傾げると、めぐみは再びノートに鉛筆を走らせる。

わからないけど、がんばりたい。

「そっか。──疲れたらいつでも言ってね。早く帰ってもいいからね」

立ち上がろうとすると、袖を引っ張られた。それからノートを渡される。

交換日記だった。

「書いてきてくれたんだ。じゃあ、帰るまでに書いて返すね」

めぐみはこくりと、嬉しそうに頷いた。

職員室に行く途中に、美咲は交換日記を読んだ。

 

先生のいやなことを、またやって、ごめんなさい。
でも、ばんごはんを先生と食べられて、うれしかった。
先生と、友だちになったみたいだった。
帰るときに、先生が「また、学校でね」と言ったから、明日はいかなくちゃ、と思った。
友だちといっしょなら、学校もいけるかもと思った。

めぐみ

 

読んでから胸が痛くなった。そこにあったのは、美咲へのこびとも取れる反省だった。昨夜、怒って旧ゲオルグ邸を出ていったせいで、めぐみは美咲に「見捨てられる」とでも感じたのかもしれない。だから、美咲が言い間違えただけの「また、学校でね」という言葉を深読みして、勇気を振り絞って登校してきたのだ。

そんなつもりはなかったのに。

次のページをめくると、にっこりと笑う女性の似顔絵が描かれていた。

その下には、「立野先生」とある。美咲のことだ。

めぐみが描いてくれたのだ。

周りには、たくさんの猫のイラストが添えられていた。美咲が「猫が好き」と言ったから、いっぱい描いてくれたのだろう。

……どうしてこんないい子が、辛い想いをしなければいけないのか。

いじましさに、今度こそ涙が出た。ノートで顔を隠す。休み時間の廊下は、たった十分を全力で楽しむ子供たちであふれていた。こうしている間にも、めぐみは教室で一人、気まずい想いをしているのかもしれない。

とにかく、めぐみの勇気を無下にしてはいけない。

まずは今日一日、めぐみが嫌な想いをせずに済むよう目を光らせていなければ。

関連書籍

滝川さり『めぐみの家には、小人がいる』

群集恐怖症を持つ小学校教師の美咲は、クラスのいじめに手を焼いていた。ターゲットは、「悪魔の館」に母親と二人で住む転校生のめぐみ。ケアのために始めた交換日記にめぐみが描いたのは、人間に近いけれど無数の小さな目を持つ、グロテスクな小人のイラストだった――。 机の裏に、絨毯の下に、物陰に。小さな悪魔は、あなたを狙っている。オカルトホラーの新星、期待の最新作!

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